第32話 絶対に勝てない戦い

 大神と未結の前からアークデーモンが消えてから数分後……

 杏たち一行はツマサキ市を目指し、一心不乱に南下し廃墟が並ぶ住宅街へやって来ていた。幸いレインデビルズの襲撃はなく順調に進み行軍の速度は速かった。隊列はヤマさんが先導し、加菜が運転するトラックと大神の武器保管に使用していた小型トラックが追従し、大神の部下四人が隊列の左右と背後に配置されていた。

 周囲を警戒しながら一行を先導する、ヤマさんのディスプレイに警告が表示される。

 

「後方に魔法警告だと…… 吾妻!」


 すぐ後ろで、大型トラックを操縦する加菜を、ヤマさんが呼び出す。


「なんだい?」

「後方に魔法警告が出た。君から何か見えるかい?」

「待ってな」


 返事をした加菜は、運転席のすぐ横にあるミラーに視線を向けた。ミラーにはトラックの後方に見える建物が、青白く光っているのが映っていた。


「青白い光…… 転送魔法だね。さっき通った道みたいだけど……」


 ジッとミラーを見つめ加菜が自分たちが少し前に通った、道路が青白く光っているとヤマさんに伝える。直後にミラーを見ていた加菜の顔が青ざめ、彼女は舌打ちをして慌てる。


「チッ! ヤマ! アークデーモンだ!」


 ミラーには赤い巨体のアークデーモンが映っていた。


「なんだと!? どうしてここに…… まさか? 大神さんと如月は……」

「あたしがそんなこと知るかよ!」


 悔しそうにハンドルを叩く加菜、その隣では杏が不安そうに彼女を見つめていた。

 振り向いて静かにヤマさんは道の端によった。彼は加菜に向かって道路の先を指さした。


「僕が引き受ける。みんなは先に行ってくれ」

「あんたは戦えないんじゃなかったのかい?」

「もうそんなこと言ってられないだろう」

「ふん」


 ハンドルの横のパネルに置かれた、赤い棒状のスイッチを加菜は静かに跳ね上げる。小型トラックが背後の扉を開けエンジンを停止させた。


「トラックの中にあたしからの贈り物があるよ。大事に使いな」

「わかった。杏ちゃんを頼むな」

「任せな。みんな行くよ」


 加菜はトラックを前に出す。ヤマさんの横を大型トラックが通り過ぎていく。


「吾妻……」


 顔をあげ通り過ぎるトラックを、見つめながらヤマさんが加菜に呼びかけた。加菜が反応するよりも前にヤマさんは言葉を続ける。


「娘たちと瞳に愛してるって伝えてもらえるか……」

「なっ!? 馬鹿なこと言ってんじゃないよ。帰って自分で伝えな!」

 

 妻と娘に愛していると伝えてくれというヤマさんに、ハンドルを叩き不機嫌そうに声を荒げた加菜だった。


「あぁ。そうだな…… そうするよ」


 笑ってヤマさんはつぶやくと小型トラックの荷台へ向かう。加菜はトラックを走らせツマサキ市へと急ぐのだった。

 ヤマさんは小型トラックの後部に立ち荷台を覗き込む。荷台の一番奥にスタンドに吊るされた機関砲が見える。銃身は縦二連の長さは一メートルで、銃身の先にある機関部の右横に弾倉と左に側に二十センチほどのアームが伸びていた。アームの先は一メートルほど長さの金属のフレームとなっている。フレームはパワーアーマーとの接合部となっており、真ん中がくぼんでいてパワーアーマーの首の部分と肩から腕にかけての装甲と合体する。


「二連装ショルダーキャノンか…… 少しは役にたってくれよ」


 ヤマさんはアサルトライフルを床に置く。スタンドに背を向け後ろ向きに歩いていく。後ろ向きにスタンドに置かれたショルダーキャノンと自分のパワーアーマーを合体させる。


「シンシア…… 装備換装を頼む」

「リョウカイデス」


 音がしてショルダーキャノンとヤマさんのパワードスーツが合体し、右型に縦二連装のショルダーキャノンが装備された。

 床に置いたアサルトライフルを拾ったヤマさんは静かに外へ出る。アークデーモンはゆっくりと巨体をゆらしながら近づいて来る。左手を前に出し杏が乗った車を探しているようで、顔を左右に動かしている。距離は百メートルほどで幸いまだヤマさんの存在には気づいていないようだ。


「シンシア…… タイマーを三分にセットしろ」

「タイマーサンプンデスネ。ワカリマシタ」


 ヤマさんの視界左下のディスプレイに三分のタイマーが表示された。動き出したタイマーを見たヤマさんは小さくうなずく。


「僕が最大限に足止めできる時間だ。吾妻の操縦技術なら三分あればここから逃げきってくれるはずだ」


 アサルトライフルの安全装置を外し、グレネード弾をセットしたヤマさん。彼はアークデーモンが近づく通りから離れ家を挟んだ一本隣の路地へと移動する。


「ショルダーキャノンは強力だが、遠距離で僕が撃ったところではたかが知れる」


 静かに視線を動かしながら、ヤマさんがつぶやく。縦に二つに並んだショルダーキャノンの銃口は、ヤマさんの視線にリンクして動く。射撃は武器を持たない左手の人差し指の動きに連動しており、引き金を引くように動かすとショルダーキャノンは銃弾を発射される。


「来たか……」


 アークデーモンの足音が近づいてくる。壁を利用して顔をだし、自分が居た通りを確認するヤマさんだった。アークデーモンは巨体を揺らして近づいてくる。王の威厳からか足音が響くたびに、地面が揺れているように錯覚する。しゃがんでアサルトライフルを構えジッとするヤマさんだった。


「まともに殴り合うわけにはいかないんで…… ね!」


 通りにアークデーモンの足が見えた直後、ヤマさんはアサルトライフルの銃口を斜め上に向ける。ポンという音がしてグレネードランチャーから閃光弾が発射された。放物線を描いてアークデーモンの足元に閃光弾が転がる。


「ウガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 閃光弾が破裂して強烈な光が発せられた。ヤマさんはショルダーキャノンの銃口をアークデーモンへと向け左手の人差し指を動かした。


「グウ!」


 二発の銃声が轟きヤマさんの右肩がわずかに揺れた。二つの大きな薬きょうが地面に転がり、ショルダーキャノンの銃口から白い煙が上がる。慣れないショルダーキャノンの発射の衝撃にヤマさんは声をあげる。発射された銃弾はアークデーモンの左上腕部と肩に命中した。


「ウガアアアアアアアア!!」


 声をあげ上を向くアークデーモン、銃弾が命中した左上腕と肩はわずかに傷がついているだけだった。冷静にアークデーモンを見つめ、立ち上がったヤマさんは盾を構えたままアサルトライフルを前に向けたまま後ろに無形歩き出す。


「こっちだこっちに来い」


 叫びながらヤマさんは、アサルトライフルとショルダーキャノンをアークデーモンに向かって撃ち続ける。距離を取って牽制しながら杏たちからアークデーモンを離そうしているのだ。

 アークデーモンは涼しい顔を銃弾を受けながら、ヤマさんをたかる虫をみるような迷惑そうな顔で見つめていた。


「ウガアアアアア!」


 左手をヤマさんに向けるアークデーモン。赤く光る火の粉がアークデーモンの左手へと集約していく。


「ファイアーボールか!? クソ!」


 アークデーモンの左に集約した火の粉は大きな火の玉となった。アークデーモンは手を振りかざすとヤマさんに向かって火の玉を投げた。

 ヤマさんは後ろに下がりながら、左手に持った盾を前にだした。直後…… 大きな火の玉が彼の前に着弾し爆発した。爆発の衝撃と高温の熱風が周囲に広がっていく。ヤマさんの周囲の家の塀や建物は高温で溶け、残った破片は爆風で吹き飛んでいく。

 高熱に耐えられずに、ヤマさんの盾は上部が溶け出していた。爆風がおさまった。ヤマさんの周囲数十メートルは爆発で跡形もなく土だけになっていた。ヤマさんは上部が溶けた、シールドを前にだしたままジッと立って居た。盾は真っ黒に焦げ、パワードスーツや武器も熱で焦げ煙が上がっていた。

 アークデーモンはヤマさんが動かないのを見て、ニヤリと笑い前を向いて歩き出した。


「ふぅ…… やっぱり簡単には止められないな」


 ヤマさんはアークデーモンが自分から視線を外しのを見て息を吐いた。高熱で盾はやられたが彼は、生きておりアークデーモンの様子をうかがっていたのだ。視線を下に向けたヤマさん、タイマーは残り一分となっているのが見える。


「シンシア! シールドパージだ!」

「ハイ」


 左腕に固定装備だったシールドが外れて前に倒れる。ヤマさんは前に出ながら、左手を滑り下ろして腰へと持っていく。腰の装甲に縦に並んだケースに入ったグレネードランチャーの弾を取り出しセットする。アークデーモンがいる通りへと戻って来たヤマさん。アークデーモンは数十メートルほど前を歩いている。アサルトライフルと両手に構え銃口を上に向けた。


「くらえ!」


 ヤマさんは狙いすましてグレネードランチャーを発射した。ポンという音がして放物線を描いて弾が飛んでいく。

 

「ウガアアアアアアアアアア!?!?!?」


 グレネードランチャーの弾は煙幕弾でアークデーモンの上半身黒煙で覆いつくした。急に現れた黒煙に驚くアークデーモン。ヤマさんは駆け出してアークデーモンとの距離を詰めていく。

 アークデーモンの背後に三メートルほどの距離で、足を止め視線を前に向けた。ヤマさんはショルダーキャノンの銃口をアークデーモンの左膝の裏へと向けた。

 銃声が鳴り響き二発の銃弾が発射された。銃弾はアークデーモン膝裏に命中した。


「ウガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」


 悲鳴のような声をあげアークデーモンは膝を押さしゃがむ。


「はぁはぁ…… どうだ! これで少しは……」


 左拳を力強く握るヤマさんだった。しゃがんだアークデーモンをジッと見つめる彼の顔はどこか誇らしげですっきりとした顔をしていた……


「ハハッ…… ダメか!」


 アークデーモンは静かに振り向き、眉間にシワを寄せヤマさんを睨みつけていた。


「けど…… 役目は終わった……」


 ディスプレイを見てニヤリと笑うヤマさん。シンシアがセットしたタイマーが終了し数字のゼロが並んでいた。


「うわぁぁぁ!!!」


 左手を伸ばしアークデーモンは、ヤマさんを横から薙ぎ払って吹き飛ばす。飛ばされバランスを崩したヤマさんは地面に叩きつけられてしまった。


「グっ!? はっ!? やめろ!」


 すぐに立ち上がろうとしたヤマさんだったが、アークデーモンは距離を詰めてすでに彼の前に立って居た。仰向けに倒れているヤマさんの上にアークデーモンは右足を上げた。


「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 巨大なアークデーモンの足がヤマさんへと落とされた。ヤマさんの視界は真っ暗に覆われ、体が押しつぶされゆさぶるような衝撃が全身に激痛が走る。機械のきしむ音と自身の体がつぶされる音が聞こえる。


「ごめん…… 吾妻…… やっぱり自分では言えそうにない…… 頼むな……」


 ディスプレイがつぶされ、真っ暗となったパワードスーツ内で、額から血を流すヤマさんは暗闇をみながらつぶやく。遠のく意識の中で彼の目に浮かぶのは、家に待つ妻と娘の姿だった…… 直後に再度アークデーモンはヤマさんを踏みつけたのだった。


「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!」


 数秒後…… 誰もいなくなった住宅街で、アークデーモンの雄たけびの声だけが轟くのだった。

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