ep.30 マレー沖海戦前夜
開戦から三ヶ月、英海軍は、大損害を被った太平洋やアラスカ方面の艦隊ではなくインド洋や大西洋に展開している艦隊、そして急遽地方艦隊と教育艦隊を混ぜて編成した合計4個艦隊をオーストラリア沖に集結させていた。そしてその他に補給艦隊も2個艦隊が派遣されている。
「4個艦隊の圧倒的な戦力を持って敵空中艦を退け教皇国本土に大打撃を与える...口で言うのは簡単だが、こんな雑な作戦を自信満々に押し付けてくる参謀本部は一体何を考えているのだ?」
「だが新型のVT信管もあることだし、多少駆逐艦を犠牲にすれば突破だけなら可能だろう。別に突破さえできれば空中艦を撃滅する必要はないのだ」
インド洋でモンゴル帝国の飛空艦と激戦を繰り広げてきた提督達は、教皇国の物も同じだと思っていた。
「それにしてもアラスカが寝返ったというのは本当なのか?」
「いや、寝返ったと言うよりも奇襲攻撃で戦闘不能に追い込まれたから単独で講話したらしい。まぁ降伏して占領されるよりはマシだと思ったのだろう」
「いくら奇襲攻撃でもアラスカの第三艦隊が戦闘不能になるって、敵は核でも作ったのか?」
「まさかな...」
「提督! 敵襲です! 敵潜水艦からのミサイル攻撃です!」
「恐らくサー諸国連合だろう。数はそう多くないはずだ。哨戒機による対潜戦闘で追い返せ」
「はっ!」
サー諸国連合。それは東南アジアに転移してきた学校が国家としてまとまったものであり、距離的な問題で教皇国とは関係が深く、軍事同盟も結んでいる。
そのため、今回の戦争にも教皇国側で参戦しており、オーストラリア沖に集結していればサー諸国連合の主力戦力である潜水艦隊で攻撃してくることが予想されていた。
「VT信管を使え! 備蓄はまだあるから勿体ぶるな!」
「ミサイルの半数を撃墜! あとは本隊に任せましょう!」
単純な赤外線誘導(実際は魔法とかで色々やってるから違うけど)の対艦ミサイルは、半導体などのコピーが不可能な影響で方向転換以外は直進しかできず、付近に展開していた駆逐艦によって次々と落とされていった。残った半数もゆっくりと対空戦闘の用意をできた本隊の防空巡洋艦により、一瞬で撃滅された。
「教皇国恐るるに足らず!」
奇遇なことに、教皇国に続き英国でも敵を侮る風潮が生まれた。
ただ一方で魔法を使い静音性を極限まで高めた潜水艦を高性能なソナーなしで発見するのは難しく、ミサイルを誘導するための装置を海上に出していたところをたまたま戦闘機に発見された一隻を除いて無傷だった。しっかりとしたソナーを持っているハリケーンや最新の駆逐艦ならもう少し見つけることができたかも知れないが、その時付近にいたのはロクな対潜装備を持たない防空駆逐艦やそもそもソナーを詰めないマートレット艦載機であったためこのような結果になったと思われる。
ーーーーーー
八八艦隊計画。それは教皇国軍最大の時代錯誤、と呼ばれた賛否両論の軍拡である。
シュヴァルベ級を主体とした空中艦隊が海軍から独立し空中軍となり、後のゼーアドラー級やビスマルク級となる第二世代空中戦艦の建造が始まっている頃。
残った海軍では、水上艦が空中戦艦に完全に置き換わる前に、戦艦や空母と言った金のかかる水上艦を作ってしまおう、という最後のあがきを試みていた。
一度建造してしまえばそれが退役するまでの何十年かは強大な海軍が維持できる、という小学生みたいな発想から始まったこの計画は、主力戦艦4隻、巡洋戦艦4隻の合計8隻の砲艦に加え、空母8隻を建造するという壮大な計画であった。
一見議会を通るわけが無いように思えるが、当時の空中戦艦は航続距離が短く着水したまま水上艦として航行することも多かった。そのため海軍による護衛及び補給は不可欠であり、そのための巡洋戦艦を、というのは筋が通っている。
また、空中での艦載機の着艦は厳しいため、相変わらず水上艦としての空母は必要である、というのも筋が通っているのだ。
(ちなみにモンゴル軍はワイバーンを使用しているため、容易く空中での収容ができる)
そして戦艦はというと、空中戦艦が弾薬搭載量に限界があり、尚且つ飛行しながらの射撃では精度が安定しないという欠点を抱えていたため、地上攻撃や艦隊決戦では最低限何隻か旧来の水上戦艦が欲しい、という主張であった。
このようにある程度しっかりとした理論武装に加え、軍需産業による議員への多額の潤滑油によって八八艦隊計画は可決された。
しかも、空母の護衛という名目で大量の巡洋艦や駆逐艦まで建造されることに。
国民は呆れ果てたが、海軍という男のロマンを認める者も多くデモなどはあまり起こらなかった。
途中で空母2隻が艦載機不足によって強襲揚陸艦に改装されるという「悲劇」が起きたりはしたが、それ以外は順調に進み、今では教皇国海軍には空中軍に迫る予算が注がれ、数では英海軍に劣るものの質も考慮にいれれば世界最強の海軍と言えるまでに成長した。
この世界で数年後に流行ったジョークがそれを表している。
「世界最強の軍隊は?」
「教皇国空中軍さ」
「じゃあその次は?」
「教皇国海軍さ」
ただ、このジョークは真実ではない。秘匿されているため国民は知らないが裏では総数30隻を誇る世界最大の潜水艦隊も保有している。裏とは言っても、他国にはチラチラと存在をほのめかしているので、メインの抑止力である。
そしてこれを使用すれば空中戦艦を離水前に撃沈できるため、空中軍と海軍がもし戦った場合は海軍が若干優勢、というのが教皇国参謀本部の結論である。
何より、空中軍の上層部をビビらしているのが、先日戦艦や空母などの特殊な例を除き、フリゲート以上の全艦艇への搭載が完了したターターミサイルシステムである。
一艦に付き1~2発しか対空ミサイルを発射できないという、21世紀世界ではイージスシステムの劣化版でしかない存在であるが、未だにww2程度、良くて冷戦初期程度の技術しか無いこの世界においては革新的である。勿論、半導体なんて無いためすべてアナログな魔道システムで無理やり動かしている。
「第ニ、第三艦隊はインドネシア付近で空中軍と共同で決戦に挑む。第一艦隊はフィリピン沖に展開させておく。念の為第六艦隊もアラスカ付近に展開させておこう」
「決戦に挑むのは第一艦隊でなくていいのですか? いくら最近勢いが増しているとは言え第二、第三は実戦経験が乏しいですし...」
「そんなことはわかっている。だが第一艦隊の渡辺とかいう奴は気に入らん。今回奴が功績を立てれば、私の地位を脅かす可能性だってあるしな」
「そこまでのお考えがあってのことだったとは...失礼しました」
「ふん」
そして、その頃空中軍でも...
「ビスマルク級の建造は順調かね?」
「えぇ、既に4番艦までが就役し、さらに12番艦まで建造が開始されています」
「ふむ...今回の戦いでもしビスマルク級が撃沈されるようなことがあっては調達数を減らされかねん。今回派遣するのは、ゼーアドラー級を中心とした小規模な艦隊のみとしよう」
「というのは表向き(空中軍内の表。流石に国民向けではない)で、海軍に損害を被って欲しいのですよね? まぁ私も海軍の老害共には消えてもらったほうがいいと思いますが」
「ふっふっふ、海にへばりついた鉄くず共の時代が完全に終わるのも近いな」
こうして、予算不足により弱体化した英海軍vs派閥争いによって縛られた教皇国軍、という何とも冴えない戦いが始まった。
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