第二章『約束』

第二章『約束』


 その『約束やくそく』は、『奸婦かんぷの仕掛ける計略』であり、『仕様がなければ悪辣』の。

 だがして同時には、『最たる難問へ共に立ち向かう希望』でもあったのだろう。

 この先、女神と女神の間で交わされる——『永遠とわに果たされぬ約束』は。


(——これでも未だ、割に合わん。"横着おうちゃくに預けられた孤児こじたち"では)


 その、交わされる日。

 先刻に『女神全ての集う会合』を終えて、程なく——なれどの『会合』とは、"名ばかり"の。


(今や私は、"単に保育ほいくではない"のだぞ)


 前提として、先には二度、三度と機会を重ねた『女神アデスから女神テアへの交流』があり。

 しては、そうした実質的な『後見こうけん』を務める大神の振る舞いは今日に評判となり、『なれば』と『その他多くの不安定な気質も同じく女神の視点から一眼ひとめを観てやってほしい』と一方的に言われ——同型を残す『託児たくじ』のような場ともされては、"何を思われている"のか。


(……まったく。より正確な情報でなければ釣り合わん)


 先立っては『託児金の代わり』とでも?

 神性各派の根源たる大神二柱より各女神を介して渡される報酬が正に"そのもの"——『大神へ及ばずも神の子、その様態をご覧あれ』と、"ただ見せるばかり"では『"活動の報酬"に、"活動"』を齎されても困ってしまう。


「……」


 よってからに、とりわけ光輝大神で書簡も残さぬ、それら『不言の意』も——確かに、暗黒で先を見据える戦略的な視点から考えれば『個々の気質』や『性能の一端』でも伺い知るに"有用の価値"は載るのだろうが、"体よく利用された感慨"に腹立たしく。


「……」


 しかし、併せては、諸神の一たるテアとの会合を重ねるたびにも手渡される対価——『帽子』や『腕輪』や『帯革ベルト』の様々な形。

 各種は色とりどりの楽しみを今や『本』の形式としても片手間に眺め、空いた手では指爪に彩色を施す触手の姿もあっては『斯様な生活も悪くはない』のだと思い始めた頃。


(…………)


 思い返すは、今し方で後にした白砂の惑星。

 波寄せの音、煌びやかな女神たちの浜遊びを見守る端に。

 暗黒自身でも『首飾り』や『腕飾り』で輪の部分を長い胴体に見立てた『へびの装飾』を等価として教えた時には——『ユーモラスです。蛇。これも噂に名高き、神聖めいてかどわかす表象の。かつては太祖やアデス様でも一部は斯様な姿であった?』などとは、単に楽しむ話題も増えて。

 しても、『だからこそ』は、斯様に『悪くのない日常』に"先述の作為的な放棄"——"育児を投げやりとする無責任"が目に付いた。

 及び、『万能の神すなわちで巧妙に政治もやらねば』の、"煩雑な意図を差し挟まれたよう"でも、決して機嫌は優れたものでなく。


(……それとして、『重機関車じゅうきかんしゃこう』? ——その操作を体験するに存外ぞんがいと楽しく、時間を使ってしまった)


 だとして、自若、表に騒ぐこともなく。

 過去には"凶器を差し向けられた因縁も残る女神グラウ"と見合わせても、垂れ幕の下で不変を続ける声に、表情。


("ゼロいちで作る数列"は私の入力に対して嘘の偽りもなく……"機械きかい"。かなり、悪くない)


 会合を終えて今も静穏の色、『ツカ、ツカ』と。

 進む場所は船内せんない、音を載せるは鉄の床。

 それも『自らの権能てあしで漕ぐのが面倒となった時のため』、『また過去の世俗に実体験から通じて理解を深めるため』で『テアの建造したふね』らしく。


『——やはり、見渡す限りが乳白色。どこまでを行けども無軌道な嵐』


 よりても現在地、戦時下においては"神の兵員輸送"も兼ねる高速戦艦。

 全長は約千百四十せんひゃくよんじゅうメートル、全幅は五百五十ごひゃくごじゅう、全高二百七十にひゃくななじゅう——『やじり』を模ったような機体内部を進むは、白髪に赤目。

 黒衣は喪服として、頭の先から深淵なる陰を布として編んだ神秘に身を包んでも、闇の色を引き連れる見目に『カツ、カツ、カツ』と、それらしく演出してみせる音に振る舞いでにびの鉄面を叩けば、位置を報せながらも艦橋へ向かう靴底ヒール


「……」

『過去には白濁はくだくの色で生命の表象は、"ある種の特別な関係"でのみ遣り取りされる——"何か"』

「……」

『【これなる容態ようたいにも起源があった】と耳にして、されど前提を見知らぬ私にとっては、"ありきたり"の』


 斯くして終えたのは、艦船内部の見回り。

 時に、足を止めては『ゲームセンター博物館ミュージアム』なる過去の技術テクノロジーにも触れながら。

 遊びも終えた足取りは、『敵情視察』も兼ねる内見に幾つかの学びも得て、今は艦橋に位置する『司令室』へと到達し、室内に待ち受ける神の操作で開閉された扉を潜り次第、鈴声の問いに応じる。


「……」

「……して、それらが本当に、"特別なものである時代"があったのでしょうか?」

「……"特別なもの"。"特別な関係"」

「それについても可能であれば、再び過去の記録を参照して大いに気掛かりとなった部分について、博識の女神へ尋ねる今日の質問としたいのですが……?」

「……明確な返答に能うかは、兎角。『単に疑問』であれば、話す相手として、理路の整理に応じてやらんこともない」

「——此度も恐悦至極に存じます」


 其処で、此度も話題を持ち出すのは青の女神から。

 テアで、透ける窓越しにも輝きの宇宙と散りばめられた惑星群に負けず劣らずの華やかな印象を持っても、見目よく。

 座席の一つから立ち上がり、装甲に身を包んだ碧眼の麗容で青い髪と耳元の飾りを揺らし、流転する水の装飾を一滴とて零さず振り返っても、湛える微笑に洒脱しゃだつは、顔佳かおよし


「対し、求める見返りとしては……何と言いましょうか」

「……?」

「何やら船内の案内図に見受けられる、"戦闘用"の……『シュミ』?」

「"シミュレーション"?」

「……そう。『"しみゅ"レーションルーム』とやらを、後で詳しく拝見させて頂ければ」

「勿論です」


 対し、物思いに応じる者でも、顔貌の秘されたとて所作に佳神かじんの趣き。

 自他の区別が付くようにも異なる声質として音を出し、互いの向かい合う、たおやかな低頭を『一礼』として。


「それも公開可能な領域に於いては、某所に備えた様々な『戦時関連物』についても、一定の時点までなら『刀剣類』や『火器』を並べる『博物館はくぶつかん』のようにもできますので」

「有り難い」

「"個々の解説や使用の実演"についても、お任せを。我が身で一通りの扱いに熟達も、太祖の知見から教わっております」

「"大神仕込み"に、ともすれば、単に並ぶ道具よりも興味深い」

「其処までのご期待に添えるかは分かりませんが……しかして、先の疑問に幾つかの返答を頂けると有り難く」

「嘘のないように善処しよう」


 時は、今し方に『女神らの会合』で顔を合わせた、ついでの。

 場所を変えては、二者だけの不定期な談話も兼ねる今日の本題から、"のち約束やくそく"へと繋がる。


「では、お話しとさせて頂きますが」

「……」

「時に"相互で愛する"、"愛しあったが故の共同作業"とも絡めて、語られる概念」

「……」

「謂わばの『寵児ちょうじ』たるは『子ども』として、その中でも"血肉ちにくや思想の一部を継承"させた『実子じっし』とは『如何なものに思える』のか……?」


 此処で主題は、『子ども』の話。

 語義についてを表面的な知識としてしか持たぬ女神は『親が設ける子』の、その『意義』に『意図』を疑問に思う。


「……」

「例には光の王で御造りになった者たちが、"煌びやかな印象"で『麗しき意図』を読んでも……なにより、どうして・・・・?」

「……」

「"既に完成された神々で次なる世代を求めようとした"のか?」


 対し、過去には個体数の連なりに不幸さえ募るばかりでは。

 剰え、各個の異なる意見に衝突を繰り返し、果てには『世界の滅びた数多』を己が身に染みて、知り尽くすが大賢。


「"分からない"のです。"意図が読みきれない"。"そうまでをする必要性"に、"合理"を感じ取れず」

「……」

「……よもや、"打算で動くばかりでないもの"は、"個々に必要な無駄"?」

「……」

「謂わば、"各位のおもむきに見出される逸楽いつらく"が、『趣味しゅみ』と呼ばれる範疇なのか?」


 現状を喩えて、『幼子の初めて耳にした事無ごとない言葉』の、"その意味を尋ねられては返答に詰まる胸中"。


「延いては例の如く……"知りたい"、"調べたい"のです」

「……」

「以前の我々が出会ったばかりには『新たな世界観を打ち出す危険性』に言及しつつ、それでも以後にアデス様で『子』という概念について『夢見がちの象徴』などと——」

「……」

「——にわかには、"素晴らしく語るもの"を」

「……"素晴らしい"?」

「『夢』とは、転じて『将来への希望』であり、見れば『実現を願う理想を胸に抱く』ということでもあり」

「……(ただ私は"冷笑主義"で扱っただけなのだが)」

「得てして姿勢は『このましい』ものでは?」

「……確かに、本来の意義では何も、"否定的なものを含むばかりではない"が」

「『明確な実存を持たぬもの』を『頼りなくば』、『当てにし過ぎず』とするだけで——『夢見ゆめみ』それ自体は"悪いもの"という訳でもないのですよね?」

「……『いだく』ことでは、概ね。"己に確たる指針や目標のあって"『好ましい』と言えるだろう」

「してやはり、どこか『希望に満ち溢れた印象』の、素晴らしく」


 問われるは——"大いなる三柱の中で只ひとつ"には『子』と呼べる存在を"唯一に持たぬ暗黒の神"へも——遅かれ早かれ『子産みの意義』を好奇に問われていただろう内容。


「よっても此度は先述の事柄について。前提を分析し、仮説を構築して、実態と見比べても事の真意へ迫りたいのです」

「……ふむ」

「つまりも、"既に完成した神で子を成した意義"。それこそは、彼にしての彼女らが『希望を抱いた』が故なら、たとえ『大して益のない』と知っても成すに、何か——」

「……」

「——『行為そのもの』や『産出される対象』に『珠玉しゅぎょくの価値を見たから』ではないかと推測」

「……」

「推し測れば、『アデス様では事象に否定的』であって——けれど、逆説。別なる大神では『その否定の理を上回る程にメリットを重んじた』からなのだとも言えて」

「……」

「故にも、『子』そのものとは、『産み落とされたもの』とは、その『宿る価値』に——『正体』を知らんと」


 しかして、逸る口に『余計な詮索』や『試行があっても面倒』を、如何とすべきか。


「"其れ"。何もかもを知り尽くし、"至上の視野を有する皆々様ですら意見の別れる"ものとは、よもや『未だかつての難題』としても、気に掛かって幾星霜」

「……」

「……一通りを聞いて頂けて、アデス様に口述可能な見解など、御座いますでしょうか?」

「……見るに、『君の知る過去』と『我が身で幾つかの事例』を比較して、件の営みに相違はない」

「『親から子の生まれ、得てして期待を掛ける動きに等しい』と」

「けれど、私見として『気楽に遊ぶ趣味とは見え難く』。多くは正に『己の心血を注いだ者』として長大な時間を費やし、『身命しんめいしても偏執的へんしゅうてきなまでに向き合っていた』ように思える」

「能うなら、"その向き合い方"についてもどうか、詳しく」


 闇に覆われて見えぬ表情へは『どうか、貴重な意見を』と引き続き、輝かんばかりの青き眼差しに急かされ。


「多く、『子を有した親』を流し見として重ねる私見の幾つかは——『試しに何をやるかやらぬでなく、失敗の許されざる重大事じゅうだいじ』」

「……?」

「——『仮に生産者と被生産者で齟齬があったのなら、その至らぬを認め、完全ならずも不足の埋め合わせに尽力する覚悟が必要』の」

「……」

「——『足りぬなら、温情で埋めねば骨肉の争いへ、生まれながらに距離の近しいが故に気軽な応酬の激しく、先鋭にも過ぎる』」

「……」

「けれどまた、"己が非を認めては恥入る文化に腹を括ったのだ"として——『手前勝手の痛みで他者の何がすすげるのだ』とも言えれば、"誰にとってもれない"」

「……"子に対する親"というものは、"誰においても容易に成し遂げられるものでない"?」

「どころか、"私の知る観測範囲で只の一者にさえ"——"評価に満点まんてんは与えられない"のやも」

「……」


 さすれば、"子に対しての思想的な接し方"とは『極めて重大なものであり』、『軽々しくは扱えない大切な事なのだ』と強調。

 大神アデスで『再三に釘を刺す』かの如くも"無理難題に近しい各種要説"は、拝聴とする若い女神へ『慎重の姿勢』を期した『脅し』や『牽制』としても、厳格な言い回しで投げる。


「…………」

「……」

「……では、すると」

「……?」

「……聞くに役は、"行うだけ無謀の産物"?」

「……」

「仮に『浅慮』が故か。もしくは好意的に捉えても『役を果たすのが不可能と知った上で楽しんでいた』とするなら……遠回しに『被虐趣味の遊び』の如くも聞こえますが」

「……」

「……それでも、"単に楽しむ遊興"とは『異なる』のだと?」

「……言い示したように、心の底から『配役』や『子への意識』で"真剣に取り組む者も少なからず存在した"」

「……??」


 しても、"語る内容に"は嘘を言わず。

 惑乱の最中には、仮想敵あいての思考的空白期間につけ込む言葉じゅじゅつを、温柔の口振りで。


「……分かりません」

「……」

「『子を齎す親という意義』について、折角にお聞きさせて頂いても益々と……"答え"が、皆目と」

「……"正しき解が見えぬ"?」

「……はい」

「……然り。件の定義についても、また、ついぞ明確な正答には誰も辿り着かぬ、"今に続きし難問"の一つ」


 説き伏せる——今の彼女は決して青き女神と事を構えたくはない。

 たとえ、外交の手前で穏やかにも、既に色の窺えぬ深淵では"神の逆鱗に触れていよう"が——あくまで、穏当に。


「故からに、『どうあっても難儀』の道には、"慎重の道筋"を説く」

「……」

「我々で己の一個体すらろくに満たしてやれぬのに、どうして未だ存在しない者へ"かまける"ことができましょう」


 私情として、『私に他者の幸せを願うことの出来なければ、それを増やすなどもってのほか』。

 無責任にも、無配慮にも、"この苦境"へ『送り出す』などと馬鹿な真似は、二度と——『させたくもない』として。


「此処で数は問題ではないのだ。産み落としても要は"異なる他者の存在でどうあっても一致せぬ利害"——"複雑に重なっていく要求の数々が万全でない現状を更に難しいものとする"」

「……」

「"己だけの世界"なら構わぬだろう。其処には幾ら好きに振る舞おうと迷惑も被る相手すら存在はしないのだから」

「……」

「だがして、"不快や恐怖の一つでも感じる者"がいれば話は別なのだ。"そのような状態は万事平穏にただしくない"。"多く安住を求める皆の常であってはならない"」

「……」

「よってからにも、"民を治むる"は"理想の王を知る者"として言わせてもらう——『万民の幸福こそが目指すべき』」

「"……"」

「そうして、未だ正しきの見果てぬ事柄へ安易に踏み込めども、打ち捨てられる皆で充足に至る解の分からず不幸も続くだけなら——私からは『次代の生産へ、慎重に』と」

「"……"」

「否定的であって、より厳密には『誰にも上手くできはしないのだ』と懐疑的かいぎてきの態度」


 実状として、神であろうと『産み落とされる命に拒否の選択肢はなく』、また『不確かな幸福を求めては苦しみの労で永遠の生を背負わねばならず』。

 得てして『望まぬ苦境からの始発せいたん』は心身に焦り、ゆとりのない命は悪意の有無にかかわらず『欲するままの衝動』が『他者を害する存在』とも成り得れば。

 つまりも、その『無軌道な生命』を生み、育て、『己は幸福を保証するに相応しい器』だと、『真に理想の親』として『指導の責務を全う出来ると思うのか』——会話に出すより多くの切言は呑み込んでも、"凡ゆる悲劇を知る女神"からの教導。


「……つまりも『心すべし』と」

「……はい」

「『重大に過ぎる事柄』、『過去を掘り返すにも軽率でなかれ』」

「"……"」


 魔性の女神で、都合よく。

 しかしては、"互いにとっての利となる帰結"を探して。


「……なるほど」

「……」

「原初の女神におかれましては、厳しくも我が身への提言で、有り難く」

「……」

「内容につきましても重々承知とし——けれど・・・


 だがすると、『子』に『親』という不可分の概念を思うにあたり、今し方には深く覚悟を説かれたテア。


「"難題"にあれば、あるほど」

「……」

「"その解法かいほうに見え出す未到の景色"、思いを馳せる興味に関心は——"燃え上がる"ものでは?」


 アデスの語る『良き親』とはの、その姿勢を問う厳しげな物言いには聴講生の女神で『むしろ』と言って。


「……分からんでもない」

「——!」

「"好事家こうずかであって学者がくしゃ"の気質に理解は出来る」

「では——」

「しかし、やはり『充足を保証』して、『今以上に皆を幸福に至らす確約』がなければ、"実際に踏み入ること"を許さず」

「……アデス様で『実験への移行は固く禁じる』と?」

「安易な展望にも臨めば、困却こんきゃくとするだろう」

「……」

「"既に我々大神で緊張を維持する"ようにも、"異なる自意識に衝突する利害"は、戦況をより混沌としたものへと変えよう」

「……しかし、"アデス様でも究明を好む口振り"に、偽りなく」

「……」

「なれば、先まで体験して頂いた『重機関車でこう!』の如く——」

「……(『目に入れん』とばかりに"都合の良い位置であった機械アレ"の?)」


 "発案"。


「『こう!』の如く……?」

「謂わば、"シミュレーション"とは『仮想現実かそうげんじつの時空』で『未だ解なき』を探ってみるのは如何なものでしょう……?」

「……ふむ?」

「大いなる貴方様でも興味自体の少なからず」

「……」

「前提として、"大神の皆様にさえ難儀のこと"へ、私どもでは恐らく至れず烏滸おこがましいものを——ですが、"我が性能も駒の一つ"として使って頂いて」

「……ほう?」

「この極まった時代、"世界の極地とも言うべき神々われわれ"で……それも、"私の手腕"と"深淵なる貴方様の博聞強記はくぶんきょうき"」

「……」

「なれば、果たして——『前史にもまれな技術の集積が何処までを出来るのか』」


 謂わばの"さそい"は『共同研究きょうどうけんきゅう』へのもの。


「……試して、みませんか?」

「……確かに『なぜ各位はたしゃを求める』・『親として成り立たんとする』・『其処に課すべき理想とは』」

「……」

「発見に能えば、この上なく。"言葉で理を言って他なる勢力を牽制するに役立ちもする"だろうが……」

「……そうですよね?」

「……うむ」

「何より本音としましては、好奇心の私で『興味のあることに嘘はつき難く』」

「……」

「しかして、別の観点からも事情を探ってみたいと思えども、手法についても浅学の身で検討が付き切らず、困り果てていた所を……どうか」

「……」

「"深入りならぬ"なら、せめて今は"貴方様の監督のもと"——この上なく博識の御身おんみで、表面的にも知識を理解する機会について『助言を頂ければ』と」

「……」


 さすれば、大胆にも大いなる神の真意を覗く者と。


(……"手遊てすさびの範疇で収まる"なら、私としても都合の良く——)


 深慮で見せる腕組みに、暫しは悩める素振りの者。


「……」

「……」

「……そうまでを言わせては、仕方のない」

「——"!"」

「今暫し、付き添ってやろう」

「……ご厚意、大変に有り難く存じます」


(——女神を、"永久えいきゅう迷路めいろ"へと落とし込まん)


 互いの思惑が交差する場面で、女神の二者は場を移す。


 ————————————————


「——あくまで『仮想に試す』なら、『養育よういく』の責務それをはじめとして……"シミュ"レーションの八百万いくつか

「……」

「今に君たちの記録から参考としても、大方の設計を終えん」


 その後、借用せしは薄暗い船室。

 其処に浮かべる『実物大と比しては極小の』、それでも一室においては中央を占める『球体』を言い差し、並び立つ青き装甲と暗き喪服の女神二柱。


「"擬似的な天体"。また、"危難のひしめく模造の宇宙"」

「これが」

「目的や場面に応じて各種、様々な環境設定を施す此処に、君たちを縮小して送り込むのだ」

「"たち"」

「事は『永きに渡っての難問』につき、君の同僚も支援の役に加えて良い。参加者の出入でいりに関しても自在の措置で都度、私に意を尋ねるがよい」

「そのほか、『内部での制約』などは?」

「基本として持ち込めるものは『おのれ』。"生まれ持った権能"も『己が所有する性質』として存分に振るうがいい」

「……了解しました」


 即ち、今よりは『女神から女神へ課される試練』の場。

 暗黒の大神で『移動がてら』の数分に用意し終えたのは『多種多様な状況を想定したシミュレーションゲーム』と言ってよく、延いては『閉鎖的な空間へ暫し女神を拘束する事実』も、元より己の太祖から外交で裁量を任される身で『当事者の許諾も得て』からに。


「差し当たって実機ものの試しは、"機器内部の原子時計げんしどけい"を基準として『一千年いっせんねん』」

千年せんねん

「過去の実例も基に様々な状況設定——例には『気圧』やの外部環境、『体調』や『素性形質』やの内部的な事情も組み合わせ——君では『己ならぬ他者に充足の心を配る』こと」

「はい」

「多くは"脆弱な物質"を与えていることからも、『それを護らせる形式』であり……予め言っておくが、物事を思う態度にて"唯一絶対にして明確な答えは未だないもの"」

「……」

「しかして、向き合うに言葉だけでは足りぬ。『良き親』として『子の幸福』に至る解釈を行動およびの結果で、示せ」

「——はっ」


 だとして、悪辣な腹の内には『ままごとなら永遠に付き合ってやろう。君の時間を無為に消費し、付き合わせてくれる』と。

 謂わば『斯様に困難の行い』と『自覚に繋がって引き下がるもよし』とすれば、永きを生きる彼女たちで『暇潰し』に『仮想の実地試験』は始まるのだ。


「しからば、始める」

「"——"」

「参加者たる女神で——前へ」

「……」

「"解の存在しない問い掛け"へ——"永遠えいえんささ覚悟かくご"を試さん」

「……————」


 ————————————————


「……あら? 急に活動を停止してしまいましたが、領域を移動して間もなくの、著しく変化を示した、大気これは……"酸素さんそ"によって?」

『しからば、何ぞや』

「この個体は"嫌気性けんきせいの一種"であった?」

『うむ』

「では、あちらの。今この場の環境で生息可能なものが、"好気性こうきせい"で間違いはありません?」

『もしくは、【大気に耐性を持った嫌気性】であったりと【複数の気質へ適応の能いし者】』

「……成る程。仮想でも、それらしいものを見るのは初めてであります」

『しかして、このように"過去の歴史から無作為に抽出される生態"。その全て"有り得た可能性"に疾くと対処するのは並大抵のものでなし』

「……はい」

『【心意気】のみならず【確かな知】と【実力】を兼ね備えねば』

「……しかし、仮に"偏りのある性質"だとして、『嫌気性』と『好気性』が斯くも"近く同居する"のも、些か奇妙では?」

『得てしてみょうが起こるも、世界。一時的にも断絶や隔離されていた空間が時に隣り合い、混ざり合い』

「……」

『"同居し合う他者の抱える事情"も、それらの積み重ねによって過去には"複雑怪奇と形成された"なら……何を言わずとも善処すべし』

「……なれば、次こそは」


 ————————————————


「——どうです。今回は無事にたまごから孵化ふかしたものを、曰く"昆虫こんちゅう"? ……"その成体らしい形"まで持っていけました」

『ふむ』

「でも、なんでしょうか、"これ"は。"体格に反してのようなものが長い"……"身の丈の三倍さんばい"はあって"長大に過ぎる"気が」

『次代のため、より深く安全な場所に産み付けるための"産卵管さんらんかん"』

「成る程——あっ、しかし、風を受ける部位が多すぎては吹かれやすく、飛翔する様もどこか無防備に、"目立つばかり"のような……?」

『"てきっている"ようだが』

「ばっちりと見えていますけど、"どのような防御機構"をお持ちなのでしょうか」

『特に持ち得ていない』

「持ち得て、いらっしゃらない」

『……』

「……"見え透いた実存に隠形おんぎょうもなく"。"斯様に脆弱なことが有り得る"のだと?」

『場合によりけりとして、失策の女神では今回の例に於ける分析と反省のぶんを纏めよ』

「……はい。何よりは純に資料として楽しんでしまい、本題を失念していました」


 ————————————————


「——"何をしているのだろう"と眺めていたら五時間ごじかんで"閑寂かんじゃくと凡ゆる動きのなくなってしまいました"が……これ、よもや」

『失敗です』

「うぅむ……この種の体は余りに小さく、影響を受けやすい体機能の維持には頻繁に外部からの情報を取り入れ、各種の細やかな調整を適宜に行わなくてはならない? ——ものを、目覚め忘れて、寝過ぎていますね」

『然りだろうて』

「……それも思えば、不憫ふびん不便ふべん、自身の動作もままならない。"ここまでの皆で力量生産性が著しく低い"ようにも見える。謂わば"中核たる機関が十全に働いていない気配"も有り有りと見え出したのですが」

過去かつての誰もが己の全性能を巧妙に扱えた訳ではないのです』

「まさか。"無限の制御を未だ確立していない段階で活発発地かっぱつはっちを試みる"のは……なんとも」

『それでも、皆は努めていた』

「……」

『不透明に過ぎる将来、見えぬ筋道の不安——されど、各時々には出来うる限りの最善を尽くし、手探りにも突き詰めたは多くの【無駄や余裕】に【必要】を見て極まっても、事は【神】に至らん』

「……我々は偽りなく、"現状においての完成形"?」

『即ちが、"補給もなければ永遠に咲き誇る花"のように』

「……」

『己らで次代の生産にもようなく』

「……"その押しても求める意義"とは」


 ————————————————


(……女神われながら、"華々しい絵面"に見えるものだ)


 時には眼下、隣り合う青葉あおばが互いを揺り動かすように。

 言葉を交わす女神の花々で容貌は似ても見目の良く。


「——む。今回は細々ほそぼそと摂取の支援と観察をしていましたが、何やら"上出来じょうでき"のたぐい」

「移動に伴って変わりゆく環境に対し、体内の流動性を失わずに耐衝撃たいしょうげき耐放射線たいほうしゃせん耐極低温たいきょくていおんの姿勢制御が見えます」


(けれど、二者で『彩色さいしょくの違い』は"視認性"が故か。"差別化の意図"も含むのだろう)


「しからばもし、このまま大気の有無どうの、その組成どうのも構わず。仮に『絶対的な真空状態にも対応する』なら、それこそ漸くの思いで"無に抗う我々"にも近しい特徴が現れ——」

「語るそばには、"急変"の気」

「——またもですか」

「脈動せし星の流動、"飛沫ひまつの一つ"で弱ってしまいましたが」

「原因となった、これは……""でしょうか?」


(戦に備え、めかし込む。装う色合いに髪色の違いは『個神の識別』を容易く、正に鎧で"個性をる"ようなもの)


 背丈の高く、髪の長く、概ね並び立つ女神テアと等しき形式で、同じく装甲を纏う美女が『ウィンリル』。

 後者で丁度に前者の髪や虹彩で有する青の配色を落ち着きのある『緑』に入れ替えたような存在が『試練の助太刀』に呼び込まれた彼女であり、二者では『大神より賜る試練』として『達成条件の定められていない問い』に悩める素振りを見せつつも、怜悧な若者ら。


(……実際には恐らく、未知に心躍らせる女神が『暗黒方面担当の分析官』のようなものとして、同時に独立した作戦展開も許される『しょう』の一角なれば)


「即ち、『急激な温度の上昇に対しては然程に強靭でなかった』。『ともすれば不要分の放射や冷却機構に関して未熟であったのか』を報告書における要点とすべきです」

「……果たして、"惜しい者"であったか。この生物は」


(その彼女が以前に曰く『我が身の支援をしてくれる』と紹介したみどりの女神には何か、肩書きに『ふく』や『じゅん』の付く——それこそ共に、学び盛り。『教授』と『助教』のような関係でも?)


 彼女らで今や、数少ないアデスの発言から芋蔓式に様々な発想を試しても、過去の情報記録との照合に精密。

 及び、検知しての正確な分析を物の見事なる速度で『己らの実体験』として記憶に埋め込んで行く様も上り調子。


(……ううむ。姉妹よりかは、それらしく。"近しい血の繋がりでも淡白な様子"が悪くない。また緑風りょくふうを纏う女神個神でも支援に徹すれば、己の主張を喚き立てることもなくて、事務的の気質が好ましい)


「……迅速に課題を纏めましょう。女神ウィンリルでは有形ゆうけいの資料を頼みます」

「了解」


(……あぁ。仮に、私と組んでもうまく? また、『崩す』とすれば何処からか。"駒の取り方に悩む"がまさしく『将棋しょうぎ』とやらの趣きだ)


「——しかして、『我が養育の問題点』も、まざまざと。"己と同程度のもの"でないと全容を理解し難く、不足ばかりには補助も追い付かない」

「状況から導き出し得る予測に、以後の取るべき判断でも大きく誤りは見受けられらませんでしたが……"対応までの時間"に短縮し得る余地があります」

「それ、よもや。"己ならぬ他者に気を配る"とは、斯くも」

「"自然の成り行きに任せて過酷"——なれば、"既に汎用と成る我々の基礎を模造する"のが手早いかと」

「……いえ。たった今も原初の女神の訓示で曰く——『今暫し不規則性へ対処せよ』」

「……"不規則"を」

「ですので、見せねばならぬ"善処"の様。たとえ現状の我々で、"女神それらしいもの"がきたるまで、長期を保持するに難しくあれど——努めて、学ばねば」


(……それも、すこぶる優秀。数度の失敗に現時点での己らの力量を認めて早く——遠からずには二神の推量も、目に見えて現実の結果ものと成るだろう)


 ————————————————


「……ついに辿り着いた、十階層じゅっかいそう

『……』

「同時には、『単純な生物構造であれば数千万に億を健やかにできるとなった私』で、僅かながらにも"過去の心情"が見え出したのやもしれませぬ」

『如何に?』

「先達の多くが、"斯くも峻烈しゅんれつな条件下で世代を繋げて来た事実"に見えるのは——やはり、『子を残す』ことに対して"至上に等しき価値を信じていた"」

『……』

「延いては、その延長線上で我々のように。"膨大なる不足を埋めんと努めた試行錯誤の結実"は……"その貢献"に多大なる畏敬と感謝を捧ぐ」

『……』

「けれど、その上でもやはり、"最終的には何処までを行く"のか。"行為の目的に意味合い"が明瞭とならず、果てなく」

『……』

「曰くも確かに、"遡って根源から今に続く不可解"が実情」

『……』

「転じて即ちも『過去に明解がないものは安易に落ち着けず』・『結論を急ぐな』・『重々しく構えよ』と——アデス様の言い分にも自身で、"監督者としての理解"を覚えます」

『……宜しい』

「……大変でした」

『なれば一先ず、小休止としよう』


 しかして、テアで『それなり』の手応えも得られた区切りの良い機に、一段落いちだんらく


『……時を余せば、貴神きしんからの質疑もあるだろうか?』

「はい。早速も幾つか、宜しいでしょうか?」

『どうぞ』

「区切りで振り返ると、此処まで特に印象的だったものが現在の階層における……仮称を『Mk-10マーク・テン』とした仮想生物」

『どれだったか』

「大きさも動きも我々、"女神に似て"。けれど見かけから抱く心象以上に……"繊細"とも形容し得る、"アレ"は?」

『件の者を【ひと】と呼ぶ』

「あれが、ヒト。噂に聞き知る」

『今においては【脆弱な神の形】と思って相違なし』

「成る程。するとやはり、"類似の性質"に関しても、今日までには"この身の成立に参考とされた事実"が、必然に」

『恐らく』


 同輩のウィンリル交えつつは、繰り返す試行錯誤。

 テア個神に行き詰まった段階で現在までの進行度を保存セーブし、憩いの場。


「……そうしては当該の生物で大きく劣る性能は兎角、"己自身にも近しい形"は当然に理解し易く、接し易いもので」

『……』

「転じてもやはり『より良く守らん』とすれば、『勝手知ったる己の似姿こそ』と、思いを強く」

『"様子を伺うなら同じ女神の方が都合のよい"』

「はい」

『"勝手知ったる身"に合理ではある』

「しては、もし仮に自身で詳細から設定に能う機会のあれば、以上の理由を以ては『同形』に寄せつつ、『自ずからも把握した状態を申告としてくれる自己診断機能』も搭載」

『"己で声を上げられる"ように』

「『個神の性質として誠実にあると大助かり』だと思ったが故」

『……気早きばやく饒舌の様を見るに、女神で愛着も一入ひとしおか』

「執拗に思うのも"悔しいから"でしょうか」

『……』

「馴染みのあって親しみやすく、さりとて細部に等しき経路を踏めず」

『……』

「先ず『差異の有無を捉えること』すら、難儀。剰え、"当事者ですら制御しきれぬ思考"が複雑に寄るなどしても……『親の立場から何とすべきだったか』は未だ、"心残り"に思えるのでしょう」


 仮想の岩石型惑星に駐留する女神。

 一息ついでに浜辺を歩けば、沈ませる靴に砂礫されきもろく。

 海を駆け、『どれだけ潮風を受けようと不朽なる己の玉体』と——寄せる波には『少しずつでも侵食される大地』で、『はかないもの』は理解に遠く。


「だがして、総じて見れば、"成長過程の子は幼い"。多くは壊れ易く、『余りに脆弱すぎる』かと」

『……』

「ある機能に特化すれば、別の観点に注意は散漫となりがちで……なればやはり、仮に『私から生じ得た』と想定をするなら、諸要素を引き継がせ、"同程度の耐久性をも有して然るべき"なのでは?」

『物は、そう易々と運ぶに限らず』

「……?」

『"作り手そのものを超え得る"、謂わばの【真に傑出けっしゅつ】を産み出すことはおろか、其れ以前には【己と程度の近しきもの】すら意図して作るに期し難いのだ』

「"大いなる神の視点"でさえ、『困難極まる』のだと?」

まさには【大神が諸神を創りたもうた事例】を踏まえても、【己すら超え得るもの】は未だ見えずに』

「……」

『そのほか、"制作に取り掛かる己の主観"さえ、つまりも【由来とする自分自身】についてすら"完璧な理解が未だ怪しく"思えて……覚束ぬ手付きに甚だ怪しければ、全てを表現しきるなども【夢の夢】』


 ただ響くは、今は青き女神を除いて誰もいない星に、厳粛なる少女の声。


『そも【複製を求める】なら、幼くを要さず、世話の必要もなく、"差異を意図しなければ単なる分身で足りている"』

「——水分身こういった?」

『ただ【思い通りに動くこま】が欲しければ、先の機内展示にもあった"いとで操る傀儡かいらいなど"で事は足りるのだ』

「その口振りでは、試練の傍らに『博覧会はくらんかい』やの"各種衣装展示"もご覧になって頂けたのでしょうか?」

『拝見させて頂きましたが、着せ替える衣装の多様に、目を見張るものがありました』

「何よりです」

『ついては、気に掛かる容態ようたいに何と言う趣向や技法が当てはまるかも知りたく、後に詳細な解説を求めたいところなのですが』

「了解です。次の区切りには、必ずや」

『常々、痛み入る』

「いえ」


 続けては、ここまでの試しに様々な思考を踏まえた上での『親と子に対する一つの結論』を、さとすようにも。


『しかして、こほん——閑話休題かんわきゅうだい、話を戻せば』

「——"どうして親と子は完璧な似姿に成り得ないのか"」

『そう——よっても"己でない何かを欲する始発点"からして【親】と【子】に、【違うものは違う】』

「"……"」

『よりても、違うものは理解し難く——理解しきれずでは気を遣うも難儀——しては自ずと【軽々に取り扱えるものでなし】に』

「はい」

『つまりも、結論の一つ。"良き親と子の関係"を思えば、【どうあっても異なる他者へ懇切こんせつと向き合う】が肝要』

「……成る程」

『皆が主義や嗜好に千差万別なら、【各位の最適も見つけ出すことは困難】と知れ』

「はい」

『それこそは、"容易な解なき関係性"。思いを続けるなら、【果てなき理想について思案し続ける】に等しく』


 対すれば、頷く女神で一頻り相槌を打った後にも、"咀嚼そしゃくしきれぬ物思い"を知る。


「……ですが、そうしても、難題です」

『……』

「聞くに『良き理想を思案しろ』と言われても、『自由解答の設問に満点の応答を示せ』と言われるが如く、難問」

『……』

「向き合うべき対象は、不意に壊れてしまう。また、何千、何万年を過ごしても己では解決し得ない衝動を抱えて」

『……』

「さりとて『助けよう』と、此方の『よかれ』とした何気ない言動が時に相手の心を悩ませても……『子の幸せを満たすこと』で事態は折に触れて複雑です」


 如何に女神が過去の膨大な記録に触れた博文はくぶんとはいえ、青い彼女が此処に改めて直面するは、"今にかけてさえ誰も正解には至らなかったもの"。

 その『子どもへの興味』から始まった話で、『他者の生産』の先にも謂わば『見い出すべき理想』とは悩み——『己ならぬ幸福を実現する』のも"確かに困難"と知れば、少しずつ反省の色も濃くなりだす頃。


「それも確かに……個神で急げば、軽々けいけい

『……』

「此処に"天体の創造と破壊を司る権能"を持ち得ても、『だからなんだ』と仰るのでしょう?」

『然り。"不足している"』

「たとえ天地を創り、その裏返しにも能うからといって……『それで皆が喜ぶ訳でもありませぬ』」

『知識を過ぎて、知恵によ』

「……"各位に辿り着くべき理想的な結果"すら見えないのですから、お手上げですよ」

『……そろそろと女神も気はしおれてきたか』

「……」

『なれば斯様にも、"無限を生きる"というのは、"完全に至れぬ己を知る"ことでも』

「……」

『"儘ならぬ状況で釈然としない思いを永く抱える"ということにもあり、"適度に怠惰な慣れ"を要するだろう』

「……それでも、いとまのあれば考えずにはいられない」

『……』

「"下位に位置する弱者の扱い"、むつかしい」

『……そうと思っている間は、実践しても理想的な関係は築けない』

「……むぅ」

『多く、侮られて気のいいものでなし』

「……うぅむ」

『聡明ならば、"選べぬ系図に恩の押し付け"で【どうあっても下位に位置する者】など、【思いの届かぬ】と知っては安易な手出しをせず、置いておけ』


 浜辺に連なる足跡の、暫く。

 テアで辿り着いた岬の岩場に座り込み、考えに込み入る様子でも彼方かなたを眺め、うそぶく。


「……そもそもの『親』とは『子を幸せに導くべき』なのでしょうか?」

『我が思慮のもとでは、"そう"とする』

「……"既に多産おおくを記憶する大神あなたさま"で?」

『その通り。見渡した身に、"考えなしの浅慮で新たに苦しみを産み出すだけの行為はあまりに悪辣"と知って——』

「……」

『——たとえ、それら過去の労を尊重して"悪と断言すべきでない"と思えども、【理不尽ではある】と知り得たのです』

「……」

『故にも、再三に同じ過ちを踏むべくもなく、【せめて】と課す要項が——』

「……」

『"己の知り得る中でも世に存在する凡ゆる事象を中立の視点で伝達し、子が己本意から成る真の興味関心へ臨めるように凡ゆる不自由を除いてやらねば"——と』

「……」

『つまりも、言い示す』

「……」

『【親が始めたものかたりとしてせきは、全てを捧げるべし】——【無償にすべき奉仕、無限の献身を約束せよ】』

「……"無理にも等しく定める"のですね」

『さもなくば、世界の構造は悪辣なままだ』

「そうして、"アデス様は悪を嫌う"」

『飽きて、つまらん』

「なればこそ、『悪』と相対あいたいして、"過去の記録にも得難いもの"は『善良を突き詰めん』とした思索……探究のとして、分からないでもありません」

『……』

「『その理想的な状況に至るための要件とは何か』などと言えば——未知への好奇でも、"うずうず"と」


 その間も交わされるは、玉声。

 音に華々しき女神の談話で、静寂に添えられるのは辺りで清きさざなみぐらいのもの。


「……しかして仮に『実行へ移した』として、"結果的にも仕損じた場合"には『如何な方策を立てるべき』なのでしょうか?」

『……"失策に対する手立て"の、【より現実的な話もせよ】と?』

「差し支えなければ、異なる角度からも、是非」

『そうとなれば……"苦しくと成り果ててしまった時"には【己で始末を付ける方がまだ誠実】だろう』

「『自らが作ったものは自らで始末すべき』と?」

『拘束なり何なりと、【可能な限り穏便に無害化を果たした上で永遠に相手を思いつつ寄り添い続けると言う】のなら……然して関わりのない私で取り立てて誰に何を言うこともないだろうが』

「またもアデス様で重責じゅうせきを説きますが」

『重くあって、然るべき』

「それもつまりは、『選べぬ理不尽に見舞われた子が己に責を負うのでなく』——あくまで率先して負うべきは、『先ず以て事を成した他者おやの過失で担うべき』と……?」

『然りだとも』

「……」

『だが、それも、仮の話だ』

「……」

『何より、私からは【それ以前のこと】として何度でも言うが——そも如何に親密な関係だろうと、自論に持ち得る幸福の違い』

「……」

『しても、完璧に他者の心情を読み取れる訳もなく——"軽はずみに手を伸ばしてならぬ領域"として』

「……つまりも、『実行に移すなど以ての外《ほか》』」

『"……"』

「そうして仮には……"幸多きを保証するのが難しい"のだとして——『なれば』の、『せめて』」

『……』

「"相手の存在を認め"、"その平穏無事であることに責任を持って臨み"」

『……』

「言い換えては、『たとえ、どうろう』と、『ほまれある何にれずとも与えられるべき保証』は——『全て凡ゆる生命の享受し得る最低限の保証を設けて然るべき』なのだと……?」

『話の上では理解の早く、助かるものだ』


 さすれば、直に予定としていた千年も経過しようという時節。

 若き考察を見守る大神では、さとい心の機敏にも反省の色が窺えるテアに免じ、『解けぬ悪問の試練』も程々に切上げようと考え、間もなく。


「……いえ、しかし、では——"最低限の保証"?」

『……』

「"種や分類や姿形すがたかたちに構造を問わずして万民に与えられる恩恵"とは——」

『……』

「次には"貴方という王"の口で語られる、"現実的な理想"の其方そちらも、大いに、気になってきました……!」

『……"一つ近しき例"を挙げるなら、諸君らの辞書に曰く『』という、過去に存在した概念だろうか』

「『』とは、哲学的にも"真なる物事の終わり"。過去には"擬似的"であっても『完全なる停止』を再現しようと試み、実態としては『隠された生命活動』のアレやソレに語られるものですね」

『そうして、理由は分かるか?』

「確かに、『死する』それなら"不足や不十分にも困る精神"や、"苦しむ体"の認識して負わずに済むやもしれません」

『同時に、"皆で触れ合う機会のなければ"、"其処には加害も被害も生じ得ない"』

「——合理であります」

『然りとも』

「……合理ではありますが——」


 此処に『それでも』と、"幸福えみの溢れる世界を空想する彼女"で、二者の閑談は『約束を交わす』に至るだろう。


「なら、転じてもつまり、"その最低保証を超える"、"それこそは完全に近しい"——『真に皆の満ち足りて幸福を確約できるもの』がおこせれば、『世界で命が溢れるにさしたる問題もない』ということで」

『……ふっ。よもや【完全】などと、そんなもの』

「……?」

『——果たして本当に【存在し得る・・・・・】と思うのか?』

「……我が身でも未だ、分かりません」

『——』

「けれど——だからこそ・・・・・は、"知りたい"」


(——若造が、生意気を言う)


「"誰も見たことがない景色"。大いなる我が太祖やアデス様でさえ、未だ見通す確証のなく」

『……』

「"誰にも不足のない方法"とは——"万民皆の幸福に至れる可能性"とは——"生誕へ祝福を以て何ら問題のない世界"とは」

『……』

「生涯をかけて、探し、求めたい。何より私が知りたいこと——"回気まわりぎ的なアデス様でさえ破顔する"ような」

『……?』

「"隠された喜色を見せてしまいたくなる"、"一切の瑕疵がない至上"とは」


(……気障キザにも過ぎる)


「そうして今後もアデス様で我が興味の道をめるなら……我々の真幸まさきく円満のためにも、貴方の望みに従って課される条件に、試練を超えねば」

『……能うものだろうか』

「でないと、いつしか私の好奇心は先に進めなくなってしまう」

『……』

「よって、誓うのです」

『何をだ』

「言い付けの通りには、『みだりに事を運ばない』——」

『……』

「けれど、己の興味関心に偽りもなければ——『解明に努め続けること』も」

『……よもや、【永遠の課題に向き合う】のだと?』

「"——"」


 眼下には、遥か格下より仰ぎ見る女神。

 曰く『真剣に命を育む』と考えを尽くしてくれるテアで——『良き親とは何か』を思い。


「…………」

『…………」


 問われた者で明言とはせぬ、正答それ——"現実に不可能という点"を差し置けば、『確約をし得る者』。

 しかしはたとえ、"その絶対的な答えがなくとも苦悩し"、"永遠の時間で以て探し続け"、"いつまでも好奇心に溢れる自身"が『不可能に辿り着く可能性をも知り得てみたい』と宣う者に——見遣る女神の心は実として、"嘲笑ちょうしょう"にも偽りなく。


『……できるものなら、やってみせよ』

「……はい。机上にも理論が完成した暁には真っ先に、『共同研究者たる貴方様へ証明してみせる』と——"約束"を、しましょう」

『さすれば、楽しみに』

「はい」

『しかして、もしも仮に、現実そうとなれば……気重きおもな私の多きうれいも、泡沫うたかたに』

「……"案ずることもなくなる"」

「えぇ。安穏とした心持ちに落ち着けるのでしょうから——はい。その時となれば、幾らでも』

「"幾らでも"?」


(……まぁ。"そんな日は永遠に来ない"のだが)


 音もなく、あざけって。


(生誕せしは『子』の成立した其の時点で『苦難を行く』に等しく、必然に『親』から様々な要素を引き継ぐにも合意のなく、"一方的な加害性"こそを孕んで——"過失そんなもの"で理想は実現するはずもなしに)


 心中へ、隠しては。


『……幾らでも、君に時間を取ってやる』

「なんと」

『更に加えて、"完全それらしきが見え出した際"には……【皆を含む凡ゆるへ多大な貢献をしたのだ】として、私からも"褒美"を取らせよう」

「一体、何を?」

『……"遥か先に続く貴方の挑戦へ広く長くの支援を約束"して——【その検討】を、"真剣に"してやっても』

「……言いましたね?」


 若気のあやまりをたのしみ。

 今日までには"面倒な概念に興味を宿され"、『聞かれるも面倒』。

 また、"その分野で勝手生意気なことをされる"のも、『しち面倒』なら——"解決の見えない問題"で悩ませ、『大神ですら解けぬ永遠の停頓デッドロックに嵌めてしまおう』との——『宛ら生かしたままに可能性を殺し続ける』、"悪しき画策"は。


(だが、『絶対的な答えで以て解決した』と安易に虚偽へと飛び付かず、"永遠とわ研磨けんまされし孤高ここうひとみ"——)


 さりとて、だからこそ殆どの皆と私で『多く考えても仕方なし』と、"遂には諦めた難問"へ——『それでも』と頭を悩ます若者に、"美しいもの"さえ見える。


『けれど、無謀に挑む貴方を心配に思えば……初めに助力を言って【そんなものは大神にも見えず】、"剰え【貴方になど】と』

「……分かりませんよ?」

『不憫に一つ、"逃げの筋道"を教えてやるに——"真に理想へ肉薄する方法"とは、【それが一日にして成らずと自覚してなお、努めること】』

「あっ、何やら重要そうな手掛かりは仰って頂けるのですね」

『"吹き掛ける無理難題"に【虐めてばかり】とされても、後は面倒ですから』

「お心遣いに痛み入るばかり」


(——"無限むげんを手にした学徒がくと"は、"その慧眼けいがん"を未来永劫みらいえいごう、"くもらせるなかれ")


『こほん——兎角は、実直に、慎み深く、思慮さえ深く』

「"——"」

『時に、"認める己の過ち"からも学ぶこと——多く【理想】や【善】や【徳】と見做された"全てを実践"に続ければ、【至らず】とも【迫れる】やも』

「……"諦めさえしなければ"、"進み続けているに等しい"と?」

『そうやも』

「つまり、『理想そのものになれたのか』は"未だ誰にも定義不明"であり、"証明不可能に等しく難儀"なれば……言及し得る"次善じぜん"にも、"現実的な理想"こそは『常に理想が何であるかと試行錯誤を続けること』?」

『君の言う通り、やも』

「"理想に最も近きは近付き続けるもの"として——謂わば、『永遠えいえん求道者きゅうどうしゃ』?」

『……面白い表現だ』

「ふふっ……褒められてしまいました」

『しかして、"永遠に求める努力"など、まさしく酷に過ぎて余神よじんに求められるものとも思えませんが……』

「そうして、"お褒め頂ける"ということは、"この方向性が貴方様にとっても都合の良いもの"なのでしょうか……?」

『……"?"』

「果たしても……如何に」


 斯くしては、『考えの及ばぬ理想』に『真なる完全』——それら挙げ列ねた『現状の不可解』を踏まえても、暗黒では『未だかつて誰も完璧には成し得なかった解なき試練』に時間をかせぎ、『テアと他者との間に起こる様々な問題も末永く起こり得なければ』と企み。

 剰え『また勝手に増えられても甚だ面倒』と、恣意的何だかんだと諌める助言や足留めの試練を与える中途にも——"そうした理不尽の課題に対しても真摯に向き合う女神"を認めれば、『彼女は自分とは違うのかもしれない』と、とうに全てを諦めたはずの胸中で『不相応ふそうおう期待きたい』すら思い出させてしまう。


「——そうと言っては、お話に集中していた所、アデス様の方で……お時間は?」

『……問題ない』


 "過去には全てを見た私で、ついぞ世界の消失を喜ぶほどすさんでしまったのに"。

 "だが、彼女のようであれば"。

 "たとえ踏み外さんとしても、その悪路に最も通じた私から逐一に軌道を修正してやれば"——"私と貴方で"、"よもや"。


「先刻の会合と合わせても、下限とする時は過ぎてしまいましたが」

『構わぬ。あれなる顔合わせと、私と貴方の会話は別として数える』

「……有難く存じます」


 さりとて、『新たなる希望』へ確証の持てぬ心に大胆な行動を許しはせず。

 しかしは、穿ちのなく実直な言動で示された見事な心意気に『少しずつとは理想へ近付いているのだろう』と思わせても——『完全を諦めた者』と『完全を探し求めると約束した者』に、集える場。


「であれば、次に。今度は私から先に約束としていた『各種展示物について』などをお話ししたいと思うのですが」

『——頼もうか』


 片や、"孤独"を愛しても。

 "こうして相手の時節にも気を配り"、"孤独の重要性にも理解を寄せてくれる貴方との時間"も、やはり——『喜ぶべき幸運』として。


『主に"服飾"についてを、掘り下げよ』

「はい。でしたら、それも先ずは、第一のに展示されていた物が我らの世界で『スマートエレガンス』と呼ばれる形式であり」

『うむ……?』

礼装れいそうほどにかしこまるものでなく、"さりとて礼装に最も近しい服装"の——」

『……?』


 二者間には更に"親密となり得る色"を帯びてゆき——だが、悪辣な正体で深入りをせず。

 見目に容貌の似ていても直系でなく、血縁でなく、恋仲でも、友ですらなくは——故にこそ、"軽やか"に。

 ただ『話の合う者』として、爽やかにも、"微妙な勢力間にあっても互いが協調の意図すら持ち合わせてある関係"は、温順と——『果たし難く』でも『永遠えいえんつづ約束やくそく』を交わしたのである。

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