聖戦・隻眼の王 Re:make

白銀隼斗

聖戦

第1話 Re:地獄の始まり(表紙あり)

表紙

https://kakuyomu.jp/users/nekomaru16/news/16818093074982480352


 地獄。轟々と吹き上がる業火に、獄卒達の怒鳴り声と亡者達の悲鳴が連なる。

 たった一人の裁判官が仕切る裁判所が、新たな亡者を迎え入れる準備を始めた。裁判官の豪華な衣装を整え、鬼の一人が彼を迎えに向かった。

「閻魔様、失礼致します」

 今日もまた、彷徨える亡者を裁く日常がやってくる……そう、誰もが思った。

「閻魔様?」

 視線の先に彼はおらず、あるのはただ抜け殻になった布団だけだった。


 神殿、寺院、神社、教会、聖堂、モスク……様々な宗教的象徴が朽ちた状態で、乱雑に置かれてあった。自然も疎らで、桜が咲いているところもあれば乾季のせいか砂漠のようになっているところもあった。

 そして様々な姿かたちの魑魅魍魎が転がっており、巨大な蛇が山に横たわっていたり、見た目からして神様らしき人間が鳥居に寄りかかっていたり、全員夢のなかにいるような様子だった。

「……」

 誰も彼も目覚める様子はない、だがたった一人、山門の前に転がる男の眼元が動いた。

 黒い着流しに身を包んだ細身の男で、覗く胸元や腕には奇妙な模様と稲妻のような傷が見えた。黒髪で片眼は隠れており、ぐっと起き上がると右眼を巡らせた。赤い瞳が世界を見る。

 額に手を当てながら立ち上がる。男の脚は黒く、関節が赤くなっていた。神なのかそれともそれ以外なのか、数ある人外のなかで彼はどちら側なのか、分かりづらい見た目をしていた。

「ちっ」

 舌打ちをかます。ずきんずきんっと痛む頭に息を吐いた。

 軽く振り返る。山門の先には林に囲まれた寺があり、不思議と落ち着いた。

 ここがどこなのか、どういう状況なのか何も分からない。然し男は取り乱す様子もなく、一先ずといった調子で煙草を一本出した。

 ジッポライターで火をつけ、口の端から煙を吐く。

『ほお、最初の目覚めは貴様か』

 頭上からの声にぴくりと反応する。見上げた。見えるのはムカつく程の晴天だ。煙草を咥える。

『初めて一人で死んだ時と同じ気持ちだろう。怖いか』

 吸い込むと頭が赤く灯った。地獄の地響きのような重たい声に平然とした調子で答えた。

「いいや。生憎そんなものは感じないのでな」

 ふっと煙を吐いた。すると青空の一部が不自然に割れ、宇宙に似た色が現れた。かと思えばぬっと異形が顔を出した。

 タコのような頭を持つ異形、見ただけで恐怖を感じるような見た目と威圧感、然し男は無表情に見たあと煙を吐きつつ見上げるのをやめた。

『既に狂気に憑りつかれているのか、我々はとんでもない閻魔大王を呼んでしまったようだ』

 異形は振り向きながらからかうように言った。幾つもの不気味な、笑い声なのか鳴き声なのか正体の分からない声が響いた。

『まあいい。貴様は戦闘が大の好物なのだろう。であれば助言をせずとも分かるはずだ』

 その言葉に軽く煙草を叩いて灰を落とした。

「言い草から察するに戦えという事か。なんだ? 蠱毒のつもりか?」

 異形からは隠れている左眼だけが見える。表情は分からない。

「蠱毒、ふん、貴様の国ではそう呼ぶのか?」

 白々しい反応に返す気はなく、「旧支配者とかいう奴か」と問いかけた。

『そうだ。人間には確か、クトゥルフ神話と呼ばれているな』

 再度視線をやった。赤い瞳に異形、クトゥルフは眼元を歪めた。

『貴様のような戦闘狂にも通用するかは分からんがな』

 少し声を潜めて言った。真意の分からない言葉に訊き返す気はなく、煙草を咥えると歩き出した。クトゥルフは暫くその後を眼で追って、シーンが切り替わるように消えた。

 誰も彼も眠ったままだ。適当に見渡しても既視感のある姿はない。

「……」

 伸びた灰が自重に耐えきれずに崩れた。刹那、竜巻のように回し蹴りを放った。

 当たりはしなかったが、間一髪で避けただろう異形の額には汗が滲んでいた。そのまま身体の向きを変えて足をおろす。

「サタン、ではないのか」

 視線の先、気配を感じて回し蹴りを放った相手は翼を動かし滞空していた。黒い身体に捻れた角と竜のような尻尾。ライオンを彷彿とさせる髪がなびいた。

『いいや、サタンに違いはないぞ小僧』

 野太い声にじっと見る。これがサタン? 随分と雄々しくなったものだ……。

『俺の知っている閻魔はそんな弱っちい姿をしていないぞ』

 なんとなく察した。眼前のサタンは別世界のサタンであり、自身が知っているあいつとは別物だ。

 気乗りはしない。実力を知っている奴と殴り合うのは既に知っているから楽しめる。だがこいつは同じサタンでも実力は分からない。

 口の端から煙を吐きつつ軽く俯き、両手を前髪の下に滑らせた。

 ただ、分からない奴を相手にする時の楽しさは桁違いだ。

「あのサタンより強ければいいんだがな」

 見えた左眼の下には更に眼があり、筆で引いたような線がそれらを繋げていた。そして黒のなかに浮かぶ赤色がしっかりとサタンを睨みつけた。

 瞬間、ダイナマイトのような咆哮と同時に着物の上を脱いだ閻魔が跳び上がった。咆哮の風圧をものともせず、口角を引いて拳を作った。

 一発入る。だがその前に、サタンの胸から口に駆け上がった体内のマグマが高速で吐き出された。鋭い牙のあいだから水蒸気が絶えず漏れだし、黒い身体には躍動する血管のような模様が浮かび上がった。

 閻魔は空中で身を翻し、マグマを避けた。流石に翼のない彼は空中では不利だ、一旦着地した。

 黒い足がずざざっと土を削る。そして一瞬にしてその場から消えた。

 サタンは着地したのを見ていた。然し姿が見えない。どくんどくんと波打つのを感じながら周囲を見た。

 はっとして振り向いた。時には遅く、もう一つ上まで跳び上がっていた閻魔の蹴りが迫っていた。

 肩、翼のある部分にヒットする。その力は凄まじく、かはっとマグマ混じりの唾を飛ばしたあとには弾丸のように吹き飛んだ。

 爆発と同じ衝撃で地面に叩きつけられ、土埃があがった。閻魔はすたっと着地すると煙草を手に持った。食いしばったせいで折れ曲がっている。

「……この程度か」

 土埃が晴れた先には地面にめり込んだサタンの姿があり、即死しているのが分かった。はあっと失望の溜息と共に白煙が昇る。顰めた下がり眉で見下した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る