第14話 新たな仲間

「こ、こんなにいただけませんっ……!」


 昼下がりのアシュタット。冒険者ギルドの受付前にて。

 リズベットは大量の銀貨で膨らんだ袋をギャル美に押し返しながら叫んだ。


「そー言われても、こうして巨猪ジャイアント・ボアの討伐報酬がもらえたのもリズちーのおかげだし?」


「で、でも報酬の三分の一はさすがに多すぎます……」


「なんで? うちとオタクくんとリズちーの三人で分けるんだから、ひとりあたり三分の一がフツーじゃん?」


「そ、それは……」


 ギャル美は押しつけられた袋をリズベットの両手に握らせた。


「いーじゃん、もらっときなって。リズちー、お金が必要だったんでしょ?」


「リズ、もらっとけ。ギャル美のお人好しは病気みたいなものだからな」


 おれはギャル美に加勢する。

 リズベットはどうしたものかと思案するようにしばし視線を足下に落としていたが、その後、決然と顔を上げた。


「や、やっぱり、こんなにたくさんはいただけませんっ……! 銀貨十枚だけで充分ですっ……!」


 言いながら袋から銀貨十枚――1万クロネ――を取り出し、残りを再びギャル美に突きつけた。


「うーむ、おぬしも強情よのう……」


 ギャル美は困ったような顔をしていたが、不意になにか思いついたかのようにポンと両手を合わせた。


「そーだ。そんじゃさリズちー、うちとデート行こ?」


「で、デート……ですか?」


「そ。一緒に服買ったり、カフェ行ってスイーツ食べたりすんの。うちのオゴリで☆」


「ええっ!? お、オゴリだなんて、そんな……」


「いーのいーの! うちは報酬のおかげでお金たくさんあるし、それにリズちーの服とか靴とかコーデしたいと思ってたんだよねー♪」


 たしかに、とおれはリズベットの恰好を見ながら思う。裾や袖口がボロボロで、ところどころ土で汚れた衣服は、いっそ買い換えてしまった方がいいだろう。

 だが、ギャル美の発した「コーデ」という言葉には一抹の不安を覚えた。ギャルファッションを身にまとったリズベットの姿を想像してみる。

 うむ……間違いなく似合わないだろうな。


「おいギャル美、リズにあんまり派手な格好はさせるなよ」


「あはは、わかってるってば。うちのコーデりょくナメんなし!」


 親指を立てて返したギャル美は「さ、行こ!」とリズベットの手を取りギルドのロビーから出ていこうとした。

 が、急になにかを思い出したように立ち止まると、おれの方を振り返った。


「あ。てか、オタクくんも行く?」


「デートなんだろ? ふたりで行ってこいよ。おれは冒険者ギルドここの控え室で待ってるから」


「そっか。じゃ、行ってくるね!」


 かくしておれはデートに行ったふたりを冒険者ギルドの控え室で待つことになった。



 備え付けられた椅子に座り、持っていた魔道書を読みふけること約二時間。

 ギャル美は妙にはしゃいだ様子で帰ってきた。二時間前とは見違えるほど垢抜けた衣装を身につけたリズベットを連れて。


「見てよオタクくん、うちの神コーデ! めっちゃかわいくない?」


「あ、ああ」


「あ、ありがとうございます……」


 リズベットは照れくさそうにお辞儀をした。短いマント――これは以前から身につけていたものだが――についたフードの下に覗く赤ら顔が可愛らしい。


「かわいさだけじゃなくて実用性も考えて選んだんだよ。動きやすさとか、丈夫さとか。リズちーは、これからもお母さんを探す旅をしなきゃだもんね」


「そ、それは、その……」


 リズベットの返事はどこか歯切れが悪かった。なぜだろう?


「あ、そーだ」


 ギャル美はなにか思い出したようにポンと両手を叩いた。


「オタクくん、これから時間ある?」


「ああ、あるけど?」


「よかった。じゃ、みんなでスイーツキメに行こ! リズちーが、うちとオタクくんに話があるんだって」


「話?」


「えと、その……お、お店に着いたらお話します……」



 というわけで、ギャル美曰く“ケーキがめっちゃ美味いと評判の店”に来た。

 先に供された紅茶を飲みながら、ギャル美がひとりで他愛もない話をベラベラと喋り倒すのを聞く。

 リズベットはというと、ときおりギャル美の話に相づちを打ったり微笑んだりしつつも、どこか心ここにあらずという雰囲気だった。


 やがて注文したケーキが運ばれてくると、ギャル美は「うわヤバー! ガチで美味そう!」と歓声を上げた。

 だが、おれはこのままでは埒があかないと思い、つい気になっていたことを訊いてしまった。


「その、リズ。話っていうのは?」


「え? あ、そ、それは……」


 リズベットはなにか言おうとしかけたが、結局言葉は続かずに、決まり悪そうにうつむいてしまった。


 うーむ、まだ訊くべきではなかったか……。


「まーいいじゃん、話すのはいつでもさ。それより食べよ。ほらリズちー、あーん♪」


 ギャル美は自分のケーキをひとくち分フォークで取り、それをリズベットの口許に運んだ。

 リズベットは震えながら口を開け、差し出されたひとくち分のケーキを口に入れる。


 そのケーキを味わい、飲み下したとき。

 不意に、リズベットの頬を涙が伝った。


「ちょ、リズちーどしたん!? おなか痛いの?」


 ギャル美が慌てて肩に手をると、リズベットはふるふると首を横に振り、嗚咽おえつしながら語り始めた。


「その……う、嬉しくて……。いままで、お母さん以外の人にこんなに優しくされたことがなくて……。だから……ぐすっ……あ、ありがとうございますっ……」


 おれは想像した。三ヶ月前に母親が姿を消し、それ以来ひとりぼっちで生きてきたリズベットの孤独を。かつては母親の愛情を一身に受けてきただけに、それは筆舌に尽くしがたいものだったのだろう。

 そんなときにギャル美と出会い、その屈託のない優しさに触れたのだ。心を打たれるのもわかる気がする。


「リズちー、落ち着いて」


 ギャル美は椅子に坐ったリズベットに歩み寄ると、屈んで少女の頭を撫ではじめた。


「『ありがとうございます』だなんて、そんなにかしこまらなくていいんだよ。だってうちら、友達じゃん? 友達に優しくするのはフツーのことなんだから」


「でも……でもっ……」


「ほら、泣くんじゃなくて笑お? 泣くよりも笑った方が楽しくなるし、リズちーは笑った方がかわいいんだから」


 泣くよりも笑った方が楽しくなる、って……。そんな雑な慰め方があるか?

 と卑屈なおれは思ってしまうのだが。


「は、はいっ……」


 リズベットは涙を拭いて、笑顔をほころばせた。


「うん、バッチリ! リズちーはその方が絶対かわいい!」


「あ、ありがとうございます……」


「あはは、だからそんなかしこまらなくていいってば。そんじゃ、ケーキ食べよ?」


 ギャル美が自分の席に戻ると、リズベットはフォークを持ち、ケーキをひとくち分切り取った。

 だが、それを口に運ぼうか迷った末に、彼女はフォークを皿に置いた。


「あ、あのっ……」震える声で言う。「『お話ししたいことがある』と言っていた件なんですけど……」


 ギャル美が自分のケーキから顔を上げた。

 おれもリズベットの顔に視線を向ける。


「そのっ……」緊張の面持ちでリズベットは言った。「も、もしよかったら、わたしをおふたりのパーティーに入れていただけませんか……?」


 一瞬の間、リズベットの話の意味を呑み込むのに時間を要した。

 その直後。


「え、ガチ!? うちらのパーティーに入ってくれんの!? もちろんいいよっ!」


 ギャル美が快諾すると、リズベットの表情がぱっと明るくなった。


「お、おいギャル美、いくらなんでも軽すぎないか?」


 おれが思ったことを口にすると、ギャル美は首をかしげて、


「なんで? 別によくない? 仲間が増えた方が楽しそうじゃん」


「で、でもこんな幼い子を冒険に連れて行くのは――」


「だ、大丈夫ですっ……!」リズベットがおれの言葉をさえぎって言った。「わたし、森でひとりで生きてきたので、自分の身は自分で守れます。一応、弓も使えますし……その、お邪魔にはなりませんっ……」


「ほらオタクくん、リズちーもこう言ってるよ?」


「うーん……」


 たしかに、森で三ヶ月間ひとりで生き続けてきたという話が本当であれば狩猟の経験はありそうだ。巨猪ジャイアント・ボアの皮をいだのもリズベットだったことだし、ひ弱そうに見えて案外サバイバル能力は高いのかもしれない。

 だが、冒険者として戦力になるかという話はまた別だ。まぁ、最近まで戦力になれていなかったおれに言う資格はないかもしれないが。


 とはいえやはり、リズベットが加入することによってパーティーの総合的な戦力が下がるという事態は避けたい。どうしたものか。


「あ、あのぅ、それと……」


 リズベットがなぜか声を潜めて言ったため、ギャル美とおれは顔を近づけた。


「ここだけの話ですけど……実はわたし、治癒魔法がちょっとだけ使えるんです」


「ガチで? ヤバー、めっちゃすごいじゃん!」


「ちょっと待った」思わず声が大きくなりかけていたギャル美を制しておれは言った。「治癒魔法っていうのは、一部の聖職者だけしか使えないんじゃないのか?」


「そう言われてますけど……わたしの場合は、物心がついたら使えるようになってたんです。あまり強力なものではないんですけど……」


「うーん……」


 果たして信じていいものか。おれがこの世界で見聞きした話では、治癒魔法というのは才能のある者が幼い頃から聖職者としての研鑽を積んだうえで初めて使えるようになる、奇跡に近いものだということだった。それを生まれつきの才能だけで使えるようになったというリズベットの話は、にわかには信じがたい。


 けれども、もしその話が本当なら、リズベットは比類のない力を持っていることになる。通常ならば負傷した場合は教会に併設されている施療院で治療を受ける必要があるが、治癒魔法が使える者がパーティーにいるならその必要がなくなるのだ。依頼クエストをこなすうえでも非常に役立つだろう。


「オタクくん、きっとホントだよ」おれの心情を察してか、ギャル美が言った。「だってうち、昨日リズちーを抱いて寝たらめっちゃ元気になったもん!」


 おまえはいつも元気だろうが。


「母親探しはどうするんだ? おれたちのパーティーに入ったら、そればっかりに専念してもらうわけにはいかなくなるぞ?」


 最後にひとつ、覚悟を試すつもりでおれはリズベットに尋ねた。


「それなんですけど……」リズベットはあらかじめ答えを考えていたように落ち着いて語り始めた。「お母さんを探すにも、森の中であてもなく探し回るより、冒険者としていろんな場所に行っていろんな人に話を聞いた方が、情報が集まるんじゃないかと思うんです。なので、できればぜひ……」


「じゃー決まりっ!」


 ギャル美は勢いよく立ち上がってリズベットに手を差し出した。


「これからもよろしくね、リズちー!」


「は、はいっ……。ふふっ」


 リズベットは差し出された手を握り返し、安堵したように微笑んだ。


 こうして、新たな仲間がおれたちのパーティーに加わったのだった。

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異世界ギャル ぶらいあん @ateru1

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