異世界ギャル
ぶらいあん
第1話 ギャルとオタク
最悪なことが起きてしまった。
高校二年、クラス替え後の最初の席替え。
最後列の窓際という、新しい席の位置自体は申し分なかった。
問題は隣の席に座ることになった〈ヤツ〉の存在である。
「あ、オタクくんじゃーん! ラッキー!」
なにがラッキーなのかは不明だが、その女は運んできた机をおれの机の隣に置きながら話しかけてきた。
顔良しスタイル良し。ひと目でわかるギャルファッションに身を包み、常に陽のオーラを発している陽キャ中の陽キャ。
通称〈ギャル美〉。地味で陰キャのおれが最も苦手としているタイプの女だ。
「オタクくんって1年のとき6組だったでしょ? うち、前から絡んでみたかったんだよねー!」
なぜ同じクラスになったばかりのおれの個人情報をそこまで知っているのか。あだ名のみならず、1年のときのクラスまで。おれはこの学校の中でもとりわけ影が薄い存在のはずなのに。
1年のときから友人といえる友人もおらず、教室の一隅で黙然とラノベばかり読んでいたおれについたあだ名は〈オタクくん〉。
そんなおれに、学年で最も目立つ存在といっても過言ではないギャル美が「前から絡んでみたかった」だと?
ありえない。なにかの陰謀に違いない。
おれは警戒心を強めながら「はぁ」と生返事した。
「あはは、なにその反応? ウケるー!」
なにがウケるのかわからないが、ギャル美はニヤニヤしながらおれの肩をつついてきた。
なれなれしいヤツだな……。
「ひょっとして、うちが金髪だからビビってる?」
正直、それは少しある。だが、そう正直に答えるのも癪だった。
「えっと、その……。名前、なんて呼べば……」
「ギャル美でいーよ。みんなそう呼んでるし」
「じゃあ、ギャル美……さん?」
「あはは、律儀かよ。呼び捨てでいーってば」
「えっと、じゃあギャル美……」
「なに、オタクくん?」
「その……どうしておれなんかと絡みたがるんだ?」
ようやくおれが本題に入ると、ギャル美はその質問を待っていたというかのようにニッと笑った。
「だって、ちょっとでも縁がある人とは友達になりたいじゃん? うち、リア友1000人目指してるから!」
よ……陽キャすぎる!!
やはりこの女、苦手だ……。おれとは住む世界が違いすぎる。
友達になんて、なれるわけ――
「そんじゃ、友達になった証に、はい握手~♪」
「え? あ……」
有無を言う間もなく、おれの右手はギャル美に握られていた。
カーッと、顔が熱くなるのを感じる。
女子の手……。触ったのは小学生ぶりくらいだろうか?
そのうえギャル美の手は、柔らかくて繊細で、触り心地がよくて……。
「ん~、どしたん? 顔真っ赤だよ?」
「うわっ!? ご、ごめん……!」
慌てて握られた手を振りほどいた。
「あはは、オタクくんウケるー!」
「わ、笑うなよ……」
おれは胸の鼓動を強いて無視しながら教室の最前にある黒板に視線を向けた。
そして、心の中で誓ったのだった。
この女の思い通りになど、なってたまるかと。
友達なんかいらない。
――否。おれみたいな陰キャなんかに、友達なんて相応しくないのだ。
だが、席替え後の一限目からギャル美の攻勢は始まった。
なにやらスクールバッグの中を漁っていたギャル美は、諦めたようにため息を落とすと、
「よっ」
と掛け声を発しながら自分の机を隣のおれの机にくっつけてきた。
急な出来事におれが唖然としていると、
「お願いオタクくん、教科書忘れちゃったから見せて!」
「お、おう……」
「やった! ありがと!」
しまった、してやられた。ギャル美とはなるべく距離を取ろうと思っていたのに、いきなり物理的に距離を縮めてくるとは……。
かくしておれたちふたりは、くっつけたふたつの机の真ん中に数学の教科書を置き、それを一緒に見ることになった。
――って、これじゃあ仲良しみたいじゃないか!
いや、落ち着けおれ。隣の席のクラスメートが教科書を忘れたら見せてあげるのは当然のこと。なにも特別なことじゃない。
平常心平常心……と心の中で唱えながらおれはノート作りに努めた。
そうして授業が始まってから5分ほどが経過したが、意外にもギャル美はひと言も発してこない。
授業中にも関係なしに話しかけてくるタイプかと思っていたが、そうでもないのか。見かけによらず授業は真面目に受けるタイプなのかもしれない。
それなら好都合だ。気を紛らわされずに済む。そう思っていたら――
ぽすん、と。
右肩になにかが触れる感触があった。
なんだろう、と隣を向いたおれは、直後に凝固した。
嘘、だろ……?
ギャル美が、おれの肩に頭を乗せて寝ていた。
おいおいおいおい……まだ授業始まってから5分だぞ?
というか、結局寝るんなら教科書見せた意味がないじゃないか。
おれは警句代わりに「コホン」と咳払いをしたが、ギャル美は全く起きる素振りを見せない。
むしろ気持ちよさそうにすやすやと眠り続けている。
こいつ……。机の下で脚を蹴ってやろうか?
そう思ったが、あまりにも気持ちよさそうに眠っているのでさすがにはばかられた。おれも鬼ではない。
まぁこのくらいは見逃してやるか、と思った矢先だった。
右肩に、生暖かい湿り気を感じる……。
まさか……。
恐る恐る顔を向けると、だらしなく開いたギャル美の口から、よだれが大量にあふれ出ていた……。
「ごめんごめん。うちってバカだから、興味ない授業は爆睡しちゃうんだよねー」
ギャル美はほんの少し申し訳なさそうな笑顔で言った。
昼休みの教室。
おれとギャル美は、なぜか机を向かい合わせていた。
いまをさかのぼること3分前。
四時限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ってしばらくすると、ギャル美の友人グループらしい女子の一団が現れ、その中のひとりが「ギャル美ー、飯食おうぜー」と誘ってきた。
ようやくギャル美から離れられる、とおれがホッとした直後だった。
「ごめーんみんな。うち今日はオタクくんと食べるから」
……は?
ギャル美の発言におれが意表を突かれているうちに、女子の一団は「あー、リア友1000人計画だっけ?」「おぬしも好きよのぅ」「んじゃ、また今度ねー」などと口々に言いながら教室を出ていった。おそらく学食にでも行くのだろう。
一方、その場に残ったギャル美はまるで当たり前のことのように「ほら、机くっつけよ?」と言いながらすでに自身の机をおれの方に向けていた。
かくして、勢いに流されるような形でおれはギャル美と昼食を共にすることになったのだった。誠に不本意ながら。
「てかオタクくんってガチでオタクなん? アニメとかゲームとか好きなの?」
おれの気も知らないで、ギャル美は弁当箱を広げながら話しかけてくる。
「……まぁ、それなりに」
おれはなるべくそっけなく聞こえるように呟きながら自分の昼食を……取り出そうか迷った。
「へー。うちも漫画とか読むよ。ドラゴボとかスラダンとか、るろ剣とか」
いや古いな! まぁ全部名作だけど。
「パパが好きで集めてたのが家にたくさんあるんだよねー、昔の漫画」
「なるほど……」
「あと、なにげにニチアサも観てる!」
「えっ……?」
マジか。プリキュアとかライダーとか観てるのか。意外だ……。
「あはは、意外っしょ? こう見えてうちも結構オタクなんだよねー」
ギャル美はファンシーな花柄の弁当箱からプチトマトを箸でつまんで口に入れた。
片やおれは、ギャル美が話に気を取られているうちに自分の昼食をこっそり済ませるべく、スクールバッグから昼食の入った袋を取り出し、急いで中身を口に運ぼうとする。
しかしギャル美は、そうしたおれの行動を見逃さなかった。
「え、ガチ!? オタクくんのお昼、食パンだけなん!?」
「べ、別になんでもいいだろ。カロリーさえ摂れれば……」
言い訳じみて聞こえたかもしれないが、これは紛れもない本音だ。おれは6枚切りの食パン2枚の昼食で満足している。家が貧乏だから仕方なく、というわけでもない。本当に腹さえ満たせればどうでもいいと思っているのだ。
「えー。でも、食事は美味しい方が楽しくない?」
「……」
おれがギャル美の言葉を無視して食パンを口に運ぼうとすると、
「あ、ちょい待ち!」
と言われ、思わず動きが止まった。
唖然とするおれの目の前で、ギャル美が箸でつかんだなにかを差し出してくる。
「はい。うちの唐揚げあげる」
「え……?」
見れば、おれの食パンの上に唐揚げが鎮座していた。
「食べて。ガチでうまいから、ママの唐揚げ」
いやいやいや……。笑ってる場合じゃないだろ。
だってこれ、間接キ――
「どしたん? ひょっとして、間接キスとか気にしちゃってる系?」
……エスパーかよ。
「あはは、気にしないでいーって。うち三人きょうだいで、お兄と弟がいるから。男と間接キスなんてしょっちゅうしてるし」
そっちが気にしなくてもこっちは気にするんだよ……。
「い、いいって……」
「いーから食べて。食べてくれたらなんでもしてあげるから」
な、なんでも……?
ゴクリ、と喉が鳴った。
思わず視線がギャル美の顔より下へ向かう。
見事な巨乳である。
……って、おれはなにを考えているんだ。
「……なんでもするって言ったな?」
おれは念のために尋ねた。
「うん。エッチなこと以外なら」
ギャル美はなにも考えてなさそうに笑っている。
……バカめ。このおれの策略に引っかかったな。
「それじゃあ、今後はおれの隣で寝るのはやめてくれ」
「えーっ、ガチ!? ヤバー、ムリゲーじゃん!」
大仰に不服を訴えたかに見えたギャル美だが、
「ま、いっか。そのかわり、唐揚げちゃんと食べてよね?」
そう言うと期待の眼差しをこちらに注いできた。
「う……」
致し方ない。女子との間接キスは恥ずかしいが、幸い教室にはおれたちふたりに注目している生徒はいなさそうだ。それに、当のギャル美自身が気にしていないのならこちらも気にする必要はないだろう。
おれは食パンで唐揚げを挟み、目をつむってかぶりついた。
「ね、うまいっしょ?」
ギャル美はドヤ顔である。
「お、おう……」
たしかにうまかった。
さて。
五限目とは周知のごとく生徒の誰もが最も眠くなる時間帯である。
それも退屈な日本史の授業となれば、眠気を催さない生徒は皆無と言っても過言ではないだろう。
そんな誘惑に満ちた時間帯を、一限目から爆睡をかましていたギャル美はどう寝ずに耐え凌ぐのかと多少の興味を抱きながら観察していると、
「あはは、日本史つまんなすぎてウケるねー」
話しかけてきやがった……。
というか、つまんなすぎてウケるってどういうことだよ? つまんないのか楽しいのか、どっちかにしろよ。
……などと心の中ではツッコむものの、それを声に出せないのがおれの陰キャたる
要するにギャル美の発言を無視する形となったのだが、ヤツはめげずにおれの肩をつつきながら話しかけてきた。
「ねえ、オタクくん」
「……なんだよ?」
「ヒマだしさ、チキンレースしよ?」
「チキンレース?」
意味がわからず、思わず問い返す。
するとギャル美はルールの説明をはじめた。
「そ、チキンレース。座ったまま椅子を限界まで後ろに傾けて、より床に近づいた方が勝ち。どう、面白そうっしょ?」
……小学生かよ。
まぁ、おれたちふたりの席は教室の最後列に位置しているので、やってやれないこともないが……。
「……勝ったらどうなるんだ?」
一応そう訊いてみると、
「えっと……、あ、思いついた! 負けた方が勝った方に、いま一番気になってる異性の名前を言う!」
「はぁ!?」
そんなの拷問じゃねーか!
「そんじゃ始めるよー。よーい、ドンっ!」
そう言うとギャル美は座ったまま椅子を後ろに傾けはじめた。
「ちょっ、ま、待てって……!」
思わずおれもつられてしまい、ギャル美と同じ動きをしてしまった。
視界に映るギャル美。流れる金髪。白い歯。無邪気な目許の笑み。
それらがスローモーションで傾いていく。
なんだか不思議な感覚だな、と思ったそのとき。
ドンッ――!!
と鈍い音が響き、教室全体が大きく揺れるのを感じた。
ひょっとして、地震――!?
そう思ったのもつかの間。
おれとギャル美の座った椅子は後戻りできないほど後傾していて――
ガツン!!
と後頭部に衝撃を受けたのと同時に、視界全体が真っ暗になった。
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