第21話 虎の威を狩る狸

「フハハハハ!いつ来ても暇はしないな?今回は熱砂の嵐か!」


 ここはマーべラット国の辺境にある宿。

 マーべラットと言う国自体が結界の範囲内、つまりは半径1kmの円に収まっており、結界の境目こそが国境なのである。そこから外はこのように年中、もれなく天変地異ガチャが行われており、本日は熱風と強風の贅沢セットという訳だ。


 こんなクソみたいな環境に晒されながらも、我らが王様は大変ご機嫌な様子だ。


「こんなクソ暑いのにテンションまで暑苦しいのは勘弁してくださいよ、陛下」


「ん?暑いのは苦手だったか、アゾット?」


「そうじゃなくてですね...」


 この『アゾット』と呼ばれた気だるげそうなイケメンが、今回のギルバートの護衛らしい。もっとも、ギルバート自体が氷戈の護衛なので、氷戈にとっては護衛の護衛という何とも紛らわしい立ち位置の人間ではある。


 ここには氷戈とギルバート、アゾットの3人と『対フラミュー=デリッツ防衛作戦』のメンバーに選抜されたアビゲイラ、イサギを含めた他数名が居る。

 そんな彼らは今からマーべラット入国を試みるために、宿を後にしようとしていた。


「よし、お前ら。忘れもんは無いな?・・・ただでさえ遅れてるんだ。巻いていくぞ」


 本作戦のリーダーであるイサギが皆にそう問う。

 各々がOKの反応を見せると、イサギは先頭に立ち、黙って歩き始めた。


 話によると、ここからマーべラットまでは3時間ほどらしい。

 そしてフラミュー=デリッツが侵攻を宣言した時刻は明日の早朝であり、文字通りギリギリでの現地入りとなる。

 イサギの言う通りどこかの誰かさんギルバートのせいで大分遅れているのだが、リグレッド曰く「とりあえず前日までに着きゃええ」らしい。その意図は分からないが。


 一行は砂嵐の中を早足で出発したのだった。


 ________________________

 約1時間後...


 宿を出て10分ほどはギルバートのくだらない冗談に付き合わされていた氷戈や他の面々であるが、この環境下でそれを続けられる奴は居ないらしく、今は黙々と足だけを動かし続けている。


 とはいえ氷戈に於いては『この環境下』という言葉はそぐわない。何故なら氷戈は『暑い』と感じないし『強風』の影響も受けていないからである。どうやらここでもカーマ『絶対防御』が機能しているらしく、皆が過酷な環境に悪戦苦闘している中、氷戈だけ何とも無いという訳だ。


 だからこそなのか、氷戈だけが異変に気づいた。


「・・・え?皆...どこいくのさ?」


 イサギを先頭にし、約10人の集団で一直線に歩いていたはずの皆がいきなり別の方向へ散っていったのだ。

 これをおかしく思った氷戈の呼びかけにも一切、誰も反応しない。一気に緊張が走る。


 明らかに、おかしかった。


 -幻術の類か?それとも洗脳?・・・どのみち俺がだけが正常なのを考えるとカーマ源術アルマ絡みだな...クソっ、こんな時に!-


 氷戈は素早く思考を巡らせ、対応策を取る。


「よし。・・・『氷牢結誅ひょうろうけっちゅう』」


 両手を大きく広げながら静かに唱えると、バラバラに歩いて行った仲間全員の足元から即座に氷の牢が形成された。牢とあるが隙間一つ無く、氷のカプセルに人一人を閉じ込めた状態になる。

 この『氷牢結誅ひょうろうけっちゅう』は氷戈が2年間の修行を経て独自に編み出した技の内の一つで、この氷には『絶対防御』の能力が付与されている。この為、一度閉じ込められるとカーマやアルマ以外の方法で氷の檻を打ち砕く以外、脱出の術は無い。言い方を変えれば『十分な物理攻撃手段の無い者は捉えられた瞬間に凍え死ぬのが確定する』結構エグい術である。


 これを味方に発動したのは当然、殺すためでは無い。ここに幽閉させれば、疑われる外部からのカーマ及びアルマの影響を一時的に遮断出来るからである。


 氷戈は幻術か洗脳か分からない現象が解消されているかを確認するために一番近くの氷の牢へ近づいた。これにはイサギが入っている。

 すぐ側まで来ると氷をノックし


「イサギ先生、聞こえますか?イサギ先生!」

「・・・」


 返事はなかった。

 その様子を見るに、やはり洗脳の類であることは確実であろう。そしてリアルタイムで術をかけ続けている訳では無いということも確実だ。

 つまるところ、術者が洗脳対象をその場その場で行動させるものでは無く、『元から組み込んだ行動をするように仕向ける洗脳』の可能性が高い。応用が効かない分、一度発動してしまえば氷戈のカーマではどうしよも無い。


「くっ、都合悪すぎないか...?」


 -フラミュー=デリッツからの刺客の線も十分あり得るな...-


 氷戈は最悪の可能性も考慮しつつ、辺りを見回すと少し離れたところから声が聞こえた、気がした。

 熱や風は感じないが、熱砂の嵐によって生じる音や砂埃による視覚妨害の影響は受けるので確信には至らなかった。

 とはいえ、確認しない選択肢は無い。

 氷戈は気配を消し、恐る恐るその方角へ足を進めた。


 一歩、一歩と慎重に踏み出す。その度に緊張が増す。

 今この場で動けるのは自分一人であり、もしも戦闘になれば誰の援助も見込めない。更にイサギやアビゲイラ、ウィスタリアNo.2の実力を持つと聞くアゾットすら術中に嵌めるほどの実力者が相手である。

 これらの事実が、氷戈の緊張を煽る。


 一歩、一歩...。


 10歩程行くと、今度は鮮明に声が聞こえてきた。

 耳を傾ける。


「_い、見ろよこの紫髪の奴。随分お高そうな顔立ちじゃねぇか?」


「見たところ貴族だな!よし、コイツの荷物から調べよう!・・・ところでこの邪魔な氷は何だ?」


「は?お前がでやったんじゃねぇのかよ?」


「いいや違うぞ?そもそも俺が奴から貰ったのは『気配消失』『催眠粉塵』『爆破粉塵』の3つだからな。こんなこと出来やしないさ」


「あ?じゃあどうしろっつうんだよ!?」


「知るかすぐキレるなタマゴ野郎!・・・こうなったらこの『爆破粉塵』でも試してみるか...」


 このような会話を繰り広げていたのは、見るからに盗賊という雰囲気の2人組であった。

 一人は少し小柄で小汚い中年、タマゴ野郎と呼ばれた方はその通りまん丸とした巨大な体躯の男であり、よくゲームやアニメ、漫画の序盤に出てくる古悪党の見た目を想像してもらえれば話は早い。


「すっげぇ!マジでゲームのチュートリアルに出てくる悪党まんまじゃねぇか!?」


「ッ!?誰だ貴様!」


「あっ...」


 どうにも氷戈は、現実世界で触れたエンタメ作品のいわゆる『テンプレキャラ』を目の当たりにすると極度に興奮してしまうと言う特殊性癖があるようで。

 彼にその自覚があるのか定かではないが、とりあえず悪党には気づかれてしまった。


「ど、ども」


「・・・誰だと聞いている!」


「それはこっちのセリフだよ。いきなり俺の仲間を変なふうにして、どうしてくれるのさ」


「仲間?・・・なるほど。運良く粉塵を吸わなかったようだな...。ふふふ、だが残念だな!おまえさんの仲間は催眠状態にある上、俺がこの氷のケースで閉じ込めてしまったから助けは見込めない状態で2対1だ。死にたくなかったら金目のものを置いて消えな!」


「いやその氷は俺がやったんだよ見栄張るなよ悪党A」


「ッ!?貴様何故俺の名を?」


「?」


 所々よく分からないことを言う悪党Aだが、話している感じさほど強そうではない。ここもテンプレ通り、隣に居るタマゴ野郎こと悪党Bが戦闘要因か。

 すると丁度悪党Bが会話に参戦してきた。


「なぁエー。もう殺っちまおうぜ」


「ふむう、そうだなビー」


「・・・えっ、ちょっ!そういうこと!?」


 -コイツらの名前がそれぞれエーとビーってこと?ちゃんとした、正式な悪党Aと悪党Bってこと!?-


「・・・すっげぇええ...うおっと!」


 正式な悪党Aと悪党Bを目の当たりにし再度興奮状態になった氷戈を悪党Bの大きな拳が容赦無く襲う。

 氷戈はすんでの所で交わし、戦闘モードに切り替わる。というか正式な悪党Aと悪党Bとは何なのだろうか。


「いきなり攻撃してくるなんてチンピラかよ!・・・けどまあ遅いね」


「なっんだと!!ぶっ殺してやる!」


「おい!小学生向けのゲームだったらどうすんだ!そんな汚い言葉使うな!」


「何言ってやがる!死ねぇ!」


 そう言いビーは背中に担いだ大きな斧を手に持ち、氷戈に振り翳した。


 ガッキィィィィン!


 甲高い、金属音が鳴り響く。


「う...ウソだろ」


「へっ」


 巨斧は氷戈の目の前で止まっていた。

 正確に表すのなら、氷戈が右腕の前腕部を顔を守る盾のようにして突き出し斧と衝突、静止させたのだ。

 普通であれば前腕の骨は粉々に砕け、腕ごと真っ二つに両断されているだろうが氷戈は違った。


「な、何をしやがった!」


「何って...敵に手の内明かすバカがどこにいるのさ」


「テンメェ!」


 頭に血が上ったビーは諦めず、今度は斧を横振りする。

 同じく氷戈は腕を折り曲げ、斧の刃先を前腕部で迎え撃とうとした。


「フンっ!引っかかったな!」


「?」


 ビーは斧を氷戈に当てる前に大きく上へ飛び上がった。

 そして後ろには溜めに溜めたアルマを放とうとするエーの姿があった。


「俺らも伊達に盗賊やってネェんだよ!やっちまえ、エー!」


「ナイスだ、ビー!任せろ!『火の玉ファイアーボール』!」


「はあああ!?」


 氷戈はその巧みな連携に...ではなく技のネーミングセンスに盛大に驚いてしまった。


 -今日日こんな迫真の『ファイアーボール』が聞けるってウソだろオイ!ガチのモブテンプレじゃん最高かよ!-


 氷戈は満足そうな顔をして、必殺『ファイアーボール』に直撃した。

 流石に溜めただけあって、威力は中々のものであった。爆発が起きた後も周囲は燃え盛っていた。


「おぉい!やったなエー!?」


「お、おうよ。・・・当たる前に笑ってたのは気のせい...だよな?」


「なんだってんだよ...フラグの立て方まで完璧かよオイ!」


「「うぎゃああああ!?!?」」


 火の粉舞う中、氷戈は無傷且つ異常なテンションで姿を現す。側から見れば氷戈の方が悪者である。

 実際、彼の狂いぶりを見てエーとビーは冷や汗を垂らす。


「ば、化け物め!ええい、こうなったら最終手段だ。離れるぞビー」


「お、おうよ!」


 彼らはそう言うと2人揃って氷戈に背を向け全速力で走っていた。

 氷戈は喜びのあまり、彼らの行動に気づくのに若干遅れてしまった。


「・・・あ?オイ!どこ行くんだ、先生たちを元に戻しやがれ!」


「ヘン、うるさいやい!奴から貰った最後の瓶だがやむを得ん...。喰らえ『爆破粉塵』!!」


 エーは氷戈から数メートル離れたところからそう言うと、赤く輝く瓶を投げつけてみせた。

 瓶は見事に氷戈の足元に着地し、ひび割れる音がする。


 パリンッ!


 刹那、中からこれでもかと赤い光が、勢い良く溢れ出し...


「は?」


 氷戈の声はかき消され、悪党2人の姿も見えなくなった。


 熱砂の影響で声や視覚が阻害されない、ギリギリの距離で放たれたは文字通り、一瞬にして

 辺り、とはどのくらいか。例えるなら『国一つ滅ぼせる範囲と威力』と表せば想像に容易いだろう。


 その爆発の光は30秒ほど続き

 それに伴う轟音は1分ほど続き

 それが止んだ後も10分ほどは煙が辺りを漂い

 それが晴れると1里ほどのクレーターが姿を現し

 その中心に1人、呆然と佇まう少年が居た。

 その少年は、一言。


「...ぇ?」


 果たしてこれは一言と言えるのだろうか。そのくらい小さな声量であったのにも関わらず、辺りには十分に響き渡る。

 熱砂の嵐はどこへやら。快晴の下、無風の空間。

 爆発の威力は天候すらも歪ませてしまうほどであったらしい。


 ____________________________________

 -同刻。フラミュー=デリッツにて-


 薄暗い空間の中、数名が向かい合わせで黙座する。

 その数は九。中心には大きく純白な長机があり、ここが会議室であることを決定付けるほどの存在感である。


 ただただと重苦しい空気が流れる中、一筋の光が差し、消える。

 扉から入ってきたのは、青髪で長身の男であった。

 歩きながら、彼は一言


「・・・遅くなってしまった。申し訳ない」


「いえ、とんでもないです。我々は元首である貴方様の忠実なる配下。我らに謝罪など...」


「よい、フラデリカ。・・・貴殿らには苦労をかける」


「アルムガルド様...」


 そのやりとりが済むと、アルムガルトは長机の前方にある椅子に着いた。


「フラミュー=デリッツ最高位焔騎士団『十位之焔ツェルマン=デリッツ』の諸君、作戦開始直前に集まってくれたこと、感謝する」


 彼は目を瞑り、そう言う。


「諸君らも知っての通り、明日の早朝、資源国家マーべラットへ我が国の戦力の過半を送り込み、これを制圧、略奪する計画を実行する。・・・のだが、それにあたって幾つか変更点が生じたのでこの場をもって共有したい」


「んぇ?こんな直前に変更ですかぁ?どんな内容なのかぁ、気になりますねぇ?」


「うるさいぞアイシャ。それを今説明してくださるんだろうが」


「あん?プロイス、テメェNo.10ツェルマ如きがNo.6ゼクスのオレに指図してんじゃねぇぞコロすぞ」


『アイシャ』と呼ばれた女性は二重人格を極めたかのような豹変ぶりであるが、プロイスは動じない。


「フン、4から下は数字は関係ねぇだろバカが。威張ってんじゃねぇよ」


「アッンダト!?」


「君たち、やめたまえ。仮にも最高位騎士団に属しているという自覚はないのかい?」


「あぁんシエンちゃん...ごめんなさぁい...」「すんません...」


 第三者の『シエン』が仲裁に入り事なきを得たが、このままいっていればこの場は確実に火の海になっていただろう。


「仲裁に感謝する、シエン卿」


「いえ、当然のことをしたまでですよ。しかしアルムガルト様も偶にはガツンと言っても良いんですよ?貴方は優しすぎます」


「肝に銘じよう。・・・さて、無駄話はここまでにして本題に移る」


 あくまでもポーカーフェイスなのはいつも通り。だが声色は少し低くなり


「まず一つ目の変更点だ。・・・事前に共有していた作戦では『第五席以下の十位之焔ツェルマン=デリッツ計6名と精鋭焔騎士100の進軍』とあったがこれを『フラデリカ第二席とラヴァルド第四席、プロイス第十席、私の計4名による少数出征』へと変更となる」


「え?」

「・・・」

「へっ!」

「ほう」

「ふぇえ?」

「なんと!」

「へー」

「・・・」

「なっ!?」


 第二席から第十席の9名がそれぞれの反応を見せた。

 疑問を抱いた者は半数ほどであったが、これを代表してフラデリカが問う。


「・・・いくら一国の征伐といえど四天シュピツェルの内3名が戦地へ赴くのは異例です。増してはNo. 1エインスのアルムガルト様まで。・・・僭越ながら、その様な変更へと至った経緯をお教えいただけないでしょうか?」


「・・・我が国から、106名もの犠牲を出さない為だ」


「・・・はい?」


 今度はこの場にいる誰もが、驚き反応を示したのだった。












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