第10話 あの日『崖上』
「オエェェェーーーーー!」
「ふむ・・・」
周りに木々はあるものの『茈結』拠点周辺の背が高く緑の葉を付けているものとはどうも種類が違うらしく、茶色が一面を支配している。ゴツゴツとした岩も多く、空気は乾燥し熱っぽい。どうやらここは大きな崖の上らしく、少し前を見ると地面が見切れているのが確認できる。
さて、なぜ氷戈が大きくえずいているのかと言うと約1時間の間、等身大の布袋に詰められ猛スピードで引きずられていたからである。とても人間に、いや生命にしてよい所行では無かった。
「オレの
「オロオロオロロロ」
「・・・」
『サイキョウ』は「見せられないよ!」状態の氷戈をガン無視して、崖前まで歩いていくと耽るような声で言った。
「ふははは!強い人間の集まる国、フラミュー=デリッツよ久しいな!今回表立って戦り合えんのは残念だが、騒ぎを起こせば機会があるやもしれないなハハハ!」
酔い途中の氷戈は拙い足取りで、物騒なことを言う『サイキョウ』の横に並ぶ。
すると眼下に広がっていたのは真っ白な家が無数に立ち並んだ円状集落であった。規模はそれなりだが、特に城といったような建物は見当たらなかった。特に目を引いたのはその集落をドーナツ状に取り囲んだ川と集落中心にある大きな湖のような場所だった。乾燥しきったこの辺りにはとても似つかわない、水の都といった雰囲気である。
「・・・ここに燈和が居るのか。よし、いkオロオロオロ」
「トウカ。今回オマエが探しているヤツの名前だったか?強いのかどうかわからんから覚えにくいな」
またも氷戈のゲ○を完全スルーし、訳の分からない独り言を呟く。崖上から集落を見回す仕草をとると、今度は愚痴をこぼす。
「うーむ、あのガランドウが大人しくトウヤの顔写真さえオレによこせば一人でさっさと探しに行けたものを...」
『ガランドウ』というのはおそらくリグレッドのことだろう。突然登場したトウヤ君は誰だか存じ上げないが、流れ的には燈和のことだろうと勝手に解釈した。
「顔写真なら今見せれるよ。えっとね・・・」
そう言い、氷戈は自分のポケットからスマホを取り出そうとした。しかし『サイキョウ』はそれを止めるように言った。
「いや、見せんでいいぞ。ヤツが見せんかったのには必ず意味がある。それに『氷戈にミウカを見つけさせることが今回の任務の絶対条件』とも言われているのでな。おそらく何か考えがあるのだろう」
-名前間違えてるのわざとじゃないよな?-
などと思いながらも、リグレッドが言ったらしい『自分に燈和を見つけさせることが絶対条件』という言葉の意味について考えた。
確かにリグレッドは喋り方や見た目は胡散臭いが、意味のないことをむやみに言う男ではない。それに1人でも燈和を見つけにいく気概はあったので、この条件はむしろ好都合なところではある。
氷戈は深く詮索はせず、電池切れ寸前なスマホを取り出すのを辞めた。そして今後の方針について聞いた。
「それでさ、どうやって探すの?やっぱ街に入って聞き込みとか?」
「うん?そうか、そうだったな。どうしようか」
「え、それについてはなにも聞いてないの?」
「聞いてないな。しかし入国証が無いと正面からは入れんと聞いたな」
「・・・その言い方だと入国証、無いよね?」
「うむ」
「・・・」
途方にくれる氷戈を見た『サイキョウ』はニヤつきながら言う。
「あくまで入国証は正面から入るための紙切れだろう。裏から入るために頭と足を使えばいいだけだ、違うか?」
「いや頭は使ってないでしょ考えること放棄してるじゃん」
「ん?では諦めるか?」
「・・・あー、もう分かったよ。でも
「当然あるとも。戦り合って勝つ。軍事国家の連中は血の気盛んだろうからな、楽しみだ」
聞いた自分がバカだった。
そう思った、瞬間だった。
炎の斬撃が彼の真横をかすめたのは。
ブォン!
「な⁉︎」「ほお?」
炎を纏った大剣が自分の横にいた『サイキョウ』目がけて勢いよく振り下ろされたが、それを大きなバック宙で華麗にかわしてみせた。
崖を背にする氷戈、その真隣に炎の斬撃を放った人物、そこから少し離れたところに『サイキョウ』は着地した。
「暗殺にしては殺気がダダ漏れだな?・・・ん?さては暗殺じゃなく決闘の申し出か?我慢が苦手な口なら安心してくれ、オレも同じだ」
「・・・なにを、訳の分からないことを」
それに関しては全くの同感だが、頷いている暇はない。とにかく襲撃者と距離を取らねば。
そう思い、バックステップを踏もうとしたのも束の間。先に喉元に剣先を当てられてしまう。
襲撃者は女性であり、赤く長い髪とその顔立ちは勇ましさと華麗さを併せ持つ。それは華奢な身体と細い腕にもかかわらず、大きな剣を片手で軽々支える様からもうかがえた。
「動くな。動けば殺す。・・・貴様もだ」
彼女は自分と『サイキョウ』にそう告げると、再度静かに口を開いた。
「まず聞こう。貴様らは何者だ」
「ま、待ってくれ!俺たちがなにをしたっていうのさ!」
「とぼけるな。先まで不正入国を企んでいたくせに」
-不正入国?ということはコイツは
「確かに不正入国をしようとはしたけど、何か騒ぎを起こすつもりは無いんだ。俺たちはただ人を探しにきただけで-」
「黙れ。『騒ぎを起こせば機会がある』だの『戦り合って勝つ』だの
-いや全部『
と、そんな泣き言を口に出しても仕方ないので苦し紛れに弁明を図る。
「そ、それについては冗談だし悪いとも思ってる。だけどどうしても探さなきゃいけない人が居るんだ!アンタらに何か危害を加えるつもりは一切ないよ!」
「・・・と言っているが、貴様はどうなんだ?」
彼女は『サイキョウ』にも問いただした。
「うーむ、そうだな。人を探さねばならんというのは本当だが、騒ぎを起こして戦り合いたいというのも本当だし戦り合って勝つというのも本当だ。オレは嘘はつかんのでなハッハッハッ!」
「そうか・・・ではさらばだ」
-え?馬鹿じゃん?-
そう思う暇もなく、彼女は俺の首に炎溢れる剣先を突き立て殺めようとした。
無論、そうはならなかった。
「おっと、そいつは困るな?コイツにはこれからもっと強くなってもらわんといけないのでな」
「な・・・んだと?」
いつの間にか氷戈と赤髪の女性の間合いに居た『サイキョウ』が素手でその突きを止めたのである。勢いの良い大剣の突きを片手で軽々止めることにも驚きだが、炎の滾る剣先を素手で触れ続けてスンとした表情でいるのはどういう訳か。
『サイキョウ』は大剣を掴んだまま、剣先を力尽くで上に向けさせた。これに動じて赤髪の女性は剣の拘束を振り解いて距離をとった。
「・・・貴様、先の奇襲を交わした時といい一体何者だ?どこの所属だ?」
「フハハ!いいだろう、教えといてやる。オレの名は『サイキョウ』の『サイジョウ』だ。所属は....そうだな?....『ツヨイヤツ』だ」
「・・・ん?」「ッ!?」
-なにを、言っているのだろう?-
氷戈は訳の分からないことを聞かされ
-こいつの名前って『サイキョウ』じゃなくて『サイジョウ』なの?所属は
2人のこの反応に気づくはずもなく、サイジョウは問うた。
「さて、オレが名乗ったのだからオマエも名乗るんだな。自身の強さも含めて」
「・・・あ、ああ」
赤髪の女性は「こいつの話が一切分からないのは自分の無知のせいなのだろう」というような、一種の申し訳なさを思わせる顔と口調で応答した。
数秒前、自分を殺そうとした相手に哀れみの目を向けることになろうとは。
「私の名は『フレイラルダ=レベッカ』。フラミュー=デリッツの焔騎士であり、
「・・・ドライス?なんだそれは?」
「フラミュー=デリッツ所属の焔騎士は自身の強さを示す称号が与えられる。ドライスは中でも3番目に強い焔騎士に与えられる称号だ」
「なんだとっ!?」
それを聞いたサイジョウは目を輝かせて、あからさまにテンションを上げてみせた。そして前のめりに
「ということはつまり、オマエは強いのだな?」
「こ、この国ではそれなりに強いつもりだ」
「これはなかなか...オレは運が良いらしい!よぉし、構えろ!」
「私が身分を明かした途端にそれか。貴様、やはり敵国の差し金だな」
なんの前ぶれもなく臨戦体制となったサイジョウに警戒を強めるレベッカ。なにやらとんでもない誤解を招いているようだが、ここに氷戈の出る幕は無かった。
「では、行くぞぉ‼︎」
「・・・来い」
喜びに狂ったような顔でサイジョウが突撃しようとした刹那-
「姉さん、何をしているのですか・・・?」
「ッ⁉︎なぜここへ来た⁉︎・・・」
この第三者の登場により、戦いの火蓋が切られることはなかった。
レベッカを「姉さん」と呼んだこの女の子もまた、赤い髪と凛とした表情を併せ持っていた。
その彼女の名前は-
「燈和ッ⁉︎」
「フラデリカ!」
氷戈とレベッカは、彼女をそう呼んだ。
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