ダンジョンを軽トラで走りまわったお嬢さま、伝説になる

藤原くう

第1話 そうして伝説となった、ですわ…

 はじまりは、ショート動画だった。


 撮影者はダンジョンシーカー。ダンジョンを探索する者といえば聞こえはいいが、無茶なことをすることが売りの実況者である。


 男は、自撮り棒片手に、ダンジョンへ。カメラはすでに回っている。もう片方の手には、棍棒みたいなライト。日本なら軽犯罪法に引っかかりそうなそいつで、壁をコンコン叩きながら歩いていた。


「ダンジョンっても、大したことねえなあ」


 早口の英語は、暗闇の中へと吸いこまれていく。男はNY生まれNY育ち、怖いことには多少なりとも慣れていた。ケンカだって得意だし、拳銃くらいなら見慣れたものだ。


 ――怖いものなんかねえ。


 少なくとも、そのつもりだった。


 数分後、男はダンジョンに入ったことを後悔していた。


「な、なんなんだ、あのモンスター!?」


 画角なんて気にする余裕はなかったし、動画を撮っていることなんて忘れ、ただ、男は逃げていた。

 

 その背後から、モンスターが追いかけてきていた。

 それは、ヒト型をしたなにかであった。ドロドロとしたものを垂れ流しながらせまってくる姿は、ゾンビのよう。しかも数が多い。


 男は、ただひたすらに逃げつづけていた。ライトでぶん殴っても効果があるように見えなかったのだ。


 しかし、しつこい。男が疲れるのを待っているかのように、そのモンスターはどこまでも追いかけてくる。


 と、男は石ころに躓いて倒れてしまった。毒づき、からだを起こそうとして、モンスターが足元に立っていることに気がついた。


 見下ろしてくる空虚な瞳に、男の股間がじわっと濡れて――。


 突然現れた軽トラが、モンスターらをひいていった。


「ファッ――」


 汚い言葉をかき消すように、ボウリングのピンのように飛んだモンスターが壁に激突し、べしゃりと液体をまき散らす。


 キキィーっと、黒板をひっかいたような音が鳴る。灰色の煙がもくもくと上がり、タイヤの焦げる、イヤなにおいが漂った。


「な、なにが……」


 男は、おそるおそる音がした方を見る。


 そこには白い車があった。男が一度もNYでもLAでも目にしたことがないコンパクトな車。ピックアップトラックに似ていたが、それにしては小さいし、クールじゃない。


 だが、なによりも。


「あーもう! わたくしの邪魔しないでくれます!?」


 聞こえてきたのは意外な言葉だ。早口だったから男には何を言っているのかわからなかったが、少女の声、しかも英語ではない。


 同時に車がギュルギュル動く。モンスターを乗り越えるたび、ぐちゃぐちゃという水音がした。


 男は、白い車の右側に、誰かが乗っているのに気がついた。チラリと見えたロングの髪、若い女だろうか。


 彼女は、男に気がつくと、慌てたようにハンドルを握りしめ。


「やっば、人がいるじゃない……! 逃げるのですわ!」


 言うなり、タイヤをスピンさせ、車をバック。きれいなターンをして、去っていった。




 『アメイジング・ミニ・トラック』

 そんな名前とともに、動画配信サイトに投稿されたこの動画は、全世界で1000万回再生されることとなった。




 さてここに、一人の少女がいる。


 名は甘露寺スミレ。甘露寺家の子女として、蝶よ花よと育てられた彼女は、今どきの子らしく、スマホ片手に動画を見ていた。


 いつもなら、くだらない動画を見て笑っている顔も、今夜ばかりは、ひどく青ざめていた。


「ヤッベぇですわ」


 リンゴ印のスマホでは、くりかえしくりかえし、同じ動画が再生されている。


 純白の軽トラがやってきては、ヒト型のモンスターをひき殺されていく動画。勢いがあるので、顔は見えなかったが、軽トラであることと、ドライバーが日本語を発していることは、日本人なら誰でもわかる。


「絶対、ヤバい……!」


 コメント欄では、ドライバーについて、大論争が繰りひろげられている。ムキムキマッチョのお姉さん、あるいは農家のおばあちゃんで、声はお孫さんが発した……などなど。


 だが、実際はどれでもない。


「じいやにバレましたら、免許が取れなくなっちゃいますの!?」


 現在、高校三年生。進路よりも、運転免許証にあこがれているスミレこそ、あの軽トラのドライバーなのだった。

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