彼女に出会えたことの意味 ②

 出張という名の神戸旅行二日目。朝食はルームサービスを二人分取って絢乃さんのお部屋で二人で頂き(支払いも彼女のルームナンバーにつけてもらった)、午前中から二人で神戸観光に繰り出した。


 前日に満喫した水族館のあるミュージアムから少し足を延ばし、四月にリニューアルオープンしたばかりのポートタワーの展望デッキへ上がっていった。その日は天気にも恵まれ、そこからは明石あかし海峡大橋やその先に続く淡路島――川元支社長の出身地だ――、さらには四国のあたりまで一望できて、二人して「わぁ、スゴいねー!」「すごいですねー」と歓声を上げていた。

 タワーの中にはショップやアトラクションも色々あって、僕たちみたいな大人もお子さんも楽しめるようになっている。

 展望フロアーの三階には三百六十度回転するカフェがあり、僕たちは展望デッキから見た景色を眺めながら大好きなコーヒーを楽しんだ。


「――さて、この後はどうします?」


 神戸という街にはまったく土地勘がないので、コンビニで買ったガイドブックを広げながら絢乃さんに次の予定を訊ねると、ポートアイランドにある〝どうぶつ王国〟に行きたいとリクエストがあった。三宮まで戻れば新交通システム一本で行けるらしい。ここでしか見られない、珍しい動物もたくさん飼育されているようだ。


「じゃあ、そこに行きましょう」


 ガイドブックをよく見ると、同じ人工島にはコーヒー博物館もあるらしい。僕のリクエストでそこにも行って、博物館の近くで昼食を済ませてから東京に帰ろうということになった。



 絢乃さんは動物がお好きなようで、神戸どうぶつ王国では可愛い動物たちにほっこりと癒され、動かない鳥ハシビロコウが動いた瞬間には大喜びされていた。

 コーヒー博物館はかつて神戸で海洋博覧会が行われた時の、パビリオンだった建物を利用したコーヒーのミュージアムだそうだ。コーヒー好きとしては、一度は訪れてみたい場所だった。

 僕もかつてはバリスタを目指していた身だが、その夢を諦めてしまった理由を絢乃さんに話したことはなかったので、この機会に打ち明けようと思った。

 僕がバリスタになりたいと思っていたのは高校時代のことだが、その頃すでに自分で飲食店をオープンさせるべく働いていた兄が、「兄弟で一緒に店をやろう!」としつこく言っていたのでウザくなり、僕は自分の夢を諦めるに至ったのだ。

 実に下らない理由だったので絢乃さんに呆れられるかと思ったが、彼女は「なぁんだ、そんなことかー」とバカウケして下さった。



   * * * *



 ――新幹線で品川駅に着いたのは夕方五時ごろで、僕と絢乃さんは駅前で解散となった。


「絢乃さん、どうやって帰られるんですか?」


 僕が訊ねると、寺田さんにお迎えを頼んだとの答え。そういえば、新幹線の車内で誰かにメッセージを送っていたような気がするが、あれはお母さまにだったのだろう。それとも寺田さんに直接送信していたか。


「僕も、実家には連絡しておいたので。誰か迎えに来ると思います。もしくはタクシーでも拾うか」


 平日だったので、父はムリだろう。母も一応運転免許は持っているし、兄はこの日休みだと言っていたので、どちらかが迎えに来てくれるだろうと僕は思っていた。


「――じゃあ、出張お疲れさま。今日はゆっくり休んでね。また明日」


「はい、お疲れさまでした。また明日」


 寺田さんが黒塗りのセダンで迎えに来られ、絢乃さんと別れて数分後。僕の目の前に見慣れない白の軽自動車が停まり、クラクションを鳴らされた。そして、運転席の窓から顔を出したのは……。


「出張お疲れさん、貢! 迎えに来てやったぜ」


「兄貴! どうしたんだよ、このクルマ」


「バカやろう。オレにだって中古車買うくらいの貯金はあるっつうの。店の開店資金とは別にな。――いいから乗れよ。あ、スーツケースは後ろの席に乗せときな」


「うん……、サンキュ」


 僕は荷物を後部座席に放り込み、助手席に乗り込んだ。


「――どうだった、絢乃ちゃんとの婚前旅行は?」


「な……んっ!? さっきは出張って言ってたじゃんか!」


「まあまあ、言い方なんかどうでもいいだろ。……んで、どうだったんだよ? 昨夜、絢乃ちゃんとやったのか?」


 兄のド直球すぎる質問に、兄の性格を知り尽くしていた僕もさすがにたじろいだ。


「……………………やってねぇよ。俺の部屋で、一緒にアイス食べて話しただけ」


「かぁーーっ! お前、そこは強引に押すところだろ! とんだチキン野郎だなお前は」


「やかましいわ!」


 さんざん好き勝手言ってくれた兄に僕は吠えた。


「でも、絢乃さんも俺とそうなりたい気持ちはあるって。ただ、もう少しだけ待ってほしいって言われた」


「へぇ……。絢乃ちゃん、意外と考えてることオトナだな。まぁ、お前ら二人が今はそれでいいってんなら焦る必要もねえよな。でも、案外近いうちにそうなるんじゃねえの?」


「うん……、そうだといいけど。俺にもガマンの限度ってものがあるし」


 この一泊二日で、僕は彼女の色香に完全にやられてしまったのだ。あとどれくらい自分の理性が働いてくれるのか、ちょっと心配だった。


 たとえば、僕の部屋で二人横並びになってカップアイスを食べていた時。ベッドに腰掛け、わりと密着していたあのシチュエーション。彼女の髪から香ってくるシャンプーの匂いや、手を伸ばして触れたくなるような、ツルツルスベスベの白い肌。時々見せてくれるアンニュイな表情……。それだけで、僕の理性はあっという間に吹っ飛びそうになった。

 そして、首元には僕がお誕生日に贈ったあのネックレス。――彼女は本当に、あれから肌身離さず身に着けて下さっているそうだ。もちろん、制服姿の時にも。それだけでも十分、彼女の僕への愛を感じられた。


 それでもって、彼女にも僕との体の繋がりを求める気持ちがあったという告白だ。十八歳といえばもう法律上は立派な大人の女性で(飲酒や喫煙の話はまた別の問題だが)、お互いの意思が一致しているならあの場で関係を持っていても問題はなかったはずである。そこは〝出張〟という名目と、彼女がまだ高校生だったということを気にしすぎていた僕がカタブツすぎたせいだろう。

 彼女もあの後、ご自身の部屋で僕への熱をどう処理していいか分からずに悶々としていらっしゃったのだろうか? もしかしたらベッドの中で、一人で……? あの細い指で、あんなところやこんなところをいじってはつやっぽい声を発していたり……するのか?

 あの絢乃さんが、人知れず一人で乱れている光景か……。何だか想像がつかない。


「……お前さ、今とんでもねぇ想像してなかったか? なんか顔赤いぞ?」


 兄の存在をしばし忘れ、一人でムフフ♡ なアレやコレやを想像していたら、兄にバッチリ見抜かれていた。 ただしこれは、明らかに僕にTL小説を勧めていた小川先輩のせいである。

 実はあの後しばらくしてから、別の書店で思いっきり濃密なTL小説を数冊購入して、すっかりハマってしまったのだ。そのヒロインたちはしばしば、自分の熱――欲望を自分の手でかき乱していた。だから絢乃さんも……とついつい妄想を膨らませてしまったのだ。


「…………別に、何でもない」


「いや、オレは別に呆れてるとかそんなんじゃねぇのよ。やっぱお前もオトコだったんだなーって」


「そうだよ」


 絢乃さんと交わりたい、それが僕の本能に基づいた願望だった。彼女は僕の愛すべきボスで、女王さまだ。だから――、本当は、早く彼女の欲望を満たしてあげたかった。

 でも彼女には僕が初めての相手だから、そうなった時には僕の方がちゃんとリードして差し上げなくては。

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