不落の隊長

時塚 有希

不落の隊長

『no myth』

 それは、この世界に存在する探検家たちの憧れ。世界最高峰の探検隊。彼らの成し遂げた偉業は探検のみにとどまらず、訪れた地域の民へのボランティア、はびこる魔物の掃討、挙句の果てには国家間同士の戦争まで終わらせるなど、枚挙に暇がない。

 そんな探検隊が慕われる理由は、その華麗なる功績のほかにもう一つある。

 それは、死傷、負傷による脱退がないこと。

 探検にあたり、死を覚悟するのがこの世界では当たり前。しかし、この探検隊はそう言った事例による脱退は一つも聞いていないという。抜けた理由も、「家族が増えたから」や、「年を取ったから、隠居生活を送りたい」など、個々人の理由によるものだ。ほかの隊では、欠員がそのまま隊の崩壊につながるため、決して許されない行為である。

 このような功績、そして圧倒的好待遇の探検隊に入隊を希望する者が殺到するのは世の常である。

 そして、この男も。

「うす! よろしくおねがいします!」

 筋骨隆々に鍛え上げられた体が眩しい、色黒の巨漢が、きっちり直角に礼をする。

 机を挟んで向こう側には、椅子に座り、静かに男を見る礼服を着た線の細い娘がいた。

「どうぞ、お座りください」

「失礼しますっ!」

 大きな声と裏腹に、静かに椅子を引き音もなく座る彼に、彼女は一瞥もくれず質問を放った。


「縺ゅ↑縺溘?繝?繝ウ繧ク繝ァ繝ウ縺ォ蟇セ縺吶k諢剰ヲ九r縺願◇縺九○縺上□縺輔>」


「……え、あ、はい?」

謎の言語を放つ彼女に戸惑いを隠せないのだ、狼狽する彼。

 その様子を見て、女性は「結構です」と言い放った。

「申し訳ありませんが、第一にこの言語種が理解不能のようですので、今回はお引き取りください」

「あ……はぁ!?」

 額に血管が浮かび上がる彼に対し、あくまで淡々と彼女は続ける。

「この言語は、全7段階に分けられるダンジョンのうち、上位2階層に主として使われる古代文字の一種です。これを解読し、同様の言語で回答することが今回の試験のすべてです。加えて、では、我々の沽券を傷つけることにも繋がりかねません。今回はどうぞ、穏便にお引き取りを」

 素っと頭を下げ、体質を促す。その瞬間に。

「っのアマアアアアアアアアアアアア!」

屋根裏、窓、待合室の扉といったところから、彼の仲間であろう男たちが乱入してきた。各々手にはメイスや牛刀などを持っている。

 下げている頭に、面接を受けていた男の拳が叩き込まれ、その勢いで机を割り、床にたたきつけられる。

「このっ! くそがぁ! だがっ! てめえが! いなくなりゃ! その穴が! 俺になるだろ!」

 ゲスの考えを言い放ちつつ、何度も何度も頭を殴りつける。すでに水っぽい音が響くが、それで彼女を殺しきれるとは思っていない。

「おい! お前らは体を潰せ!」

 彼の声に、取り巻きたちは手にした武器で娘をたたき始めた。 何度も何度もたたき、原形がなくなったあたりで、ようやくその手を止める。

「はぁ、はぁ、はは、これで俺が、『no myth』に


「蛯キ逞�渚霆「縲蜻ェ隧幄ソ斐@」


「ふぅ――あーあー、せっかくの礼服に血がついちゃうじゃない」

 血にまみれた部屋の中で、さっきまで面接官をしていた彼女が、素の表情で足元を気にしていた。

 さっきまで彼女をミンチにしていた男たちの服のみが、血みどろになった床に落ちているだけである。

「この感じだと、おおよそ、他の冒険者たちの手柄を横取りして、自分たちのものにしてた感じかしら。あきれた」

 額を抑え、嘆息する彼女はこの部屋の修繕費用に頭を抱えながら、ドアを開けた。その瞬間、彼女の所属する探検隊、『no myth』の司令室に通じるドアと直結する。

「あ、エミちゃん! そっちのスカウト――はうまくいかなかったみたいだね」

「たいちょ、あんた知ってて私に行かせたでしょ!」

 彼女――デュエム・ラ・ベルは整った顔を怒りの感情にゆがめ、憤慨する。

「えー、だって仮にぼくが出張っても戦力差があるじゃん。ほら、ぼくエミちゃんより弱いから、ぼくがでしゃばるなんてそんなそんな」

「そうでしょうね! そして私だったからよかったねっていう流れまで予見してるんでしょこの自慢屋!」

「そんなとんでもない。これはただの謙遜だよ、ほんとだよ?」

「そう思ってるんならそんなにやけた面しないわよ!」

 ニマニマと笑う彼――『no myth』の隊長、クロム・サー・ダンタリアンは大業に手を振りながら首を横に振る。

「にやけるだなんて! ただ我ながら計画が最高にうまくいってエミちゃんさすがだなーって思ってるだけだよー」

「ぜっっっっったいその裏で『僕天才!』って思ってるでしょ!」

「いや、そこの二人さん。そろそろ夫婦漫才やめてもらっても?」

「「誰が夫婦だよ《ですって》!」」

「そういうところですよ、まったく。自覚ないんだから」

 首の後ろをかきながら、デュエムの入ってきたドアから入ってきた人物――『no myth』所属の探検家、アインス・クラムボムは、うんざりした顔で二人を見ながら司令室に入ってきた。

「クラン! あんたの方こそスカウトはどうだったのよ!」

「ふっふっふ、エミー、聞いて驚かないでよ? 僕の方はかなり有望な子を見つけてきたよ!」


 ――少し時をさかのぼり、1時間ほど前。

「――では、よろしくお願いしますね」

「は、はい。よろしくです、、、」

 風が吹けば飛んでいきそうなほど線の細い、少年ともいうべき見た目の男が、アインスの前の椅子に座る。

 どことなく落ち着かない様子で、目が軽く隠れるほどに伸びた前髪をいじる彼の様子を見ながら、アインスはデュエムと同様に「縺ゅ↑縺溘?繝?繝ウ繧ク繝ァ繝ウ縺ォ蟇セ縺吶k諢剰ヲ九r縺願◇縺九○縺上□縺輔>」と尋ねた。ちなみに意味は「あなたのダンジョンに対する意見を聞かせてください」である。

 一瞬、きょとんとした顔を見せる彼に、アインスは内心(あ、この子ダメかもね)と思った、その時である。

「繝繝ウ繧ク繝ァ繝ウ縺ッ縲∫・樔サ」縺ョ譎ゆサ」縺ォ菴懊i繧後◆縲∽ク遞ョ縺ョ繧ェ繝シ繝代�繝�↓縺励※繝ュ繧ケ繝医ユ繧ッ繝弱Ο繧ク繝シ縺ョ荳遞ョ縺�縺ィ諤昴>縺セ縺�」

「っ!」

 その回答に、アインスは感情を揺さぶられた。

 この世界のダンジョンは、単に自然にできた洞窟や地下坑だけを指すのではなく、未知の物質や技術によって作られた『ダンジョン』というものもある。それらは踏破難易度によって7段階に分けられるのは、先ほどデュエムが述べたとおりだ。

 その『ダンジョン』の真実は、現在『no myth』のみが踏破した最高難度『黎明』の最深部に記されている。

 真実を知っているアインスの目からすれば――彼の答えは、まさに『ダンジョン』の核心に限りなく近い意見である。

(そのうえ、少しの淀みを挟んだ上でだけど、すらすらとあの言葉を解読して、そのまま返答できるなんて。これは……相当の大当たりかもね)

「あ、あの……?」

「あ、ごめんなさいね。君の回答が画期的だったから、衝撃を受けちゃって」


 「――それでね、依頼機関に功績とか一通り聞いてきたんだけど、受けた任務はすべて単独で挑んで、大半は自力踏破。少しだけ合同チーム組んだみたいだけど、そのチームからの評価も最高評価ばかりだったよ。ごめんねエミー、特大大当たり引いちゃって」

「ふん! どうせここに来たらこき使ってやるわ! 最強ランクの冒険隊の厳しさを思い知らせてやるわ!」

「やる気満々みたいだけど、育成は二人に任せるよ。なにせ、僕は冒険家の格付けで最底辺ランクの『百八』だからねえ。最高ランクの『無我』の境地に至ってる二人には到底かなわないよ」

「「それを指揮してやってるって自慢が裏から聞こえるわよ!ねぇ」」

 ――そう、『no myth』には、唯一、秘匿にしていることがある。

 少数精鋭で成り立つ彼らは、構成員が全員、冒険家ランク『無我』に到達していることが最低条件なのだが……。

 肝心の隊の司令官が――最低ランク『百八煩悩』、通称『百八』と言われるクラス、早い話が、俗にいう落ちこぼれなのだ。



「おっ、今日から『no myth』所属になるお偉いさんじゃねえか!」

「え、えらいだなんて……名誉なことではあるけど」

「おいおい! 相変わらず謙遜だな! そんな謙遜ばっかしてたら逆に不興を買うぞ?」

 背中をバシバシと、冒険隊への依頼を仲介する紹介所の所長にたたかれているのは、昨日、アインスとの面談の末、晴れて『no myth』に所属することが決まった青年――ホルン・ネイク。

 昨日、目元が隠れるほどに伸びていた前髪を、せっかくの機会だからとカットした日いものの、俗にいうぱっつんになってしまったのは本人は内緒にしてるつもりである。

「さて、そんで今日、迎えに来るって話なんだよな?」

「は、はい。今日の11時ごろに出向くときいt「こんにちはー」

「「うわぁ!?」」

急に背後から音もなく、アインス・クラムボムが声をかけた。

「な、なんだよあんた急に!」

「所長さん! この人だよ! 昨日僕の面接をしてくれた人!」

 その言葉に、ホルンを凝視した所長。アインスは彼に気にかけず、ホルンに手を差し出す。

「さあ、つかまって。ひとっとびで僕らの拠点につくからさ」

「な、なあちょっと待ってくれ!」

 そそくさと連れて行こうとするアインスに、所長が声をかける。

「ん? どしたの」

「もしあんたが本当に『no myth』のメンバーなら、ぜひサインを書いてくれないか! この村の冒険者のいいモチベーションになるはずだからよ!」

「ふーん? でもそれなら」

 そういうと、アインスはホルンを指さした。

「ここに、今日から僕たちの仲間になる子がいるから、その子に頼んだらいいじゃん」

「――え? ぼくですか!?」

 ホルンはこの提案に目を丸くした。所長は少し眉をひそめた。

「なんだってこいつに……たしかにホルンは、あんたらがスカウトするくらいによくできた冒険者だが、逆に俺らからしたら、こんなちっこいころから知ってるやつだぜ?」

「そうですよ。だから僕なんかが書くよりは、所属してることが知られているアインスさんが書かれた方が――」

「はーっ、あんたたち、ほんと馬鹿じゃないの?」

 紹介所の扉が勢いよく開かれ、そこからはデュエムが出てきた。

「――あ? だれだ、あんた」

「ちょっとエミ―? なんで君が来たの?」

「あんたが遅いからに決まってるでしょ! あんたが遅いから司令はもう寝てるわよ⁉」

「エミー……もしかして、鉄のしょ「おいそこのひげ、次その名前で私を読んだら血の池にするわよ」

「あ、はい」

 冷や汗を流しながらも、その隠しきれない殺気に、所長はやられていた。

「で? なんで遅くなったわけ?」

「いやー、君曰くのひげさんと、この入隊する子――ホルン君に、『no myth』のサインが欲しいって言われてね。それならホルン君が書けばいいじゃんってなったんだけど、二人が納得しなくてサ」

「そ、そうですよ。みんな、見知ってる僕なんかより、広く知られているお二人の方が何倍も」

「だからぁ、あんたバカ?」

 自分の言い分をざっくりと切って捨てられ、唖然とするホルンに、デュエムは続ける。

「そうやってこの村の探検家たちを活気づけたいのなら、この村から私たちの仲間になったあなたこそ書くべきじゃないの? この村に私たちが訪れたことじゃなくて、この村から、私たちに匹敵する実力者が生まれたことこそを誇るべきなんじゃないの? そんな目先のことだけに囚われてどうするの? あんただって探検家なんじゃないの?」

「そっ……それは――」

 そう言うとうつむき、何か、答えようと口をもごもごするホルンだが、その口がなかなか開かない。

「――はーーーー。まあいいわ」

 後頭部をかきながら、デュエムは「ほら、さっさと行きましょ」とアインスの手を握る。

「――ホルン君」

 びくり、と跳ね上がった肩を見て、アインスは優しく語る。

「君に何があったのか。どうして君が探検家になったのかは、何か深い理由がありそうだけど、今は聞かない。君にサインを書くよう強制するのも、僕はしないよ。けどね。今、僕たちは仲間なんだ」

 そっと、ホルンの肩に手を添える。

「もし君がそうまでして自分を否定したがるのなら、僕たちは、君を拒否して、この村に置いていく権利がある」

 その言葉に、ホルンはばっと顔を挙げる。その眼には、うっすら涙がにじんでいた。

「『no myth』に必要な素質に、自己肯定感もあるんだ。ダンジョンの中には、対象の感情によって発動するギミックもある。そのほとんどが、不安、憎悪、憤怒といった、マイナスの感情をスイッチとして起動する。当然食らえば即死だ。そんな危険は、さすがに事前に摘んでおきたい。もし少しでも、君にをれを治す意思があるのなら、今すぐじゃなくていい。君が、自分で自分を『no myth』の一員だと認められるときに、そのサインを書きに行ってもらえるかな?」

 アインスの問いかけに、躊躇いつつも、静かに頷くホルン、そして、差し出されていたアインスの手を、握った。


 直後だった。

「う――うわあああぁぁっああああぁああぁあぁぁ!??」

 急激に、様々な方向から重力がかかり始めた。

 あるタイミングでは、真横に、そう思った次の瞬間には、真上に突き上げられるように、一瞬やんだかと思っては、突き飛ばされるような感覚にもあった。

 そして――

「あああああ――ぶべっ!」

「あーほら! クランが手を放すからじゃん!」

「入った瞬間にはもう手遅れだったんだよ。僕はしっかりつかんでたのに、するって抜けちゃったんだから」

 顔面から地面に激突したホルンを見ながら、デュエムとアインスはゆっくりと降下してきた。

「いってて……」

「いやー、ごめんねー。そう言えばポート技術はまだ一般化されてないんだっけ?」

「一般化も何も、まだ私たちにしかないでしょ。そもそもで」

 打ち付けた鼻をさすりながら、ホルンは目の前の光景に驚いた。


 辺り一面に広がるのは、一般的な隊舎のような石製の床や壁ではなく、地方の原風景――辺り一面に広がる畑と川と、遠くにそびえる山であった。

「――あ、あのー……ここって?」

「見ての通り、ここが僕らの隊の敷地だよ。びっくりした?」

 びっくりしたなんて話ではない、ありえない。ホルンの純粋に沸き上がった気持ちはこれだった。

 通常の探検隊の隊舎はより上の階級を目指すため、都市部、そうでなくともある程度人気のある所に建て、値を知らしめることが大事とされている。

 いきなりの定石から外れたこの光景にあっけにとられていると、遠くからかすかに音が聞こえた。

「お、来たのね」

「き、来たって?」

「君の同僚だよ、ホルン君」

 アインスの言葉とともに、どんどん大きくなっていく音、そして――

『副隊長方々! おかえりなさいませ!』

 総勢5名ほどの男女混合部隊が、足並みや手ぶりを揃え、敬礼をした。

『ホルン・ネイク殿! 我ら『no myth』へのご入隊! 心より歓迎いたします!』

 一言の目誰も淀みもなく言われた言葉に、驚きと感嘆の感情がジワリとホルンの胸に広がっているのに引き換え、デュエムとアインスは後ろで笑いを必死に堪えていた。

「あ、は、はい! 若輩者ですが! よ、よろしくお願いします!」

「ブッフ!」「ふっ!」

 そのホルンの声に限界が来たのか、後ろの二人が盛大に噴出した。

「え、え?」

「あっははははははは! なによあんたら! そんなこと考えてるのなら先に言いなさいよ! そんな口調、私たちでも鍛錬時にしか聞かないわよ!」

「ふ、っふふ。ちょっともー! めっちゃ真剣にするから一体何事かと思ったじゃん!」

 その二人の言葉に、並んでいた部隊の全員もどっと沸いた。

「そりゃそうですよー。せっかくの初めての体験で、お堅いイメージがついてるだろうし、それを一回倣ってみようかって話になったんですよ!」

「副長だって『敬語なんて堅苦しいから、気楽に話しかけていいよー』なんて言ってますけど、世間一般的にはおかしいんですからね!」

「なんですってー!」

「あ、副長が怒ったぞ! 逃げろー!」

 怒った、と言われながらも満面の笑みを顔に浮かべながら「まてこらー!」と逃げ出した隊員たちを追っかけていった。

 ポツン、と残されたホルンの肩に、アインスが手を置く。

「とりあえずエミーはほっといて。たいち――司令のとこに行こうか」

「――はい」


 司令室――つまりは、『no myth』隊長の彼がいるところまで、隊舎の説明がてらアインスが案内しながら向かうことになった。

「まず、ホルン君。なんで僕たち『no myth』は、一般的な探検隊と違って、こんなところで、こんな生活をしてると思う?」

「え、えーっと……農作業が基礎体力作りにもなるから?」

「それも正解。 でももっと根本的な問題があるんだよ」

「根本的? えっとぉ……」

 頭を抱えるホルンだが、これ以上いい答えが思い浮かばなかったのか、首を振った。

「降参です! 答えは何ですか?」

「正解は、単に節約だよ」

「えー!? それでですか?!」

 驚くホルンに、あっけらかんとアインスは説明を続ける。

「ま、付け加えるなら、さらなるモチベーションの向上ってとこかな」

 歩きながら、通路の横に植えられている畑を見つう、アインスは語る。

「僕らの探検の報酬っていうのは、侵入したダンジョンから持ち帰ってきた品物、もしくは他国から依頼されたならその報酬分の金貨って感じなんだけど、僕らはその報酬を、100パーセント、自分の好きに使っていいんだよ。それで家を作るもよし、何かのために取っておくもよし。みんなで何かおいしいものを食べに行くもよし。その代わり、そういったものは自分で取ってきてね。っていう感じなんだ」

「またその時点で違いますね……一般の探検隊なら、そんな制度だとすぐに瓦解しますよね」

「そそ。僕らが少数精鋭なことは、そこがあるんだよ。精鋭となれば絶対に話が来るし、司令にその手の話が来ても、あの人が最適なものを教えてくれるからね――ん? どうしたの。また難しい顔をしちゃって」

「あのー、言いにくかったんですけど……司令って?」

 今度はきょとんとするのがアインスになったが、こちらはすぐ合点がいったのか「ああ」と手を打った。

「僕らのとこの隊長さ、自分は絶対に前線でないから、こっちの方がいいって言うから。いつの間にか僕らも司令呼びになっちゃったんだよねー。隊長室も司令室だし」

「は、はぁ」

「あ、そうだ合わせて」

 そういうと歩みを止め、少し背の低いホルンに目線を合わせるようかがんだ。

「司令の前で隊長呼びはぜったいやめて。それ言った瞬間に荒れるから」

「は、はい……」

「それだけ守れれば、司令に関してはほんといい人だからね。安心して」

 ふっと柔らかい笑みに、思わず少しドキッとしてしまったホルン。

 ちなみに、アインスの性別談議については『no myth』内でも様々な議論が行われているぐらいには謎である。

「さて、お。見えてきたね。あれが僕らの本部だよ」

 少し高めの丘を登り切り、そこでホルンが見たのは――ちょっとした、本格的な野営地だった。

 石やレンガでできた近代的なものではなく、革製のテントがほとんどである。

 そんな中で、三つほど近代的な建物が異彩を放っている。

「周りをかこってるテントは僕らの寝床。右から見える順から、炊事棟、本部、そして湯屋。湯屋は有り体に言うと、擬似的な温泉だね」

「お、温泉!?」

 この世界では、温泉はダンジョンの中難度の最下層にしかない、それを擬似的にとはいえ再現していることがもはや目からうろこである。

「効能やらをちょっといろいろやって再現したんだよ。いやーこれ作るために何回高難度ダンジョンを回ったことかねー」

「何回も……一般的には、一度踏破すれば『無我』に一気に近づけるところを、そんなにですか!?」

「まあ、僕ら全員『無我』だからねー、一応。数人そろえば踏破するのも楽だよー。さて、ではわれらが本部に行くとします「クランーーーー!」

 大声の主ははるか遠くの後ろからやってきたデュエムであった。

「あれエミー。追いかけっこは終わったの?」

「はーっ、はーっ。い、いや、あんたたちを、畑に、呼んで来いって、司令が。ふぅ」

「へ? 今司令もしかして外でてるの?! 珍しー……」

「そ、そんな珍しいんですか?」

「そうね……私がここにきて5年たつけど――大体2回目、3回目くらいじゃない?」

「僕は8年になるかなー。んーでも僕もそのくらいしか見てないかも」

 あんまりな外出回数に、ホルンは口がふさがらなくなった。

「ささ、そういうことだから、さっさと行くよ!」


 畑までもどると、そこには――

「ふぃ~、つっかれた~、くたびれたよ~」

「「司令?!」」

 来ている服を土塗れにした齢10少しに見える少年――クロム・サー・ダンタリアンが、手に鍬をもってへたっていた。

「お、エミちゃん、アイン。待ちくたび――ぐえっ」

「司令何やってるの!? あんたが畑作業なんてしたら3秒で音を上げるなんてどう考えてもわかるでしょうが!」

「あなたが機能しなくても依頼は勝手に回るけどもうじきおっきな仕事が入るんでしょ!? こんな何でもないところで壊れたりしたら大変なんですから!」

 襟をつかまれぶんぶん振られ目がくるくるしてきたクロムのことなど知ったことかと、二人は彼に問い詰める。

「そもそもあんた! 私の入隊した日ですら外にでてお出迎えしなかったって言うのに、なんで今日に限って出てくんのよ! 新人贔屓にも程があるじゃない! 私の時は全然そんなのしなかったのに!」

「それ言ったら僕もですよ! なんなら僕の時なんか晩ご飯の時に『あ、そういえば今日新入隊するんだっけ』ってノリでしたよね! なんですかこの待遇の差は!?」

「まっ、ちょ、二人ともきい――」

「えー聞いてやるわよ! その理由がきちんとしたものかどうか見極めて許すかどうか「待ってエミ―! 司令が白目向いてる!」

「はぁ!? ……ああ?! ちょ、お水お水!」

「待って経路引っ張るから! ――あああホルン君ごめんちょっと右にどいて!」

「え?」

「右に一歩! 早く!」

「は、はい!」

 ホルンが言われた通り右にずれると、アインスは指で何かを指揮するように線を描いた。すると、どこからか水が宙を流れるように――いや、流れてきた。

 ホルンが呆然とする中、流れてきた水は狙いすまされたかのようにクロムの口に入っていく。

 そして――

「――う、ーーーーん」

 しょぼしょぼと目をパサつかせながら、クロムが目を覚ました。

「あれ……今まで畑仕事してたはずなんだけど――」

「司令! 起きた!?」

「あーよかったー! 一瞬逝ったかと思った―……」

「……あーなんかやったんだね二人とも」

 すっと目を逸らす二人だが、彼らを睨みつけようと体を起こしたクロムは、先にホルンを見つけた。

 そして、彼を見つけると、笑った。

「やあ、ホルン・ネイク君。ようこそ、『no myth』へ!」


 ――数時間後、青かった空にやや赤みが混じってきた頃、探検隊の総員――司令のクロム・サー・ダンタリアン、副長のデュエム・ラ・ベル、およびアインス・クラムボム、そして新規入隊したホルン・ネイクを含む、6名の隊員が、『no myth』本部の円卓室に召喚された。

 ホルン以外は、各々手に何かしらの料理やお酒を手にしつつやってきた。その持ってきたものは円卓にずらりと並べられている。

「えーっと、これは、一体……?」

「さぁみんな!」

 その場で椅子から立ち上がり、円卓を囲む全員を見ながらクロムは続ける。

「『no myth』に、今日こうして新たな隊員が入ってきてくれた! これもひとえに、みんなの手腕があってこそ成せたことだ! こんなに素晴らしい人員を得られて、ぼくは光栄だよ!

「司令、絶対裏で目利き良すぎて僕天才、って思ってますよね」

「ソンナワケナイヨー」

 HAHAHA、とあからさまなから笑いをするクロムを見て、「絶対思ってる」と、ホルンを含めた全員が察した。

「まあそんな些末なことは置いといて。今日は彼の新規加入を祝って歓迎会をしようと思ったのだよ!」

「しれー、なんであたしん時はしなかったのさ!」

 やや舌っ足らずな声で、ホルンの横にいる少女が声を上げると、「あー、すまん。てかあの時はそれどこじゃなかったじゃん」と両手を合わせて謝罪した。少女も「まーそんなことしてる場合じゃなかったもんにぇ」と納得した模様である。

「みんなわかっていると思うけど、明日はホルン君のためのレクリエーションがある! 盛大に飲んで食べて、明日に備えるんだ!」

「は、は『はーい』

「相変わらず気の抜けた返事するねーみんな」

「司令の口上が珍しいから聞いてたけど、月並みな言葉しかないからみんな飽きちゃったってさ」

 デュエムのその言葉に、ホルン以外の全員がどっと沸いた。

「そーだそーだ! 司令の口上なんて俺ぁ初めて聞いたぞー! 月並みで飽きたけどなー!」

「司令、作戦立案の頭脳はあるのにこういうの弱いのって、どうなんすか……」

「う、うううるさいな! こういうの慣れてないんだよ!」

 話がそれにそれまくるのを危惧してか、一つ咳ばらいをし、改まる。

「えーでは改めて! 新たな隊員、ホルン・ネイクの入隊を祝って――乾杯!」

『カンパーイ!』


 ――そして、日は飛んで、翌日の12時。

「うわぁ……」

 ピンピンしてるホルンの目の前には、死屍累々とした先輩方が並んでいた。

 顔はどう見ても二日酔いであるものが大半であり、あるものはまだ酔っているのか赤く、あるものは限界量に達したか青白い。

 ちなみに副長二人もその例にもれずである。前者がデュエムで、後者はアインスである。

「こんな状態でレクリエーションなんて、本当に大丈夫ですか?」

「まー大丈夫じゃない?」

「うわぁ!?」

 急にホルンの背後から声が聞こえ、飛び上がった。

 そこにいたのは、唯一ケロリとした顔をしているクロムであった。

「しっかしみんな、飲んだねー。僕はそんなに飲めなかったからさ、みんな強いんだねー」

「うぇぇ……た、隊長「おい」

 にこやかな声で話していたクロムの声が、一気に鋭くなる。

 その気配に、その場で酔いつぶれていた隊員は一気に酔いがさめた。

「クロム、司令、その他のあだ名なら読んでもいいとは言った。だけど、その呼称は使うなと、僕、言ったよな?」

「し、司令! 申し訳ありません! 悪気はなかったんです! 頭が回ってなくて終以前の隊の感覚で……!」

「ふーん、そっか……」

 未だに怒気を納めないクロムに、副長が何かを唱え始める。

「――ホルン君、大丈夫。万が一の時は、僕たちが司令を止める」

 緊張感を高める部隊員全員、そして――

「あ、そっか。なら酔い冷ましちゃえばいいのか」

 クロムが思いついたかのように手をポンとたたいた。

「よーしみんな僕の前に一列に並んで―。頭ポンポンしたげるからさー」

 その言葉で、高まっていた緊張は一気に緩んだ。

 と、同時。

「ッヴ」

 アインスが一気に顔を青ざめ、手を口元に持ってきた。

「あ!? 司令! クランがもお限界!」

「いっ?! ちょっと待って今行くか「ヴォエぇっ」

 クロムが駆けつける寸前で、耐えきれなくなったアインスが、胃の中身を盛大にぶちまけた。

「遅かった!」


 アインスのばらまいた吐瀉物の後処理をみんなでした結果、30分ほどたってしまった。

「――えー、そんじゃ、本来の予定よりだいぶ遅くなってしまったけど、行ってらっしゃい」

「え!? 司令様はいかれないんですか?!」

 まさかの宣言にホルンは声を大にしていってしまった。すぐに口をつぐんだが、クロムはあっけらかんとして「いーよいーよ、大体そんな反応しちゃうもんね」と語った。

「あー、そうだ昨日言うの忘れてた。司令の階級は『百八』だからね」

「へ? 百八って、あの最低階級のですか?!」

「そそそ。それでレクリエーションは毎回僕はここで指示だしするのね。みんなには頑張ってもらうよ」

 その言葉に引っ掛かりを覚えたホルンがクロムに質問しようとするも、「さあさあ、説明は終わり、そろそろ転移戸てんいこを開くよー」という言葉とともに、本部へと戻っていった。

「え? し、司令?

「あー説明してなかったっけ。ごめんごめん。レクリエーション会場はここじゃなくて、別の場所なんだ」

「あ、そうなんですか? ――でも司令は指示って言ってませんでした?」

「その答えは、本部のドアをくぐればわかるよ」

 そういうと、アインスはどうぞ、というように本部へ続く――はずのドアを開けた。

 そこに広がっていたのは、昨日も見た本部の中――ではなく、真っ暗闇の、何かだった。

「え、え? なんですかこれ?」

「転移戸。僕らがここから外に行くときにもっぱら利用するんだ。うちの拠点はどの国やどの村とも隔絶したところにあるからね」

「そ、そんな便利なものが……でも、なんでこれを各国は使わないんですか?」

「使わないんじゃなくて、使えない――いや、作れないのよ。今の技術力じゃね」

 説明を引き継ぐように、デュエムが横から口をはさむ。

「転移戸は『ダンジョン』最上位層――『黎明』を踏破した暁に付与されるの。原理原則をきちんと知ってるのは、その転移戸を付与する権限を与えられた司令だけ。私たちも移動に便利ってことくらいの認識よ」

「そうそう、僕らが昨日、ホルン君を迎えに行った時もこれを使ってお出迎えしたんだよ。まあ帰りはまた別のものを使って――」

「クラン、そろそろ行かない? 後ろでみんな待ってるんだけど」

 デュエムの言葉に、「おっと、喋りすぎちゃったかな」と頭をかくアインス。

 ホルンがその顔を見ると、なぜか二人の顔が、いつものふざけたような顔ではなく、迎えに来た時に見せていた、真剣な表情になっていた。

 ホルンはその表情のまま、後ろに控えていたメンバーの方を振り向く。隊員たちも、緊張した面持ちだ。

「全隊員、今回のレクレーションの最終到達目標は、ホルン・ネイク隊員の『古代』踏破である」

「――いやちょっと待ってください?!」

 その言葉に、真っ先に突っ込んだのは外でもないホルンだった。

「え、『古代』ってあれですよね? 難易度二番目のあのダンジョンですよね?! この人数で行くんですか!? 死にますよ!」

「いやー、でも新人君や。俺ら毎回これしてんだよ」

「そーしょー、だから気に病む必要にゃんてないにぇー」

「気に病むんじゃなくて、僕は命の心配を

「ホルン、大丈夫」

 ホルンの決死の訴えに、デュエムが彼の頭に手をのせながら言った、

「うちの隊長の二つ名、知ってるでしょ?」

「二つ名って……あ」

 『不落の隊長』

 この部隊での死亡者は――いないのだ。

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不落の隊長 時塚 有希 @tokituka

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