15.大団円

 日付をもうじき跨ごうというのに、周囲にはまだいろんな怪物達が闊歩し続けていた。

 ぼくと時雨は彼らの合間をすり抜けながら帰宅の道を歩いていた。

 隣にいる時雨はいつもどおりの格好をしているけど、周りの彼等と同様に扮装をしているようにも見えて違和感がいつもほどない。それならばもしかしたらぼくはあの姿のままでいれば、この集まりのスターになれたかもしれなかった。


「いや、それはないな」

「ん? なんだ? 何か言ったか?」

「いいや別に、本当の独り言だよ」


 ぼくのどうでもいい独り言に時雨が反応して顔を向ける。ぼくは先程とは違って誰かが聞いていた独り言の存在に少しの安堵を覚える。時雨はぼくの意味不明な返事に呆れたような、少し安心したような表情を浮かべると未だ賑わう周囲を見渡して訊ねた。


「ところで要、この騒ぎは一体いつまで続くんだ?」

「さあね、みんなの気が済むまでじゃない?」

「彼らの気が済むことなどあるのか?」

「じゃあずっとこうやって祭りを続けていくんだよ。終わるのが怖いみたいに」


 歩き続けていると行く先に大きな橋が見えてきた。これを渡るとぼく達の住む町に近づく。橋の車通りが多いのはいつものことで、でも今夜はそれに加えて歩く人達も多い。刹那の祭りに煽られて賑わう周囲の人々の群れは波のようだった。

 頭上を見ると橋には両端を繋ぐように、オレンジと黒と紫に彩られた飾りが張られている。ハロウィンに合わせて飾られたものだと思うけれど途中で足りなくなったのか、中には万国旗も混じっていた。


「人集りができているな」

 橋の中程まで来た時に時雨が前方を指した。そこにはより多くの人達が集まっている。時雨は後方にいた中年の男性に何かあったのかと訊ねた。そこで起きた出来事を全て見ていたというその男性は表情を曇らせてこう語った。


 数分前、友人との飲み会を終えて帰宅途中だったその男性、山田さん(仮名)は酔いを覚ましながらのんびりと橋を渡っていた。すると背後で何やら大声で叫んでいる人がいる。振り返るとその顔に畏怖の表情を貼り付けた若い男が何かを叫びながら人の波をかき分けて駆けてくる。

 身なりもよく所謂イケメンにも見えたがその影もないほどの形相で駆ける男は、周囲の人達に非難の声を向けられてもそれすら聞こえていないようで、何かから逃げているようにも感じた。

 そして男が橋の中程まで辿り着いた時、突然強い風が吹いた。その突風は橋に張られていた万国旗を舞い上げ、結ばれていた箇所を解いた。万国旗は強風に煽られながら夜空を舞い、その後なぜか急降下すると駆けてきた男の首にぐるぐると巻き付いた。予測不能なその出来事に当然慌てふためいた男は旗を解こうと身を捩った。しかし焦りのあまりバランスを崩し、橋の欄干にぶつかった。運悪くその箇所は補修工事中で、ぶつかった拍子に元々脆くなっていた欄干が崩れ落ち、男は闇に投げ出された。

 周囲の皆はあっと声を上げ、橋に駆け寄った。下からは助けを呼ぶ声が届き、目を向ければ男の姿がある。運がいいのか悪いのか、旗の一部が橋に絡まったおかげで落下は免れたようだが、首つり状態の宙づりになっている。皆、助けようと手を伸ばしたが、今度はどうしてか深夜だというのにカラスの群れが威嚇するように男の周囲を舞い、その剣幕に誰一人近づけなかった。その間に万国旗の紐は重さに耐えきれず切れ、男は悲鳴もなく闇に落下した。するとあれほど騒いでいたカラス達は一斉に飛び去り、急いで皆で川を覗き込んだが男はとうに流され、その姿を見つけることはできなかった……。


「この高さだし、ここは結構流れが速いんだ……きっと助からねぇだろうな……」

 語り終えた山田さん(仮名)は悲哀を込めて呟く。

「だけど信じられねぇ偶然が重なることってあるもんなんだな。こう言っちゃあなんだが、まるで地獄から迎えが来たみたいだったよ……」

 そう締めくくった山田さん(仮名)にぼく達は礼を言って見送り、再び歩き始めた。


 彼がぼくを見るのはあれが最後で、ぼくが彼を見るのも最後になる。


 ぼくの〝あの姿〟を見た者は必ず死に導かれる。

 あの夜感じた殺意が身体が裏返ったことで表面化するからなのだろうか、それは必ず起こり、誰にも止められない。そしてあの状態になる度に〝ぼくが向こう側に行った時のランクがより上がること〟になる。

 それもぼくにはどうしようもない。


「ぼくもいつか同じ所に行くんだね」

 遠くに聞こえるサイレンの音を聞きながらぼくは訊ねる。


「そうだな。それは変えられない事項だ」

「そっか」

「しかし心配はするな。その時に迎えに来るのは私ではなく、もっと素敵なおぞましいもの達だ」

「えーっと……それってプラス要素? なのかな?」

「全ては心の持ちようだ」

「そっか、それもまぁそうか」


 ぼくはそう言って時雨に笑いかける。もちろんお返しの笑みはなかったけれど、それもまぁ妥当な線かなと思う。

 橋を渡り終える頃、ポケットに入れていたスマホに着信があった。見てみるとドクターのコスプレをした凛太朗とセクシーナースの格好をした彼女の写真が添付されている。半笑いになりながら隣を歩く相手に見せると、「バカップルだな」と返事が戻った。ぼくはそれに遺憾なく同意した。

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