6.不吉な予兆
酷く疲れたはずなのに夜遅くなっても眠りたいと思えなかった。
リビングのソファに座って、ぼくは意味もなくテレビを眺めていた。
時刻はもうじき日付を跨ごうとしていた。
深夜のバラエティ番組の賑やかな笑い声が、部屋の中にただ霧散していく。そのせいなのか、そんなに広くもない家なのに今日はだだっ広く感じていた。でもそう思う理由は分かっていた。
ぼくは時雨の存在に依存している。永遠に確定していることでもないのにいつしかそれに心の重きを置いて、今現在全ての均等を崩している。時雨がいなくなってまだたった二日。それなのにこんな状態になってしまう自分がとてもだらしなく、本当に不甲斐なかった。
「……駄目すぎるだろ?」
ぼくは自分で自分を叱咤して、自室に向かおうと腰を上げた。寝たところで何かが解消するとは思えなかったけれど、無理矢理にでも寝て起きた時には、多少マシになっていたかった。
リビングを出て自室の方へと向かう。
その時突然、どん、という音が響いた。
その音は玄関の方から届いた。まるで扉を力任せに叩いたようなその音に瞬時身が固まる。振り返って、背後の玄関ドアを窺ってみるけれど何ら変わった様子はない。しばらくその場に留まって様子を見たけれど、その後も何の変化もなかった。
何でもなかった、そう思い込んで眠ってしまいたかった。でもどこか人為的にも感じられたそれがどうにも気になって、より眠れなくなりそうだった。
恐る恐る玄関ドアに近づいて、のぞき穴からそっと外を見てみる。
視界に入るのは外の廊下だけで、ひっそりとしたその場所には誰も姿もない。
しばらく迷った末に、意を決して扉を開けてみた。辺りはしんと静まり、やはり誰もおらず、少し安心して扉を閉めようとした時にぼくは短い悲鳴を上げた。
「ひっ……こ、これは……」
ドアを開けてすぐの床にカラスの死体が横たわっている。既に死後硬直が始まっているようで、時々吹き抜ける風がその黒い羽根を揺らしている。
ぼくはそのままその黒い塊を視界に入れないように外に出て、外廊下から見える夜景に目を移した。気を落ち着かせるために深呼吸してみたけれど、心臓の鼓動はなかなか収まりを見せない。
ぼくが住むこのマンションの通路は外に面した造りになっている。だからどこかから飛んできたカラスがドアに当たって運悪く命を落とした、という可能性は考えられなくもない。けれど今は深夜で鳥が飛ぶ時刻でもなく、それにあのカラスは死んでからいくらか時間が経っているように見えた。それならばなぜ? と考えると一つの仮説が朧気に浮かんだ。
誰かがカラスの死体をぼくの家の前までわざわざ持参して、床に置いた後にそれを知らせるかのようにドアを叩いて去っていった……。
「……なんか……嫌だな……」
ぼくは自ら出した仮説に心底落ち込んだ。
どうしてこのような負の労力を注いでまで、こんなことをする必要があるのか。そこからはどうにもネガティブな心情しか湧いてこない。そんなことをする人間も、そういうことをされる自分も、その暗い闇の中に潜むような因果関係を思えば、際限なく心が冷えていくだけだった。
ぼくは家の中に戻ると、幾枚かの新聞紙と母が以前ベランダ菜園に使っていた小さなシャベルを持ち出した。再度外に出て新聞紙で死体を包むと下に降りて、それを埋葬するために敷地内にある木の根元を掘った。
街灯の明りと月の光だけを頼りにぼくは穴を掘りながら、ふと思う。今の自分の姿を俯瞰してみれば、その姿はあの時に見た彼の姿とそっくりだった。作業を終え、土のついた手を眺めながらのろのろと部屋に戻っていくぼくの心は、より冷えていくだけだった。
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