3.それは嫉妬という名に変換される
何の因果か、と思う。
ぼくは次の日の放課後、ひと気のない教室に草野と二人きりという状況にいた。
ぼくの正面に座る草野からは、ここから早く立ち去りたいという気配がギンギンに伝わっていて、少し痛いくらいでもある。
なぜこのような状況になっているかというと、自らの性質を考えるとまるで冒涜しているようにも感じてしまうのだけれど、ぼくは風紀委員の任に着いていたりする。草野も同じく隣のクラスの風紀委員で、本日の放課後、委員が全員出席した会合の席に於いてよくない巡り合わせの末に、ぼくという人間と二人きりで結構な量の書類の整理をしなければならないという、よくない運命を辿っていた。
作業を始めて十数分、ぼくはもうなんだかいろんな所が干上がりそうになっていた。正面にいる草野からは一刻も早く仕事を終わらせて、ぼくと二人きりというこの状況を抜け出したい、という鬼気迫る気配が常に放出され続けている。その気持ちはぼくにだって痛いほどよく分かるので、互いのためにもこの状況を打破すべく彼に声をかけた。
「ねぇ草野……もし何か用があるなら、もう帰ってもいいよ。あとはぼくがやっておくし」
「別に用なんかないよ。余計なことくっちゃべってないで早く終わらせよう」
気を利かせたつもりだったけれど、ぼく一人に任せて帰るのも納得いかない様子の草野からは冷たい返事が戻る。仕方なくこの状況を継続させることにして、ぼくは自らの存在をここから消しつつも、草野に負けないよう色々な気配を漂わせることにした。
「……あのさ、御蔵島……」
だけどしばらくして、なぜか草野の方から声をかけてきた。ぼくにはそれが意外すぎてちょっと妙な表情になる。でもその表情を悪い方に取ったのか、草野はより不機嫌そうな顔になって、焦ったぼくは「ええっと、何かなぁ?」と少し締まらない、少々頭が悪そうな雰囲気の返事をした。
「お前って可奈……いや、櫻井の何?」
「えっ……いきなり何って言われても……」
でもどうにも思いがけない変な質問が返って、ぼくはちょっと惑う。
「櫻井のこと、好きなわけ?」
「別にそういうんじゃ」
「なら、いいけど」
要領を得ない返事をしていると、拒絶の意を込めたその言葉で締めて、草野は一方的に会話を切り上げてしまった。草野はぼくに質問のようなものをしたけれど、ぼくがどう答えるかは最初から分かっていて、ただ表面上の事実確認をしたかっただけのようにも感じた。
正面の草野を見ると今ほどの会話などなかったような顔をして、無心で机に向かっている。そっちはそれでいいかもしれないけれどぼくはなんだかぶん投げられたような気分になって、手を止めてしまった。
あー、一体なんだこれ。こういうのってぼくの嗜好じゃないんだけど。大体なんでぼく、草野と二人きりでいるわけ? なんだこの状況。
と、心の中で呟いてみたけれど、呟いてもこの状況が改善する訳でもなく、望まない責め苦のような時間はその後まだ四十分くらい続いた。
結局草野には何も告げずに作業は終了し、言わないまま終えてしまった言葉のことはもうこれ以上考えないようにした。だれどそれは確実に嫉妬という名に変換されてしまったようで、身体のどっかで蟠ったままだった。
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