6.コロッケはこの後おいしくいただきました
翌日になり、ぼく達の帰る日が来た。
昨晩色々あった希さんは朝早くに近くの病院で診察を受けたけど、軽い打撲と捻挫ということで数日安静にしていれば腫れも痛みもすぐに治まるとのことだった。
昨日の夕方から夜にかけて一体自分の身に何が起きたのか、彼女は何も覚えていなかった。どうしてあの場所にいたのかも、よく分からないと言っていた。ずっと肌身離さず持っていたカメラを確認してみると、あの山の辺りで幾枚かの写真を撮影していた。何か足取りが分かるかもと確認してみたところ、どれも真っ暗な闇しか写し取られておらず、それらを撮った記憶もなかった。
あの場所にぼくと時雨を案内してくれたあの存在のことは、誰にも言わなかった。祖母に言えばきっと信じてくれるとは思ったけれど、なんだか言わない方がいい気もして結局黙っていた。それは時雨も同じなようだった。
「またいつでもここに来ていいがよ。待っとるよ」
祖母はそう言って、あと数日留まるという希さんと共にぼく達を見送った。
祖母の背中にはまだ寂しさが残っていた。でもそれはぼくも同じで、他のみんなも同じで、それと同居しながら皆日々を過ごしている。
「久しぶりの里帰りは楽しかったか?」
「うん、時雨は?」
「もちろん楽しかったさ」
バスに揺られ、駅に向かったけれど少し時間に余裕があったので、ぼくと時雨は最後の観光をしに、この辺りでは有名だという大仏を見に行った。
公園とかじゃなく、町の住宅地に突如現れるそのこぢんまりとした大仏は、この地に住む人達を見守るように鎮座していた。焚いた線香の香りが漂う中、広場のベンチに並んで座って、ぼく達は結構イケメンな大仏様を遠目から眺めていた。
晴れた空はのどかで、いつも見ている空とは違う。帰りたくないような気持ちが少しあるけれど、ぼくは多分戻ると思う。
「この辺りはコロッケが有名だそうだ。ファストフード感覚で食べられる」
隣で観光案内のパンフレットを読み込んでいた時雨が告げる。また食べ物の話? とか思うけれど道行く人達が食べているのを見るとおいしそうだったし、時雨は食を通じてこちらとの接点を持とうとしているのかも、とふと思って「じゃ、後で食べようか」と返した。
「要、見てみろ。どうやらあの下に入れるようだ」
時雨が示す方を見ると、大仏の台座に入り口がある。早速向かってみると、台座の内部は人が入れる回廊になっていた。巡る壁には様々なものを題材にした仏教画が掲げられていて、所々仏像も置かれてある。随分古びたそれらにはよく分からないけど味があり、回廊を順に巡りながらぼくは思わず見入っていた。
絵の中には地獄を題材にしたものもあった。
彩りはとても鮮やかだけれど描かれているものはお馴染みの血の池地獄だったりして、少々グロい。でもぼくは目を離せずに、隣で同じように眺めていた時雨に声をかけた。
「ねぇ、こういう感じの所?」
「知らないな。私は行ったことがない」
「そっか……」
問いに実はなかったけれど、答えに特段期待していた訳でもなかった。けれど続く声が届いた。
「だがこれは、なんだか地続きだな」
「うん、そうだね……そう見えるね」
それはこことは地続き。
隣から届いたその意見にはぼくも同意して、そう言葉を返した。
まだ名残惜しく眺めていると、近くに同じように絵を見上げている五才くらいの男の子とそのお祖母ちゃんと思しき老女がいた。
地獄の絵を目にした男の子は隣の祖母の手をぎゅっと握ると、怯えた様子で寄り添った。
「おばあちゃん、これ怖い……」
「怖いか。でも悪いことばっかしとるとここに行くがやぜ」
怯える孫に老女は慰めるどころか、笑顔でそんな言葉を返す。
その光景を見ていた時雨が微かな笑みを浮かべた。
「トラウマ確定だな」
「だね」
絵を見てもぼくはトラウマにはならないけれど、それが地続きで存在することを朧気ながら実感する。
ぼくは静かに頷いて、黒い服を着た少女に笑い返した。
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