4.誰かと一緒の食事は

 自宅に戻ると、時雨が夕食を作っていた。

 いいにおいが玄関扉を開けた途端に流れ出ていた。


 可奈子の母親、裕子ゆうこさんに時折料理を習っている時雨の腕前は、かなりいい。昨晩ご馳走になった時も、気になった料理の作り方を裕子さんに教えてもらっていた。そうしている時の姿は普通の少女のようにも見え、普通の親子のように見えないこともない。そしてその成果を発揮して作られる時雨の料理は、毎度予想以上の出来映えだった。食べることを特に必要としない時雨と一緒に食事をすることはほとんどないけれど、昨晩のような時や自ら作った時には時雨自身にも食事というものに対する理由ができるのか、一緒に席に着くことが多かった。


 着替えて手を洗って戻ってくると、テーブルの上にはトマトソースで煮込んだハンバーグと色とりどりのサラダ、海藻のスープに雑穀ご飯が並んでいる。


「おいしそう」

 素直に感想を述べると、向かい側の席に着いた時雨が笑みを返した。

「心置きなく食べろ」

「それじゃ遠慮なく」

 いだだきます、と言って順に箸をつけたそれらは見た目の期待を裏切らず、どれもこれもおいしかった。


「本当に何でもできるんだね」

 ぼくは時雨に感嘆を返す。ぼくも一応料理はするけれど、それらには何か趣が足りないような気がする。料理と言うより〝食材を食べられるように加工したもの〟と呼ぶものに感じる。足りないのは一体何なのだろう。


「できると思ってやっているからな」

 時雨からはその返答が戻った。確かに言われてみれば足りないのは、そんな気概のようなもののような気がした。もしかしたら今日のぼくに足りなかったのは、その辺りのものだったのかもしれなかった。


「どうした?」

「いや、別に……いや……」

「なんだ、どっちなんだ?」

 箸を止めたぼくに時雨は訊ねるけれど、答え倦ねいてどっちつかずの返事にしかならない。そんなぼくを軽く笑う時雨につられて、ぼくも笑う。今日の曽田さんの家での出来事をこうやって悩んだり口にしても、きっと何も変わらないし前進もしないと思う。行動するのは結局ぼく自身でしかなく、だから時雨には料理の感想のみを返した。


「これ、すごくおいしいよ」

「そうか。その言葉はありがたく受け取っておく」

 時雨は満足そうに応えて、食事を続ける。その姿を見ながらふと、以前から気になっていたことが過ぎる。この際だからついでに訊ねてみることにした。


「あのさ、今更なんだけど、時雨は他の人と話す時もそんな喋り方なの?」

 時雨がどのような話し方だろうがぼくは全然構わないし、既に半年も経って今更本当に言うことでもない。けれど時雨のその口調が外でも受け入れられているのか、時に疑問に思う。その答えはあっさり戻った。


「そうだが」

「変に思われない? 普通の十一、二才の女の子はそんな喋り方はしないよ」

「普通と呼ばれる喋り方の方が私にとって不自然すぎる。確かに相手方が違和感を覚えていると感じることが時にあるが、そんな時は〝帰国子女〟だと告げると大体それは解消する。偽りではあるが便利な言葉だな」

「えっと、そうなんだ……まぁ分からないでもないけど……」


 ぼくは曖昧な笑みを零して食事に戻る。

 テレビの音もなく、フォークや皿の擦れ合う音だけが響く中、だったらその話し方に合うようにいつも男の方の姿でいればいいのでは? とか考えてみるけれど、それならそれで同居するのはなんか嫌だな、と思う。そんなことを考えていると呼びかけが届いた。


「要」

「なに?」

「また小便が零れていたぞ」

「……」


 ぼくは一瞬黙してから、ごめんと謝る。それ、今言うこと? とも思うけれどこんなやり取りも毎度のことでもある。

 他のことは完璧なのだけれど、この時と場合を考えないその部分は天然なのだろうか、と思う。

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