本当の春

あおなゆみ

突然の決断が、本当の別れ

「西山くん。一緒に帰るの、今日で最後にしてもいい?」


 高二の春、四月末。

私は西山くんとの下校をやめる決意をした。

北海道の本当の春は、桜開花の四月末から五月のことを指すと思う。

まだ地面に雪の残る時期を私は、本当の春だと認めたくなかった。

だから、今が本当の春だ。


「何かあった?男子と一緒に帰るとやっぱり揶揄われたりするよね?」


「ううん。そんなのじゃない」


西山くんの優しい声に泣きそうになっていた。

普段から優しい声なのに、私の提案に対して、いつも以上の優しい声に聞こえてくる。

それに本当は、西山くんのいつも以上に優しい声を聞く前から、すでに私は泣きそうになっていたのだ。

一緒に帰るのを最後にしたい意思を告げる前に私が言った、


「あのさ・・・」


という、たった三文字を聞いた西山くんの表情。

私が何か、伝えたいことがあると察したあの表情。

それから私に向けた、優しすぎる目。

私にとって重要なことを大切な人に伝える時、涙はどうしようもなく込み上げ、手は情けなく震え、頭が痛くなるほどの悲しみに襲われる。



「僕らの最後の下校か・・・」


西山くんは、相変わらずの凛々しい顔立ちで、顔つきを変えることもなく、そう言った。


「ごめんね」


私は何に謝っているのだろう。

西山くんが、私との下校を大切に思ってくれていることは伝わってきていた。

だから、それを失くしてしまうことに対してなのだろうけれど、他にも理由がある気がして、もどかしい気持ちになる。


 涙を堪えるのに、必死だった。

西山くんとの下校時間は、本当に穏やかで幸せな時間だった。

これほど幸せな時間はもうないのではないか、と思ってしまうほどに。


「なんかさ、何気ない話ばっかりしてた気がしない?」


西山くんの、笑いながら話す時の声の微妙な震えが伝わってくる。


「そうだね」


私は唇をきつく閉じ、涙を堪えてから、短く応えるのが精一杯だった。


 西山くんと仲良くなったきっかけは、何だっただろうか。

ただ、この人となら気負わずに話せる気がすると思って話しかけたのは覚えている。

そして同時にそれは、私が西山くんを見下していたことにも繋がる。

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