サニーの章:砂漠の義賊と王子様・3

 ――ひと月ほど前、砂漠で行き倒れていた娘を警備隊が拾ったという。

 ラーラと名乗るその少女は身寄りがないと語り、哀れに思った王がしばらく宮殿に引き取ることにした。


 異変は、その直後からだった。


 穏やかで心優しい賢王は人が変わったようにラーラの言いなりと化し、常に彼女を傍に侍らせている。

 しおらしい少女の姿はどこへやら、ラーラは我が物顔で贅を尽くすようになり、オアシスの水も無駄遣いし、その要求もエスカレートし始めた。


 宮殿の兵士や大臣さえも虚ろな眼で、ぼんやりと彼女の言葉に頷くばかり。


「もしかして、お金とかお水とか最近いろいろ厳しくなったのって……」

「全てラーラの指示らしい。追い出したいが、あの女は父上にべったりなんだ。恐らく私は警戒されているだろう」


 確かにここひと月ほどで税の徴収や飲み水の制限がかつてないほど厳しくなり、民が苦しんでいる。


「オアシスの水位が下がってるような気がしたのは、そのラーラってヤツのせいだったのか」

「あの女はミズベリアの水も財もいたずらに浪費し続けている。このままでは、この町は……」


 砂漠に囲まれたこの土地で、オアシスは生命線。もしも涸れてしまえば、ミズベリアの民は生きていけないだろう。

 ラーラという女は、ミズベリアを破滅へ導こうというのか……王や宮殿の人間の突然の豹変といい、サニーたちにはわからないことだらけだ。


「……わかった。こっちで調べてみるよ」

「本当か! 感謝する!」


 レインは思わず身を乗り出し、両手でサニーの手をがっちりと掴んだ。

 若い男性からそんな風に触れられたことのなかったサニーは驚き、咄嗟にぱっと抜け出す。


「わわっ、レイン落ち着いて!」

「あ、す、すまない。宮殿の裏口は開けておく。手引きは……必要なさそうか?」

「うん、そうだね。かえって足手まといかな」

「はは、はっきり言うな……」


 事実、サニーとレイン……侵入者と王子が一緒に行動しているところを誰かに見られたら都合が悪い。

 身体能力的にも間違ってはいないのだが、あまりにも歯に衣着せぬ物言いにレインの口の端がぴくりと引き攣った。


「じゃあ、決行は明日の夜でどう?」

「わかった。準備も必要だろうからな」


 こっそり宮殿を抜け出したレインも早く戻らないと怪しまれてしまうだろう。

 レインは立ち上がり、出口に向かうと一瞬考え、サニーを振り返った。


「……サニー、今日そなたに会えて本当に良かった」

「レイン?」

「約束しよう。ラーラを追い出し、父上を元に戻したら……このミズベリアをより良い町にすると」


 レインが差し出した右手をじっと見つめ、ややあってサニーは首を静かに振る。


「ありがとう。でもね、ミズベリアは良い町だよ。去年死んだじっちゃんが言ってた。王様がぐっと良い町にしてくれたんだって」


 レインの父、ルフトゥ。賢王と呼ばれる彼の統治は長い間ミズベリアを住み良くしてきた。

 下層部といえども人々の表情は沈んだものではないと、ここで暮らすサニーはよく知っている。


「この家だって、レインから見たら小さいかもしれない。けど、想い出がたくさん詰まってるこの家で暮らすのは楽しいんだ」


 よく見れば、この狭い家の中には“もうひとり”のものがいくつかあった。

 古びた男物の上着、食器、それにサニーは使わないだろう杖も。亡くなってしばらく経つ同居人の、不要になったはずのものたち。


「幸せは、見た目の豊かさだけじゃ決まらないよ。今の宮殿がそうでしょ?」

「あ……」


 ラーラが支配するクバッサ宮殿は、もはやかつてのあたたかさなど面影もない。

 父も従者も優しさや笑顔が消え、豪華な容れ物には空虚だけ。


「だから、まずは取り戻さなくちゃ。より良い町にしていくのは、それからだよ」

「……ああ!」


 そう、取り戻すのだ。ふたりが、みんなが愛したミズベリアを。

 ふたりは改めて、固い握手を交わした。

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