サニーの章:砂漠の義賊と王子様・2

「ど、ど、どろぼーーーー!」


 砂漠の夜に響き渡る下品な男の悲鳴を背に、立派な屋敷の二階のバルコニーから颯爽と飛び降りる“どろぼう”……夜闇に紛れ、空中で猫のようにくるりと一回転、軽やかに着地してフードのついたマントを脱ぎ捨て、素早く身を隠した人影の正体は、サニーだった。


「はい、いっちょあがりっと。ちょろいねー」


 昼間は曲芸で稼ぐ身軽さは、夜には警備をすり抜けて忍び込むためのものに。ただし、盗んだものは本来あるべき正しい場所へ、悪人には相応の鉄槌を……サニーのもう一つの顔は、いわゆる義賊というものである。

 もちろん、不法侵入や盗みなど褒められたものではないが……悪い奴というのは、なかなかどうしてうまくやっているもので。時には多少強引な“通りすがりの正義の味方”みたいな者が必要なこともあると、サニーはそう思っている。


(もたもたしてたらおばあちゃんの宝物が売り飛ばされちゃうよ。そしたらひたすら泣き寝入り……そんなの絶対ダメだ!)


 そうして考え事をしていたサニーは、その時自分にじっと送られている視線に気づくと、密かに進路を変える。


(誰か見ているな……?)


 その人物を誘い込むように、狭い方、人気のない方へ。裏路地の行き止まりに辿り着くと、くるりと振り向いた。


「誰か、いるんだろ? こそこそ見てないで出てきなよ!」

「っ!」


 気配を悟られ、ここまで誘き寄せられて。サニーの身体能力を考えれば抵抗は無駄だろう。

 追跡者はおそるおそる物陰から顔を出し、姿を見せた。


「アンタは……!」


 ボロボロのフードマントを取って見せると腰までの長い三つ編みが現れ、薄群青の髪がさらりと風に靡いた。同色のキリッとした眼にはどこか知性と気品を感じさせる光を宿していて、サニーより少しばかり上の年頃の、少年から青年になろうかという……服装こそミズベリアの市民街の、それも下層部に溶け込むようなものを着ているが、サニーにはすぐに正体がわかった。


「レーゲン王子、サマ?」


 ルフトゥ王の一人息子、レーゲン。クバッサ宮殿に暮らす王子だ。

 そんな彼が、この地方では珍しい色白の肌をわざと汚して目立たなくして、あまり身綺麗とは言えない格好でサニーの目の前にいる。


「王子サマがどうして、こんな変装までして……」

「……あまり王子王子と言わないでくれないか。あと、場所を変えたい」


 ただならぬ雰囲気を察したサニーは「こっち来て」とレーゲンの手を引いた。

 ミズベリアの下層部にあるサニーの家は、日干しレンガ造りのシンプルな四角い建物で、宮殿のひと部屋よりも狭いものだった。


「ここがそなたの家か……?」

「そ。ここならナイショ話もできるよ」


 物珍しげに辺りを見回す王子様をテーブルに着かせ、相手と自分、ふたりぶんのカップを用意するサニー。

 ミルクとスパイス入りのお茶が特徴的な香気を立て、ふたりの鼻腔を擽った。


「近ごろ世を騒がせていた賊が、こんな少女だったとはな」

「義賊だよ王子サマ、ギ・ゾ・ク! 正義の味方なんだからね!」

「だから王子というのはっ……とりあえず、私のことはレインとでも呼んでくれ。話を戻すぞ」


 レインは咳払いをひとつすると、ふくれっ面のサニーに向き直る。


「……そなたが義賊だというのはわかっている。今回のアビデスといい、狙われるのはこちらが捕まえようにも手を焼いているような悪党ばかりだったからな」


 盗みのついでに悪事の証拠を暴き、白日のもとに晒す。

 二度と悪いことができないように、というサニーの手口だ。

 今回もアビデスの屋敷から偽造された契約書の山を見つけており、それはこっそり然るべき所に置いてきた。


「まだ年端もいかぬ少女だというのにその鮮やかな手並み、感心するばかりだ」

「いやぁ、へへっ、照れるなぁ」


 義賊であることを誰にも明かしていないサニーは、当然誰かにその腕前を褒められることはない。

 慣れないことでサニーの頬がふにゃりと緩むが……


「その“正義の味方”に折り入って頼みがある」

「へっ?」


 レインの真剣な眼差しに、それはすぐに引き戻されるのだった。

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