案内人再び
トキを誘惑する予定は無いし、エナミとシキは気心知れた間柄だ。私は寝転んで切り株の上に脚を乗せるという、年頃の女にあるまじきダレた格好で休息を取っていた。トキが「ええ~」と言う視線を向けたが気にしない。
そんな風に過ごしていると、黒い翼が視界の片隅に入った。
管理人かと一瞬だけ身構えたが違った。管理人よりも小さく、だが鳥の中では大きい身体持つそいつは地獄の案内人だった。ヤツは樹木の傘の間を器用にすり抜けて飛来し、私の足置き場となっていた切り株の上にとまった。
「ん? 案内人?」
シキとエナミも気づいてこちらへ近付いた。黒い鳥は私達四人へ心のこもっていない挨拶をした。
『あーどうも、皆さんご健在のようで何よりです』
まだ鳥が人間の言葉を喋ることに慣れないな。違和感がアリアリ。
「どうした? 何か緊急の連絡事項でも有るのか?」
シキが問い鳥が答えた。
『ええと……、そういう訳じゃないんですが。う~んと……』
何だか歯切れが悪いな。
『皆さんは過酷な地獄に一日以上滞在した
「うん? それで自分の方から来てくれたのか? 上級者向けの知恵を授ける為に」
「へぇ、こちらの地獄の案内人はずいぶんと親切だな。イザーカの言葉でアフターケアって言うのか? 仕事に対して積極的なんだな」
エナミに褒められた黒い鳥の目が泳いだ。
『いえ……そんな……』
トキが口を尖らせた。
「え~、だったらもっと早く来てくれよ。俺は最初の説明の後は放置されて独りで不安だったぞ?」
「そうなのか?」
「うん。獣も存在しているって教えて欲しかったな~。デカイ熊に俺、喰われそうになったからね?」
ここぞとばかりに不満を噴出させるトキであった。
『ハハ……すみません。ちょっと忙しくて。今は手が空いたのでお邪魔したんですよ』
「そうか。俺達以外にも戦士の魂は落ちているか?」
『戦士の装束を身に
「フタゴカミダケ地方は田舎だからね、普段は兵士が駐在していないのよ。戦士が居るとしたら旅する商人の用心棒か、商人を狙う野盗達ね」
『キサラさんの仰る通り。後は病気や老衰で死にかけている町人の魂ですね』
シキが顎に手を当てて言った。
「俺達は一刻も早く現世へ戻る必要が有る。民間人はもう保護できないな」
速い脚を持つトキならともかく、老人や子供を護りながらの戦闘は厳しい。エナミが付け足した。
「保護せずとも、俺達が管理人を倒せば他の魂の行動が楽になるよ」
「管理人か……」
私は案内鳥に聞いて確認したいことが有った。
「ねぇ教えて。新しく管理人になった人は、私とほぼ同じ時に地獄へ落ちたアキオ隊長なの?」
エナミ、シキ、トキも真剣な眼差しとなった。
『……そうです。新しく管理人に選ばれたのは、地獄であなたの同行者だった彼です』
やはりそうだったか。解っていたことだけどキッツイなぁ……。
『生前の彼についての情報は持ちませんが』
「いいの。生前の彼についてはよく知っているから……」
私はエナミに向き直った。
「私、現世へ還る前にアキオ隊長と絶対に決着をつけたい。仮面を外して彼と本音で話したいの。短い時間であっても」
「うん。俺も協力するよ」
エナミが力強く頷いてくれた。しかし……。
「管理人は全部倒したいところだけど、ミユウは難しいかな……」
「だな。アキオともう一人の男は何とかなりそうだが、ミユウは厳しいな」
生者の塔の番人・ミユウ。ボコッていいと言っていたシキがエナミに同調した。
「鬼強だからなヤツは。防御力が半端ねぇ」
大きい盾を装備していたっけ。
「そんなに手強い相手なの?」
「いろんな意味で規格外。あいつも地獄の住人で三千六百……、いやもう四千年近く地獄で活動している化け物だよ」
「四千年!?」
私とトキが目を丸くした。ミユウは魔女と呼ばれる輩だろうか。
「なぁ案内人、どうしてミユウは管理人をやっているんだ? あいつは地獄の統治者の従者だったはずだろ?」
へ? 王様の従者!?
『す、すみません、高位の方の情報は渡せません。地獄の機密事項です』
鳥が焦っていた。ミユウとやらが王様直属の部下だったのは本当らしい。
「ミユウに関しては俺とシキとで牽制の矢をたくさん飛ばして、あいつが盾で防いでいる間に全力で走り抜けるしかないんじゃないかな?」
「だな。倒さずに逃げるしかねぇか」
シキと意見を一致させたエナミは案内鳥を見た。鳥はエナミの視線から逃れるように顔を伏せた。
「それと案内人、もう一つ聞きたい」
『はい』
「シスイと言う男についてだが」
『ひゃあぁぁぁ!!!!』
男の案内鳥が裏声で悲鳴を上げた。みんなビックリした。
「な、何だ……?」
『す、すみませんがその方についても何も申せません! ミユウ様と同じく高位者です!!」
「そ、そうなのか? だけど禁忌に触れない程度の小さな情報なら話せるんじゃ……」
『話せません、何一つ!!』
エナミの言葉尻に被せて案内鳥は否定した。必死だ。そして鳥はここへ来てからずっとエナミと顔を合わせようとしない。
不審に思った私はストレートに尋ねた。
「ねぇ案内人、あなたエナミを妙に意識してない? エナミと何か有るの?」
私の指摘を受けた鳥がギョッとして目を剥いた。
『ひゃ────やめて!!!! そんな誤解を招くような言い回し、シスイ様に聞かれたらどんな目に遭わされるか!! 私はただ、さりげなくエナミ様のお手伝いをしているだけですよ!!』
「え」
「え」
「え」
「……は?」
私達はポカンとした。
「へ? あなた、エナミの手伝いをしにここへ来たの……?」
『………………』
三拍置いて案内鳥が絶叫した。
『ぎゃは────口が滑ったあぁぁ!!!!』
自分の失言に気づいた鳥は切り株の上でローリングして羽を散らした。
「失礼だけど案内人、あなたの性格では自主的に手助けに来ようなんて考えないよね? つまり……」
『やめて下さい、その話題はもう終わり、他のことなら何でも答えますからぁ!』
この慌てっぷり、肯定したも同然だ。案内鳥は誰かに頼まれて……、いや命令されてエナミの元へ来たのだ。
命令したその相手は一人しか居ない。エナミを案じつつも姿を隠すロン毛の恋人だ。
「……シスイ、あの野郎。助ける気が有るんなら自分が来いよ……!」
恋人に避けられるエナミが怒りを抑えて呟いた。ごもっとも。
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