蒼井 狐

第1話

 ガチャン、と扉を開けて外に出た十時三十分。日傘を開く前に、強い陽光に目を射される。バイト先に着くまでの十五分間、それは私にとって大事な散歩の時間だ。

 車がビュンビュンと通り去って行く道路の横を、少し怯えながら、下を向きながら歩く。一歩ずつ自分の足が前に前に進んでいる様子を見ていると、足元に死んでいる雀が。それは視界に入ってすぐに消えた。外傷はなかった様に思えたので、パタリと力尽きたのだろうか……なんてことを考えて歩く。

 バイト先に着くと、

「おはようございます」

 そう言って準備を始めた。私は今のバイト先に満足している。過去を振り返れば、こうしてバイトをしている自分は大きく成長したな、と思う。が、同時に人生に一度妥協点を置いたのだな、とも思う。

 バイトを終え、

「お疲れ様でした」

 と、声をかけて、日傘を開いて家まで歩く。その途中で、死んでいる雀のことを思い出した。どうなっているのだろう。足を少し早めて見に行くと、外傷のなかったはずの雀は、自転車に轢かれたのか、赤みを帯びていた。私はそれがきつくて、顔をしかめて目を逸らした。

 次の日になり、また同じように日傘を差して、十時三十分に家を出る。昨日雀がいた場所まで来ると、昨日にも増してきつかった。腹の辺りがぱっくりと割れてしまって、赤い内蔵たちが垂れていた。その光景を一瞬だけ見て目をつむった。

 いつも通りにバイト先で、

「おはようございます」

 そう言って準備を始める。そんな私はもともと、人生のうちでバイトをするなんて思っていなかった。

 高校生の時によく思っていた事がある。それは、夢を叶えて大物になるから、私はバイトをすることがないだろう、ということだ。高校生にもなってそんなことを本気で思い続けていた。定職にもつかないし、自分はフリーに生きて行くんだって。そういう気持ちを抱くのは悪いことだって思わない。だけど、そこに見通しの甘さが出ていた自分は、ただの無計画人間だ。夢を全て諦めたわけではないが、バイトをしていることは私にとって、オトナになるという一つの妥協点になった。バイトをしないと遊ぶお金もないし、欲しいものを買うお金もない。

「お疲れ様でした」

 私は店に声を響かせて、帰る準備を始めた。そうしていると、やはり雀のことが気になってきたので、足早に店を出た。

 十分ほど歩いて、雀のいた場所がうっすらと見えてきた。このブロック塀の横あたりに、と雀を確認しようとしたが、そこには何も残っていなかった。

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蒼井 狐 @uyu_1110

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