ギフト

とみき ウィズ

第1話

「ギフト」  第1部

                        

                      とみき ウィズ





「勇斗」




 アジアの片隅にある日本と呼ばれる国のある地方都市。


 中心部にある駅を囲んで中規模の商業地があり、その周りを住宅地、工業地が囲んでいるごくごくありふれた地方都市だ。

 中心部からしばらく東に向かうと、そこここに藪や林が残っている中を幅50メートルほどの川が北から南に物憂げに流れていた。

 人の通る所から離れた川原には今は使われていない粗末なプレハブ小屋がひっそりと建っていた。

 小屋の中は4畳ほどの土間に簡単な流しがありその奥が4畳半の畳敷きになっている。

 小屋の裏手は一面雑草が生えていて9月の終わりの午後の風が物憂げに草の葉を揺らしていた。

 プレハブ小屋の裏に草を抜いて土をならした一角があり、大小様々な大きさの土饅頭が並んでいて、それぞれの土饅頭には小枝で作った十字架が差してあった。

 小学5年にしては少し小柄で華奢な感じの男の子が、何かを両手に持って小屋から出てきた。

 

 彼の名前は勇斗。

 この小屋は勇斗の秘密の隠れ家なのだ。

 勇斗は高い青空を見上げ、神経質そうな目を細めると小屋の裏手のささやかな墓地に廻った。

 手に持った板切れには小魚の死体が乗っている。

 学校の帰りに川原の道端に落ちていたものだ。

 勇斗は墓地の端に置いてあるシャベルを拾うと新しい穴を掘って小魚を埋めた。

 そして、小屋に戻るとさっき作ったばかりの十字架を持ってきて、小魚が埋まっている土饅頭に差した。

 

 勇斗は新しい墓にしばし頭をたれて目をつぶった。

 やがて顔を上げ墓地を見回し、川のほうを眺めた。

 勇斗はズボンのしりのポケットから3枚の原稿用紙を取り出した。

 クシャッと丸めてポケットに突っ込んだらしく原稿用紙はしわくちゃになっている。

 勇斗は原稿用紙のしわを伸ばして眺めた。

 宿題で勇斗が書いた作文だ。

 勇斗はその終わりのくだりを黙読する。


『結局、世の中のいい奴も悪い奴もみんな死んでしまってお墓だけになれば、この世界は静かで平和になると思う。なんの争いも諍いも無い平和な世界。そんな世界になれば良いなと思います。』


 勇斗は作文を返された時の教師の顔を思い浮かべた。

 エロガッパというあだ名がつけられた小太りで20代後半の男の教師。

 親達からは教育熱心で真面目と見られているが、感の強い子供達はすぐにその正体を見抜いて適切なあだ名がついた。

 

 エロガッパは生徒を一人ひとり教壇に呼び、小声で感想を述べながら作文を手渡してゆく。

 勇斗が呼ばれ、教壇に行くとエロガッパはにこやかな顔で勇斗だけに聞こえるように小声で話した。


「つまんね、おめぇみたいなのが包丁振りまわしたり、毒撒いたりすんだよ。はよ死ねや」


 無言で作文を受け取る勇斗。

 エロガッパは次に呼ばれた女子生徒に顔を近づけて小声で話しながら、女子生徒の髪の毛のにおいを嗅いでいる。

 勇斗は赤ペンで作文の終わりに書き込まれたエロガッパの感想に目を通す。


勇斗君。先生はこの作文を読んで悲しくて泣きそうになりました。

もう一度命の大切さを考えてみよう。

君の家族や君の友達、もちろん君だって、みんな素敵な「命」を持っているのだからね。


 エロガッパは賢く巧妙なのだ、決して親に目がつく証拠を残さない。

 勇斗は歯の浮くような、親の目に留まるように嫌らしく装飾されたエロガッパの書き込みが入った作文をびりびりに破き、丸めると雑草の海に投げ捨てた。

 勇斗は青空に呟いた。


「エロガッパ。偽善者。お前が死ね。すぐ死ね」


 勇斗は大人の狡猾さを呪い、その偽善を呪い、未成熟な自分の無力さを呪った。

 その己の心情でさえうまく言葉にできない勇斗は眉間にしわを寄せて川原を眺めた。

 風が勇斗のシャツをはためかせた。



『インタビュー』


インタビュアー「勇斗くん、君の夢は何かある?」

勇斗     「この世界の全ての生き物が、いい奴も悪い奴も死んじゃってお墓だけになれば、醜い争いとかが無くなっていいと思います」

インタビュアー「…」


勇斗、顔をこわばらせて俯く。





「ちひろ」




 勇斗は背中に視線を感じて振り向くと、小屋の影から少女がじっと勇斗を見つめていた。

 勇斗と少女の視線が合った。

 何か決意を秘めたような少女のまっすぐな視線に、勇斗はたじろいで俯いた。

 少女は怒っている様な、笑うのをこらえているような不思議な表情を意志の強そうな顔に浮かべている。


「…何?何か用?」


 勇斗は俯いたまま尋ねた。


「お墓…」


 少女は勇斗のそばに来て両手に持ったものを差し出した。


「この子にお墓を作りたいの」


 顔を上げた勇斗は少女の手のひらの上で息絶えている小鳥を見た。

 小鳥に指を当てて勇斗は死んでいるのを確認した。


「どうしたんだろう?なぜ死んだの?」

「医者じゃないからそんなこと知らない」


 頬を紅潮させた少女はぶっきらぼうに答えた。

 勇斗は少女の顔をまじまじと見た。

 少女はまっすぐに勇斗を見据えてる。


「わかった、お墓を作ろう」

「ありがと」

「俺は十字架を作るから、お前はそこに穴を掘ってよ」

「うん」


 少女は小鳥の死骸をポケットから出したハンカチの上に横たえると、勇斗が埋めたばかりの魚の隣にしゃがんでシャベルで穴を掘り始めた。

 勇斗が小屋で十字架を作って持ってくるまでに、少女は穴を掘り終えハンカチに包んだ小鳥の死骸を穴の底に横たえた。


「お前が飼ってた鳥?」

「ううん、でも、毎朝うちのアパートの庭に来てたの。

 今日の朝、冷たくなってた」


 勇斗は小鳥を埋めながら少女の横顔を見た。

 見覚えがある顔だ。

 よく学校帰りに他の子供からランドセルを蹴られたり、殴られたりしているのを見たことがある。

 その時も少女は特に感情を見せるでもなく、子供達を無視してじっと口を引き締めて前だけを見て歩いていた。


「おまえ、何年?」

「4年」

「名前は?」


 少女が勇斗に顔を向けた。


「人に名前を聞く時は自分が先に名乗る物なの!」

「…ごめん、俺は小林勇斗。5年2組」

「あたしは木下ちひろ。4年1組よ、お墓を作ってくれてありがとう」


 勇斗は十字架を墓に差した。

 ちひろが両手を合わせて祈っている。

 勇斗はその間、ちひろの隣でしゃがんで空を見つめていた。

 やがて少女が立ち上がった。


「おまえ、よく苛められてるよな?」

「…あいつら、馬鹿ばっかりだから気にしてないわ。お墓にお花とかお供えしないの?」

「ああ、特にはしてないよ」

「寂しいじゃない、これじゃ」

「そうかな」

「あたし、花を摘んでくる。

 そういえば勇斗もいつも一人で歩いてるね。」


 ちひろはそう言い残すと川原に走り出した。

 勇斗は、また俯いてしまう。


『インタビュー』


インタビュアー「ちひろちゃん、あなたの叶えたい夢は何?」

ちひろ    「私やお母さんを苛めてる人達がスンゴクつらい人生を送って、悲惨な死に方をして欲しいのが私の夢です」

インタビュアー「…」


ちひろがにっこりと笑顔を浮かべてかわいらしく首をかしげる。





「尚輝」




 ちひろはその後も時折学校帰りに勇斗の小屋を訪れてせっせと墓場を花で飾ったり、十字架を直したりした。

 勇斗はそんなちひろを黙認するような形で受け入れた。

 ちひろはほぼ毎日小屋にやってくるようになった。

 ある日、ちひろが勇斗に声を掛けた。


「勇斗、お墓の周りに石垣をつくろうよ」

「ちひろ、俺のこと呼び捨てにするなよ、一応年上だし…」

「…勇斗さん…ぷっ!」


 ちひろが腹を抱えて笑い出した。


「なんかおっかしー!」


 勇斗は俯いた。


「…勇斗でいいよ」

「笑ってごめんね。ところで、お墓の周りを石で囲いたいんだけど。手伝ってよ」


 勇斗とちひろは川原のあちこちで石を拾い集めた。

 勇斗が拾ってきた石を、ちひろがあれこれと吟味しては置く順番を決めてゆく。

 ちひろが気に入らない石を時々ぽいと投げ捨てるのを勇斗は見て尋ねた。


「ちひろ、良く判んないんだけど、どういう感じで石を選んでいるの?」

「…感性…」

「ふーん」

「勇斗はさぁ、何でお墓を作るようになったの?」

「…昔、映画で見たんだ。

 俺達ぐらいの子がこんな風にお墓をたくさん作るんだ。

 父さんが映画が好きだったんだ。

 『禁じられた遊び』って言う映画…父さん泣きながら見てたな」

「勇斗、父さんて呼ぶんだ」

「ちひろは?」

「パパ…でももう、いないんだ。

 ママと離婚したの」

「ふーん。…DVとか?」

「昔だから良く覚えていない、顔も忘れちゃったもん。勇斗のパパはどんな人?」

「優しかったよ、すごく、警察官…だったんだ。

 でも2年前に悪い奴に撃たれて死んじゃった」

「…お互いに苦労するねぇー!」

「ほんとほんと」


 勇斗とちひろはほろ苦い微笑を交わした。

 2人のやり取りを草に身を沈めて遠くから伺っている者がいた。

 しばらく2人を伺っていた人物は、無器用に後ろ向きに這いずりながら後退した。

 勇斗が草の動きに気付いた。

 50メートルほど先の草の海が途切れたところでその人物が立ち上がり、何気ない体を装いながら歩いていった。

 勇斗は小屋に走って行き、押入れに隠してある双眼鏡を持って戻って来た。

 ちひろは何がなんだかわからないと言った表情で双眼鏡を構えた勇斗の隣に立った。


「えっ、なになになに?」


 勇斗は歩き去る人物に双眼鏡の焦点を合わせた。


「…なんかデブな奴がこっちを見てた」

「知ってるデブ?」

「見たことある感じのデブ」

「ふーん」


 翌日の午後、勇斗の小屋に昨日2人をじっと観察していた人物が現れた。

 かなり太った子供で、大きなリュックサックを背負い、そろそろ涼しい風が吹き始めた9月の下旬にしてはかなりの汗をかいていた。

 太った子供は小屋で十字架の修繕をしていた勇斗とちひろの前に、背負ったリュックサックからポテトチップの袋とコーラの缶をいくつも並べて置いた。

 太った子供はニコニコとしているがその笑顔はどこかこわばっていた。

 顔を見合わせる勇斗とちひろにその太った子供が話しかけた。


「僕、5年4組の大沢尚輝って言うんだ。

 お願いを聞いてくれたらこれ、全部あげる」

 

 勇斗が腕を組んで尚輝を睨んだ。


「おまえ、昨日俺達のことずっと見ていたろう」

「見てないよ」

「見てたろう」

「見てないよ」

「見てたろう」

「見てないよ」

「見てたろう」

「ごめんなさい」


 尚輝が頭を下げた。

 ちひろが無遠慮にコーラの缶を開けながら尚輝に尋ねた。


「ところで頼みって何?」

「うん、僕の大事なものをこの小屋にしばらく置いて欲しいんだけど」


 勇斗もコーラを飲みながら尋ねた。


「大事なものって何?」

「漫画の本とテレビゲーム」

「なんで?家に置いとけばいいじゃん」

「でも、ママンが…」


 ちひろの顔がこわばった。

 勇斗は尚輝が何を言っているのか判らずに聞き返した。


「えっ?今なんていったの?」

「うちの、ママンが最近うるさいんだ」


 ちひろの顔が笑いをこらえようと爆発寸前になっている。

 勇斗が小声でママンと呟く。

 笑いをこらえている勇斗の手もプルプルと震えていたが気を取り直すようにコーラを一気に飲む。


「ママンだけならいいけど最近はパパンもうるさく…」


 ちひろがプーッとコーラを噴出した。


 勇斗が両手で口を押さえて必死に噴出すのをこらえたが、勇斗の口の中のコーラは炭酸の行き場がなく、勇斗の両方の鼻の穴からシュワジュワッとあふれ出してきた。


「きゃー!きったなーい!信じられない!ちょっと!鼻から出てるー!きゃぁー!」


 ちひろは勇斗の顔を見てパニックに陥り、コーラの缶を投げつけた。

 勇斗は口と鼻を押さえながら小屋から外に走り出た。

 この騒動を尚輝はポカンと見ている。

 腹を押さえて笑い転げるちひろに尚輝が尋ねた。


「僕、なんかへんな事言った?」




『インタビュー』


インタビュアー「尚輝君は将来の夢とかある?」

尚輝     「将来は、朝から夜まで漫画を読んでテレビゲームしてメイドがいっぱいいて、ポテチやパフェとか食べ放題になったらいいと思います」

インタビュアー「…」



尚輝、ポケットからナッツバーを取り出して嬉しそうに食べる。





「侵入者」




 落ち着きを取り戻した勇斗が小屋に戻って来た。

 ちひろもやっと笑いの発作が治まった。

 勇斗が腕を組み尚輝に重々しく言った。


「ここでは、お父さんやお母さんのことをパパンとかママンとか言うのは禁止」

「えー!なんで、パパンはパパンでママンはママンだよ!」

「おまえ、今までよく苛められなかったな」

「ママンに言いつければあっという間に解決だよ。

 家はPTAの会長だから先生に強いんだ」


 勇斗とちひろは顔を見合わせた。


「そんなんじゃ、あんた、友達なんかいないんじゃない?」


 ちひろの問いに尚輝はけらけらと笑った。


「君達だって、本当の友達なんているの?」

「…」

「無理に友達を作ろうとしても、疲れるだけだよ。

 苛められなきゃ一人のほうが楽」

「よし、判った。この小屋に漫画とかゲームとか置いても良いよ」

「勇斗!」

「しかしルールを作るからそれには従ってもらうよ。

 この小屋を使う限りはやっぱりルールが必要だと思うんだ。もちろん、ちひろも、僕だってそのルールは守らなくちゃ駄目だという事」

「どんなルールよ?」

「ひとつ、この小屋の事はこの3人以外誰にも言わない事」

「それから?」

「ゴキブリとかでたら嫌だから食べ物のかすとかをきちんと捨てること」

「それから?」

「…尚輝君もここを使う以上はお墓の手入れとか手伝う事」

「えー!お菓子とか持ってくるから良いじゃん。駄目?」

「俺達、お菓子が欲しくてここにいるわけじゃないもん」

「そうよ、尚輝もここを使うなら手伝いなさいよ!」


 尚輝はしばらく頭を抱えていたが、決心がついた。


「わかったよぅ、やればいいんでしょ」

「よし、俺、5年2組の小林勇斗、宜しくね」

「私、4年1組の木下ちひろ、お墓の手入れサボるんじゃないわよ」

「え?君、年下なの?」

「なんか文句ある?」

「…いや、無い」

「それと、あたし、ポテチはコンソメ味が好きだからね」

「…はい」


 尚輝が俯いてもじもじした。


「あのさぁ、やっぱりママンとか言っちゃ…駄目?」


 勇斗が頬の辺りに力をこめて答えた。


「…それは…別に良いよ」


 ちひろが無理にはしゃいだ声で言った。


「あたし達が慣れればすむ事だからね!」


 その日の午後、尚輝は何回か家と小屋を往復してかなりの量の漫画本を運び込んだ。

 3人は、小屋の畳敷きのところを何とか寝転べるくらいにきれいに掃除をしたり、ダンボールで折りたたみ式のカーテンをつけたりと、小屋を住み心地の良いように手を加え始めた。


 そして、9月が終わり10月の半ば頃。

 勇斗と尚輝が学校帰りに小屋に行くと、ちひろが小屋から離れた所で心細い表情を浮かべて立っていた。


「ちひろ、どうしたの?」

「小屋に、変な人がいる」


 勇斗はついに来るものが来たかと感じた。

 人通りから離れていてもいつかは誰かが小屋の存在に気付いて何かちょっかいを出してくると覚悟をしていたのだ。

 3人は恐る恐る小屋に近づくと窓から中を窺った。

 華奢な体つきをした若い男のホームレスが大きなズタ袋を足元において小屋の土間に腰を下ろしている。

 3人はそろそろと小屋を離れて裏手の墓にしゃがみこんだ。


「勇斗どうする?」

「僕の本とか大丈夫かな?」


 ちひろと尚輝が不安そうに勇斗の顔を見つめた。

 尚輝とちひろに見つめられて、勇斗は笑顔でうなずいた。


「実はこんな時に備えて、武器が隠してあるんだ」


 勇斗は小屋の床下に手を入れると大きな段ボール箱を引きずり出した。

 尚輝とちひろが見ている中で勇斗は箱から、金属バットを2本取り出すと一本を尚輝に渡した。


「ちひろは腕力が無いから…これ」


 勇斗が全長一メートルほどの吹き矢のパイプを取り出してちひろに渡した。


「これって、ふき…」


 勇斗が、凶悪に研ぎ澄まされた長めの刃がついた矢をちひろに手渡す。


「矢は3つしかないから慎重に使って」

「勇斗、でもこれ…当たったら怪我するよ」

「脅して逃げないようだったら、逆に襲ってきたら怪我させるしか無いっしょ。

 俺と尚輝がバットで前に出るからちひろは離れたところから援護してね。尚輝、頼むぞ!」

「うん!」


 勇斗と尚輝が目をきらきら輝かせて張り切ってバットの素振りをしているのを見てちひろはため息をついた。


「なんでこんな時に張り切るのよ…男ってしょうがないわね」


 と言いつつ、ちひろも手早く髪の毛を後ろにまとめて吹き矢をパイプに装填した。

 勇斗と尚輝がバットを構えて小屋の扉に近づく。

 その後ろをちひろが吹き矢を口に当てて続いた。

 勇斗が2人を見て小声で合図をすると尚輝とちひろが頷いた。

 勢い良く扉を開けた勇斗が小屋の中の男にバットを構えながら叫んだ。


「そこを動くな!ここは俺達の小屋だぞ!」


 土間に座っていたホームレスは驚いて、体を縮ませながら小さく両手を挙げた。


「すぐ小屋から出て行け!」


 勇斗が叫ぶと尚輝やちひろも口々に出て行け!と叫んだ。

 ホームレスは震えながら汚れたバッグに手を入れた。


「まて!何を出す気だ!ぶん殴るぞ!」


 ホームレスは害意を持ってないことを示そうと引きつった顔に笑顔を浮かべたままバッグの中をまさぐった。


「なんだ!何を出す気だ!何か言え!」


 ホームレスが引きつった笑顔のままかぶりを振る。

 そしてゆっくりとバッグから出された両手にはちびた鉛筆と薄汚れた大学ノートが握られていた。

 ホームレスがノートを開くと何かを鉛筆で書いた。

 勇斗たちの前にノートを見せるホームレス。

 ノートには幼稚な字で おねがい ここにとめて

と書いてあった。


「駄目だ駄目だ!お前みたいな汚い変な奴なんか泊めるもんか!」

「そうだそうだ!早く出て行け!」

「きもい!へたくそな字!」


 勇斗たちが口々に叫ぶ。

 ホームレスが悲しそうな顔でさらにノートに書く。


 おねがい ぼく いいひと おねがい


 そして、ホームレスは勇斗たちにノートを見せながら両手を合わせて、ぺこぺこと頭を下げた。


「あー、だめだめ!」

「早く出てってよー!」

「出てけ!」


 ホームレスが泣きそうな顔に精一杯の笑顔を浮かべてまたノートに書

く。


おねがい みんな やさしい


「ざぁんねぇん!俺達、優しくなんかねぇもん!」


 尚輝が叫んだ。

 午後の曇り空が一段と暗くなり、遠くからゴロゴロとくぐもった雷音が聞こえてきた。


「とにかく、ここにいられると迷惑なんだよ!

 早く出てけ!」


 勇斗が叫んだ。

 ホームレスが焦ってノートに鉛筆で書こうとしたが芯が折れた。

 ホームレスが慌ててバッグの中をかき回し、鉛筆を削ろうとカッターナイフを取り出した。

 勇斗と尚輝がカッターナイフを見て後ずさりし、ちひろは吹き矢のパイプを口に当てた。

 目も眩むような稲光とともに、轟音を上げて雷が落ちた。

 ちひろがパイプを口に当てたまま悲鳴を上げた。

 吹き矢がパイプから勢いよく飛び出し、尚輝の左の尻に深々と突き刺さった。


「んがあああ!いってぇええええええ!」


 尚輝が尻から血しぶきを上げてバットを放り出し土間に倒れた。

 ちひろが吹き矢のパイプを下ろし、力の無い目で尚輝の尻を見つめた。

 尚輝がうつぶせに倒れ、根元まで刺さった吹き矢を抜こうとするが、夥しい出血で尚輝の手は血まみれになり、矢を握れないでいる。


「きゃー!きゃー!きゃー!」


 吹き矢のパイプを投げ捨てたちひろがパニックを起こし悲鳴を上げ続けた。

 尚輝が動くたびにびゅっびゅっと出血している。

 勇斗がバットを投げ捨てて尚輝に近寄り尻に刺さった矢を抜こうとするが恐怖のためなかなか矢を掴めないでいた。

 尚輝の尻から鮮血が溢れた。






続く

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