第15話 置き去り
「起きなさい。こんなところで何をしているんだ」
「ううん……」
体を揺さぶられて、シルキドの目が覚める。めのまえにし、心配そうな顔をした教師と生徒たちの姿があった。
「ここは……?」
゛やれやれ。ダンジョンの奥で寝込むとは……いつまでたっても帰ってこないから心配していたんだぞ」
教師たちは、シルキドにそう説教する。
「それで、王子たちはどこに行ったんだ?」
「王子……はっ?」
意識がはっきりすると、王子が自分を眠らせてワルドを連れ去っていったことが思い出された。
「先生、早く王子を止めてください。彼は何かとんでもないことを企んでいます」
「とんでもないこと?」
「詳しくはわかりませんが、彼らは魔王城に行く言っていました」
それを聞いた教師も真っ青になる。
「バカな。いくら王子たちが高レベルだといっても、彼らだけで魔王と戦えるはずはない。すぐに連れ戻すぞ」
そういうと、慌てて魔王城に赴く。しかし、城に近づいても魔物の一匹も出ず、城内はシーンと静まり返っていた。
「魔物が出てこない……」
「もしや、王子たちがすべて倒してしまったのかも」
警戒しつつ進んでいくと、魔王の間らしき重厚な扉が付いた広間に出る。
「ぐぬぬ……もしや王子たちはこの中か?仕方があるまい。みな、行くぞ!」
教師たちは、決死の覚悟を決めて中に入る。そして部屋の中に入るなり、ポカンとした顔になった。
「ぐへへへへ、魔王を倒したぜ」
「やったな」
「これで次の王位はエーリッヒ王子のものになりますね」
部屋の中央で仁王立ちして高笑いする王子と、彼を褒めたたえる側近のゲオルグとヘルマン。
「ふふふ。こんなに財宝を手に入れることができたわ」
金銀財宝をジャラジャラともてあそびながら、ニヤニヤと笑うローズレット公爵令嬢。
「女神ロース様。邪悪なる堕人王ダニエルを倒しました。あなたの忠実な僕に神の恩寵と栄光を」
ひたすら腕を組んで、祈りを捧げるクラウディア侯爵令嬢。
あまりにも異様な光景を見て、教師と生徒たちは立ち尽くすのだった。
「遅かったな。魔王は俺たちが倒したぜ」
部屋に入ってきた教師たちに向かって、エーリッヒ王子はドヤ顔をする。
「ほ、本当に魔王を倒したのですか?」
「ああ。この城から魔物がいなくなっているだろう?みんな逃げていったぜ……」
「た、確かに……」
そう言われて、彼らも信じる気になる。
「やった!王子が魔王を倒したんだ!」
「新たな勇者の誕生だ!」
湧き上がる歓声の中、ただ一人シルキドだけは、この場にパーティメンバーの一人がいないことに気づいていた。
「ワルドは?どこにいるの?」
詰め寄ってくるシルキドに対して、王子は不快そうに顔をしかめた。
「なんだよ。皆が喜んでいるのに。水を差すなよ」
「質問に答えて!ワルドはどこにいるの?」
必死な形相で迫ってくるので、王子はうっとうしそうに答えた。
「ああ、あいつなら魔王に食われちまったぜ。まあ、所詮は荷物持ちだ。なんの役にも立たなかったな」
「そんな……」
ワルドが殺されたと聞いて、シルキドはへなへなとその場にへたり込む。
「なんだよ。あんな平民、どうでもいいだろうが。それより、俺は城に戻ったら王太子になるだろう。お前も勇者パーティの一人として戦ったんだ。俺の妾にしてやっても……」
「触らないで!」
王子から差し出された手を、振り払うシルキドだった。
「ここは……どこだ?」
亜空間に呑み込まれたワルドの目が覚めると、周囲には漆黒の闇が広がっていた。
無数の光点がはるか遠くに見えるが、ワルドがいるところは暗くて寒い。
まるで自分が世界に一人だけになってしまったような孤独感に襲われ、ワルドは恐怖のあまり絶叫した。
「誰か!誰かいないかーーーー!」
声の限り叫ぶと、渋い男の声が返ってきた。
「おいたわしや。ワルド様。あなた様の僕、堕人王ダニエルはここにございます」
ワルドの前に、鋭い角と爪をもつ黒い肌の魔王が現れ、その場に跪いた。
「ワルド様。ご無礼を働きました。あなた様に敵対したこと、われら駄人族何千何万もの命をささげても償い切れぬ罪なれど、心から謝罪させていただきとうございます」
ダニエルは、そういって深く深く頭を下げていた。。
「えっ?」
いきなり魔王に謝罪されて、ワルドは訳が分からなくなる。
「えっと……どういうことなんだ?」
そんな彼を、ダニエルは憐憫と同情がこもった視線で見上げた。
「今のあなた様には告げることを許されておりません。ここは、遥かなる時を遡りし彼方の世界。あなた様にはこれからどうか果てしなき孤独を耐え忍び、我らをお創造りいただけるように心からお願い申し上げます」
そういって再び頭を下げたとき、空間に穴が開いて銀色の円盤が現れた。
「迎えがきたようです。では、私はこれで……」
円盤から一筋の光が発せられると、ダニエルの姿が消えていく。
「待ってくれ、どういうことなんだ。僕を置いていかないでくれ」
ワルドは置いていかれまいと慌てて縋り付こうとするが、無情にも円盤は空間の穴に消えていってしまう。
後は無限に広がる闇の中、ワルドただ一人だけが取り残されるのだった。
どこまでも続く、暗い闇が広がる虚無の空間。ただ何もない無限の虚無のみが広がっている。
しかし、その虚無の空間には物質が存在しない代わりに、エネルギーが充満していた。
その闇の中に、元の世界から追放された、ひとつの物体が漂っている。
「……」
それは、ただひたすら存在し続けようとあがいていた。
「腹が減った……死にたくない」
物体の一部に切れ目が開く。それは白い歯が生えた口だった。
その口が開くと、大きな音と共に周囲のエネルギーが吸い込まれていった。
物理学の世界では、物質が分解してエネルギーになり、エネルギーが集まって物質になることが証明されている。そのエネルギーをコントロールするものが「意識」である。
意識=エネルギーの方向性を決めるものがこの無限のエネルギーをもつ世界に現れたことで、周囲のエネルギーが一気に集中し、物質に変換される。
周囲のエネルギーを取り込んでいった物体は、徐々に巨大化していった。
巨大化が限界に達すると、内部から破裂し崩壊する。しかし、飛び散った破片は「ワルドの意思」により引き戻され、再び一つにまとまり、さらに巨大化していく。
その繰り返しで、いつしか物体は元の形を失い、ひとつの巨大な球体と化していた。
「死ねないのなら……奴らに……復讐する……たとえ……この身が……何に成り果てようとも……」
その物体……元人間であったワルドは、ただひたすら生き続けようとエネルギーを取り込み続けるのだった。
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