第10話 虐め
「ほら、しっかりしなさい。あんた貴族になるんでしょ。これぐらいのことでびびってるんじゃないわよ」
そんなワルドを、シルキドは容赦なくしかりつけてきた。
「あ、ああ。助かったよ。だけど、君が作ってくれた剣を取られてしまった」
「あんなの、いくらでも作ってあげるわよ」
「ありがとう」
ワルドはシルキドの目を見つめて、感謝する。すると、なぜかシルキドの顔が赤くなった。
「あ、あんたを助けたのは、あんたの力がこれから必要になると思ったからだからね。勘違いしないでよ!あんたみたいなやつ、ただの荷物持ちなんだからね!」
そういってプイッと顔をそむける。
「あ、ああ……なんだろう。この胸のときめきは……罵倒されているのに、胸がきゅんとなる」
そんなシルキドを見て、ワルドは心が温かくなっていくのを自覚するのだった。
「ワルド様……大変!お服が汚れていますわ。すぐに洗濯しないと」
部屋に戻ったワルドを出迎えたローズは、汚れた制服をみて慌てて脱がそうとする」
「い、いいって。これくらい平気だから」
「いけません。我らが主をそのような汚れた服のままにしておくなど!」
そういって、容赦なく服を脱がせる。そしてどこからか新品の制服を取り出して着がえさせた。
「替えの制服なんて、なんで持っているんだ」
「それは、天空森ウィッグから取り寄せて……げふんげふん。一応予備として用意していたのですわ」
「そうか、ありがとう」
礼を言ってテーブルに座ると、ローズはすぐに紅茶をもってきた。
「おいしいな。こんなの初めて飲んだよ」
「それは、ここから離れた平原ウェストウッド国のエルフが育てた最高級の紅茶ですから」
ローズはそういって自慢する。
「へえ、そんなのよく手に入ったね」
「エルフたちに命令したら、喜んで提供して……じゃなくて、たまたま王都で見つけたんです。ワルド様に喜んでいただいて、うれしく思います。あ、お菓子もありますよ」
ローズは嬉しそうに、甲斐甲斐しくワルドの給仕をする。
「それにしても、どうして服があんなに汚れたのですか?」
「実は……」
今日あった出来事を話すと、ローズの顔が険しくなり、無言で部屋を出ていこうとした。
「あれ?どこに行くの?」
「今から、ワルド様に無礼を働いた奴らを殺しにいきます。あんな恩知らずども、何百回殺しても罪を償いきれません。いっそ王国ごと滅ぼして……」
ギラギラと光るナイフをスカートから取り出して、そうつぶやく。そんな彼女が恐ろしくなって、ワルドは必死に止めた。
「いいって。頼むからやめてくれ」
「ワルド様がそうおっしゃるのなら。でも、ワルド様に無礼を働くなど。やはり人間は滅ぼしたほうがいいんじゃないかしら……」
怖い顔でそうつぶやくルーズだった。
つつがなく入学式が終わり、ワルドは学生生活を始める。
しかし、クラスで相手にしてくれるのは土の属性をもつ辺境貴族たちだけで、他の属性の貴族たちからは「平民」としていじめられていた。
「うわ……またやられているよ」
机の中の水浸しにされた教科書を見て、ワルドはため息をつく。その他にも陰口を叩かれたり、物を隠されたりと陰湿ないじめを受けていた。
「いったい僕が何をしたってんだ」
落ち込みながら歩いていると、シルキドが男子たち絡まれているのが目に入った。
「ほう。いい匂いだな。クッキーを焼いたのか」
「……ええ。友人に食べさせてあげようと思って」
シルキドは絡んできたエーリッヒ王子に、うっとうしそうに答える。
「ふっ。プレゼントがクッキーとはね。田舎者にふさわしいな」
「ゲオルグ、そんなことを言うものじゃないですよ。彼女だって好きで田舎に生まれたわけじゃないんですから」
ゲオルグのからかいを、ヘルマンは揶揄まじりにたしなめた。
「こほん。それじゃ、俺たちが都会の作法を教えてやるよ。俺のお茶会に出て、皆にクッキーをふるまうがいい」
「結構です。急いでいるので」
そういって立ち去ろうとするシルキドの腕を、エーリッヒが掴んだ。
「待てよ。王子である俺が誘ってやっているんだぞ。それを断るとは、どういう了見だ」
掴んだ腕をギュッとつかみ、睨みつける。
「そういわれても、興味がありませんので」
それを聞いた側近の二人は、激怒した。
「生意気な!」
「無礼な田舎者をしつけてやる!」
ゲオルグとヘルマンが、二人がかりで殴り掛かってくる。
シルキドは冷たい目で見ると、二人のパンチを素手で受け止めた。
「ば、バカな……」
「残念ですけど、その程度の攻撃、痛くもかゆくもありません」
そういうと、二人の腕をつかんでぽいっと投げ飛ばす。二人は地面にたたきつけられて気絶した。
「う、美しい……まさに戦いの女神だ……」
エーリッヒは、そんなシルキドの姿をみてうっとりとしている。
(き、気持ち悪い……)
そんな王子の様子を見て、シルキドの背中に悪寒が走った。
そのまま一礼してその場を去ろうとすると、厳しい声がかけられる。
「お待ちなさい。あなた。王子たちをいじめて、どういうつもりなの?」
そう責めているのは、緑色の髪をした令嬢、ローズレット・フリードリヒだった。
「虐めていたわけではありません。か弱い淑女に暴力をふるおうとした男どもに、お仕置しただけです」
シルキドは彼女に絡まれても動じず、言い返している。
「あらあら、とぼけちゃって。本当に乱暴なお方ね。あの卑しい平民にお似合いのお方だわ」
「まあ、そんな気持ちがあることは否定しませんけどね。実際、彼は役に立つし、顔もイケメンですし。婿として我が家に迎えるのもいいと思いますね」
シルキドはワルドを持ち出してあてこすられても、腕を組んで平然としている。
「貴族として恥ずかしくないんですか?「空」という新属性を持つからといって、あんな平民に媚びへつらって。貴族なら貴族らしく、誇りをもって平民を従わせるべきでしょう」
そういって、隣にいたクラウディア・ヒンデンブルグがバカにしてくる。
それを聞いたシルキドはため息をついて、静かに諭してきた。
「はぁ。中央のお嬢さんたちって、本当に人間関係の基礎もわかってないのね。いい?人間って、好意には好意が、悪意には悪意が返ってくるものなのですよ」
「それがなんなのよ!」
いきりたつ少女たちに、シルキドはさらに告げた。
「わからないんですか?女神から与えられた新しい属性である『空』を取り込みたいなら、まず友人になることです。上から目線で接しても、反発されるだけですよ」
そう言って、ぷいっと顔をそむけた。。
「あんた!たかが男爵家のくせにその態度はなんなの?土属性の盟主の娘がそんな態度とっていると、他の貴族から孤立するわよ」
「だったら、土属性の貴族家と連携して、他の領への食糧の輸出を停止するだけですね。困るのはそっちですよ」
そう言い捨てて、その場を去っていく。ワルドはほかの貴族に責められても一歩も引かない彼女の強さにあこがれてしまった。
「シルキドは強いな。僕も彼女を見習おう。こんな虐めなんてなんだい。僕も彼女みたいな貴族になるんだ」
いじめに屈しないシルキドを見て、強くなろうと決意するワルドだった。
部屋に戻ったワルドは、にやにやしているローズに迎えられる。
「ご主人様。ご学友が遊びにこられていますわよ」
部屋の中を見ると、シルキドが紅茶を飲んでいた。
「遅かったじゃない。これ、食べなさいよ」
そういって、クッキーを差し出してくる。
「ああ。ありがたくいただくよ」
出されたクッキーは不揃いで味もしょっぱい物が多かったが、なぜか甘酸っぱく感じるのだった。
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