第9話 貴族たち
新しくメイドになった奴隷、ローズは、驚くほど献身的にワルドに仕えていた。
「ワルド様。なにが御用はございませんか?」
ピカピカになった室内で、跪きながら聞いてくる。ただの辺境の村の農民の子供だったワルドは、あまりにも忠実に仕えられて困惑していた。
「べ、別に用はないけど……」
「そうですか。では、いつでも何なりとお申し付けください。私、いえ私どもはあなた様に無限のご恩を与えられた者。あなた様のためなら、魂まで捧げても悔いはございません」
そういってキラキラした目で見上げてくるので、ワルドは居心地が悪くなった。
「い、いいって。そうだ。僕は鍛錬してくるから」
「では……私もお供を」
「いいって。好きに過ごしていて」
そういって、部屋を飛び出して学園の練武所に向かう。その姿を、ローズは憧れの視線で見送っていた。
「やれやれ。奴隷ってあんな人ばかりなんだろうか。いくら買い受けしたからって、あんなに感謝してもらわなくてもいいんだけどな」
そう思いながら訓練所にいくと、大勢の貴族たちが武器や杖を振って鍛錬していた。
「やっぱり貴族って、強そうな人が多いな。僕は果たしてうまくやっていけるんだろうか」
不安に思いながら、シルキドに使ってもらった剣を取り出して素振りを始めると、いきなり金髪の美少年が絡んできた。
「おいお前。見ない顔だな。どこの貴族家だ?」
「え、えっと……」
なんて答えていいか迷っていると、少年は気分を害したように怒鳴りつけた。
「さっさと答えんか!俺はこのロイエンタール王国の第三王子、エーリッヒ・ローエンタールだぞ」
「す、すいません。アイリード村のワルドと申します」
相手が王子だと名乗ったので、ワルドは頭を下げながら丁寧に答えた。
「アイリード?聞いたことがない家名だな。ふん、どうせ辺境の田舎貴族だろうが、爵位は?」
「あの……まだ正式には貴族に任じられていません」
それを聞いたとたん、エーリッヒは怒りだした。
「貴様!平民がなぜこの栄光ある魔法学園に紛れ込んでいるのだ。おい!!」
エーリッヒが叫ぶと、訓練していた貴族たちの中から二人の少年が進み出て、乱暴にワルドの肩をつかんだ。
「怪しい奴め。王子に何をした!」
「警備兵に引き渡してやりましょう」
そのままワルドを追い出そうとしたとき、監督していた神官が慌てて間に入った。
「お待ちください。彼は確かに平民ですが、きちんと魔法学園への入学の許可は下りております」
「なんだと?どういうことだ?」
顔をしかめる王子に、神官は事情を話す。
「こいつが女神から新属性を与えられた者だと?うさんくさいな。おい、ゲオルグ」
「はっ」
「こいつの腕をみてやれ。本当に貴族としてふさわしいか見てやる」
ゲオルグと呼ばれた赤髪の大柄な少年は、ワルドに向き直って告げた。
「王子のお言葉を聞いただろう。俺と戦え」
そういって、剣を抜いて炎をまとわせる。ワルドに向かって問答無用で襲い掛かってきた。
「ひ、ひいっ」
今まで剣の修業など何もしたことがなかったワルドは、その鋭い剣勢におびえて身をすくませてしまった。カーンという音がして、ワルドがもつ剣が弾き飛ばされる。
「なんだそのへっぴり腰は……えっ?」
ゲオルグは、驚いて自分の剣を見つめる。剣はワルドの剣に当たった瞬間、根本からポッキリと折れていた。
「……どういうことだ。俺はレベル5の戦士で、これは名工が作った最高級の剣だぞ。それがこんな平民の剣で折れるなんて……」
納得がいかないゲオルグに代わって、眼鏡をした黒髪の少年が前にでてくる。
「次は僕が魔法の腕をみてあげましょう。魔術師ヘルマンがお相手します」
杖を振るって氷の鞭をつくる。あたり一帯を冷気が支配した。
「いきますよ。アイスランス!」
氷の鞭を一閃させると、空気中の水分が凝固して先がとがった氷柱の槍が生じる。氷柱の槍は、全方位からワルドに襲い掛かってきた。
「ひ、ひええっ」
ワルドは恐怖のあまり、無意識に魔力を振るう。
次の瞬間、空間に浮かんだ穴にすべての槍が吸い込まれていった。
「ば、ばかな。私の魔法が破られるなんて……私は宮廷魔術師の息子で、レベル6もあるんだぞ」
ショックを受けたヘルマンは、ショックのあまりうつろな目をして何事かつぶやいている。
側近の二人が撃退されて、王子は怒りの表情を浮かべてワルドを睨みつけた。
「いいだろう。次は俺が相手……」
「待ってください」
澄んだ声が響き、背の低い美少ドワーフが割り込んできた。
「誰だあの子」
「かわいい……お人形さんみたいだ」
ざわめく貴族たちの注目をあびながら、その美少女は恐れげもなく王子に立ち向かっていく。
「王子ともあろうものが、まだ貴族にも任じられていない平民と戦おうとは、大人気ないではありませんか。それにワルドは側近の二人と戦い、ちゃんと力を示しました。栄光ある魔法学園の生徒にふさわしいと思います」
ワルドをかばってエーリッヒ王子の前にたつ。その勇ましくも美しい姿に、見ていた貴族は感動した。
「そうだよ。名高い高レベル戦士と魔術師と戦って生き残ったんだ」
「認めてやってもいいと思うわ」
そんな声が聞こえてきて、側近の二人はいたたまれなくなる。
「王子……ここはこれくらいで」
「たかが平民をまともに相手にするのも、王族としての品位が下がりますから」
しかし、王子はその声が耳に入らないように、じっとシルキドを見つめていた。
「う、美しい……」
「は?」
「こほん。いやなに。君の名は?」
もはやワルドのことなどどうでもよくなったかのように、シルキドを熱い目で見つめる。
「これは申し遅れました。ノーズ男爵家長女、シルキド・ノーズと申します」
シルキドは完璧な貴族の令嬢としての礼節を守って、一礼した。
「そうか。男爵家の娘か。まあいい。どうだ。この後俺が開くお茶会にでも……」
「王子、それはいけませんわね」
ふわっといい匂いがする風が吹き、緑色の髪をした優美な令嬢がやってくる。彼女は水色の髪をしたシスター服をきた少女を従えていた。
「仮にも私の婚約者である王子が、このような身分の低い端女などに声をかけられるなど、王家の権威に傷がつきますわ」
「ろ、ローズレット。これはだな、そうじゃなくて……」
王子は彼女に弱いのか、何か弁解しようとしてしどろもどろになっている。
「ローズレット様のおっしゃられる通りでございます。『光」の属性を持つ王家の王子として、恥ずかしくない振舞いをなさってくださいな。そのような土くさい家の娘、相手をしてはなりません」
「クラウディア嬢まで……」
王子は彼女に責められて、汗をダラダラと流していた。
(……なあ、あの二人は?)
(『風』の属性の盟主フリードリッヒ家と、『水』の属性の盟主ヒンデンブルグ家のご令嬢よ。国内の「流通」と「傷治療」を担う家だから、王家も無碍にできないみたい)
ワルドの問いかけに、シルキドは小声で返す。その言葉どうり、王子は二人を苦手としているようだった。
「ふ、ふん。わかった。今日のところは見逃がしてやる。ただし」
ビシッと指をワルドに突きつける。
「お前がゲオルグと戦えたのは、その剣のおかげだ。平民がそんな剣をもっていても無駄だろう。ゲオルグによこせ」
「王子、これは私がワルドの為に作った剣です。とりあげるなんて……」
「うるさい。命令だ」
そういってワルドの手から、ハナゲリュオンの剣をとりあげてゲオルグに渡す。ゲオルグは喜んで受け取った。
「行くぞ」
取り巻きたちを引き連れて、王子たちは去っていく。彼らがいなくなると、ワルドは気が抜けたのか床にへたり込んだ。
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