~エピソード6~ ② 同時に失恋した5人の女子の行く末。 ~1~

 松尾さんや荒巻さんと諸岡の様子や、俺が退院後に控えている文化祭で学生寮の出展に関しての細かい話をしていると、牧埜たちが病室に訪れた。


 牧埜たちが入ってきた時点で、松尾さんや荒巻さんは病室の外に出て談話室で待っているようだ。


 陽葵は、病室に見知らぬ人達が病室に入ってきた直後、女の直感で気づいていた。

 病室に入ってきた2人の女性が笑顔を絶やさないでいるが、三上に惚れていて失恋したのではないか…と。

 2人の女性の目の奥には悲しいような、そして虚しいような感情がこみ上げている雰囲気があった。


 陽葵は三上が見舞う人が多いことを気にかけていた看護師が気を利かせて用意した椅子を並べると4人を座らせた。


 そして、すかさず冷蔵庫からお茶を取り出すと、4人にサッと配った。


 一方で陽葵の様子を見ていた泰田結菜は完全に負けを認めざるを得ない状態だった。

『あの子が三上さんの彼女なのね。容姿も可愛すぎるし気立てが良すぎるし、わたしは勝てないわ…』


 そして、泰田と顔を見合わせた松裡莉子も、同じように感づいていた。

『これは負けたわ。三上さんにぴったりの彼女さんだわ。わたしなんか到底及ばないぐらい可愛いし、品も格も違うし勝負にならないわ…。』


 皆が座った後に、しばらく沈黙が続いて仲村さんが口を開いた。

「三上さん、牧埜さんや棚倉さんから詳しく聞いているから詳しい話はしなくて大丈夫だからね。まずは怪我が良くなることを祈るよ…。」


「仲村さんありがとう。完全に治るのが来年の2月から3月ぐらいだと思います。その頃から練習に参加できそうです。…それと、皆さんは棚倉先輩から聞いて知っていると思いますが、改めて紹介します。私の彼女の霧島陽葵さんです。」


 陽葵は皆に頭を下げるとニッコリと笑った。


 そのあと、4人と陽葵が、それぞれ自己紹介をしている間、牧埜と仲村さんが陽葵の姿を見てポカンと口を開けているのが分かった。


 泰田さんと松裡さんは笑顔であるが、気のせいか寂しさを感じるような気がするのが気のせいだろうか…。


 牧埜が陽葵と挨拶をしたあと、笑顔になって俺に言葉を投げかけた。

「三上くん。スタンガンを持った暴漢を恐れもせずに噴水に落として、そこにいる霧島さんを救ったのですよね?。男として三上くんに敬意を払います。普通の人は絶対に無理ですよ…。」


 俺は牧埜の言葉にうなずきながら、自慢げにならない言葉を選びながら答えた。

「牧埜、ありがとう。あの時は皆を助けたくて必死だった。それだけだよ…。とにかくスタンガンを持っていたから他の人に危害が及ぶのを避けたかったんだ…。」


 泰田さんは複雑な顔をしながら、俺の方を向いた。

「意識がないとも聞いていたからホントに心配したわ。いまは骨が折れてるけど元気そうで良かったわよ…。そうだ、ウチのお母さんが病院にお見舞いに行きたがっていたので、しばらくしたら守さんの親子や紗良ちゃん(逢隈)も来ると思うわ。」


 俺は泰田さんを安心させるように少しだけ微笑んだ。

「泰田さんも、みんなもありがとう。骨が折れたからしばらくは不自由だけど、脳も異常はないし、来週からは大学に行けるから心配しないでね。」


 俺の言葉を聞いて皆はホッとした様子だった。

 そして、泰田さんは立ち上がって陽葵に近寄って微笑みながら言った。


「ふふっ、霧島さん。三上さんから詳しい話を聞いたのかは分からないけど、霧島さんも一緒にバレーボールの練習をしてみませんか?。彼氏さん、もの凄く上手だし、チームの全員がその練習を見ていて飽きないのよ。」


 泰田結菜の言動は女性の中でも、男気があるようなサッパリとしている性格の表れだった。


 彼女は三上に対して淡い恋心を持っていたが、それとは関係なく、可憐で可愛い霧島陽葵の性格がとても良さそうだったし、三上が愛している相手なら、女同士の友人になっても良いと考えたのだ。


 それに、この時点で失恋してしまったから気持ちを切り替えないといけない。

 いつまでも引きずっているよりは、こんな可愛いくて素直そうな子と友人になれるのは、またとないチャンスだと捉えたのだ。


 松裡莉子も泰田の言葉にハッと思って席を立つと陽葵に近寄った。

『いつまでも引きずっても仕方ないわ…』


「霧島さん。わたしも皆と一緒にバレーボールをしているから、三上さんが怪我をしている分も含めて頑張ってやりましょう。」


 2人の言葉に陽葵は屈託のない笑顔になった。

「泰田さん、松裡さん、ぜひ、お願いします。ホントは三上さんが練習している姿を見ていたいのですが、しばらくの間はお預けですから、皆さん、よろしくお願いします。」


 陽葵は彼女達の精神的ダメージを防ぐ為に「恭介さん」と、言うのを控えた。

 ここで名前を言えば、彼女達はもしかしたら失恋のショックで泣いてしまうかも知れない…と。


 その一方で陽葵は恭介がやっているバレーボールに興味があった。


 純粋にどれだけ上手なのかという興味と共に、大学に入ってから運動不足になっていた側面もあったから、美容と健康の為にも、ほどよい運動になると考えたのだ。


 仲村さんがそれを聞いて笑顔になった。


「霧島さんが入ってくれるのは心強いですよ。それに、この実行委員チームは大学の部活や同好会と違ってスパルタでやるような練習じゃなくて、和気あいあいとやってる感じですから肩の力を抜いて下さいね。ただ、三上さんと監督の守さんのお母さんとの激しい練習が、しばらく拝めないのが残念ですけどね…。」


 俺はそれを聞いて陽葵を含めた皆に問いただした。

「みんなも含めて、ほんとうに大丈夫か?。俺はたぶん、しばらくは球拾いとか、誰かに何かを教えることしか出来ないけど…。」


 陽葵は恭介の皆への問いかけた言葉に対してホッとしていた。

 ここで彼が『陽葵』と、馴れ馴れしく呼ぶのは危険だと判断したのだ。


 そして、この4人が去っても、またバレーボールの関係者が来るというから、公然の場において「霧島さん」と、どのタイミングで恭介に呼ぶように頼むのかが鍵だろうと考えた。


 その俺の言葉に牧埜は激しくうなずいた。

「それで良いと思いますよ。霧島さんは運動神経も良さそうだし、三上くんや泰田さんのお母さんが教えれば、すぐに上手くなりそうですよ。私も霧島さんが入ってくれるのは大賛成ですよ。」


 その時だった。

 泰田さんバッグからマナーモードで携帯の鳴る音が聞こえて、彼女は慌てて病室の外に出た。


 彼女が病室に戻ると少し複雑そうな顔をして皆に言った。

「そろそろ、うちのお母さん達が病院に来るらしいわ…」


 それを聞いた俺は、ベッドの上から皆に呼びかけた。

「すまない、このままでは病室が人であふれかえるから、ここの廊下の突き当たりにある談話ルームに移動してお話をしよう。たぶん、寮監の松尾さんや、学生課の荒巻さんも居るはずだから、先に行ってて欲しい。俺は少しベッドから降りてから片手が不自由で時間がかかるから。」


 俺の呼びかけを聞いて皆は談話ルームに移動を始めた。


 それを聞いてホッとしたしたのは陽葵だった。

『これで、恭介さんに、こっそりと話せるわ』


 俺と陽葵以外、誰も居なくなった病室でベッドから起き上がって立ち上がると、陽葵に右腕をツンと軽く突かれた。


「ん?陽葵、どうした?」

 陽葵は少し真剣な顔をしている。


「恭介さん、わたしも気をつけるけど、あのメンバーと慣れるまでは、お互いを名前で呼び合うのは止しましょうね。恭介さんは自覚がないかも知れないけど、皆から慕われているから、わたしだけ特別扱いすると少しだけ難しいわ。」


 俺はハッと思った。

『こういう無神経さが祟って、人から嫌われたり、怒られるコトもあるからなぁ…』


「陽葵、俺が無神経なところがあって悪かった。そうやって言って貰えると本当に助かるんだ。それと、バレーボールの練習は無理なら断っても良いぞ。」


「ふふっ、そこは是が非でも入りたいわよ♡。恭介さんのカッコイイ姿を見てみたいの♡」


 陽葵は恭介に本音を吐きつつも、彼が素直でホッとしていた。

 まさか本人に『あの2人は恭介に今まで惚れていたから失恋中』なんて到底、言えなかった。


「さて、行こうか。あんまり待たせても仕方ないし…。」


 俺が遅れて廊下を出て談話室に行くと、荒巻さんや松尾さんは、牧埜や泰田さん達と雑談をしていた。

 体育祭実行委員会がウチの寮で開催された時に松尾さんを皆は良く知っていたし、牧埜や松裡さん、泰田さんは委員会の立ち上げの時に荒巻さんを知っていた。


 それを陽葵と立ってボーッと見ていると、荒巻さんと松尾さんが俺に近寄ってきて、荒巻さんが声をかけた。


「三上くん、文化祭の件で君から面白そうな作戦を聞かせて欲しいんだ。入院中は今週、開催予定の寮長会議には出られないだろうし、霧島さんも同じだろうから。それで、棚倉くんや三鷹さんも来るから、余計な邪魔をさせないためにも、ついでに少し待っていたのだけどね…。」


 俺は陽葵と談話ルームのテーブルに座ると、皆が俺のそばに寄って近いテーブルに座り始めた。

 他の4人は体育祭で俺が突拍子もない発案をしたから、それを期待しているのだろうが…。


「荒巻さん、文化祭の件でどうしました?。去年は寮内の食事で評判だったメニューを、そのまま文化祭で提供しましたが、売上も赤字にならなかったし、評判もそこそこ良かったから無難で良いと思いますが…」


 荒巻さんが俺の言葉を聞いて苦笑いした。

「三上くん、確かに評判は良かったけど、学生寮の食事メニューとなると寮のOBや、偶然に通りかかって買ってくれた一部の人しかウケなくて、その良さが大勢には伝わっていないからね。そこで人寄せをしたくてね…。」


 俺は右手で頬杖をして考えた。

『人寄せか…ん???』


「荒巻さん、本人の同意が必ず必要なので、承諾を得ないと不確定要素が高いのですが、ここにいる実行委員会のメンバーが知っている人に、場所を提供して彼女から場所代だけ貰う形にすれば、人寄せができる可能性があります。私も彼女に電話をかける用事を思い出したので、とてもベストなタイミングです。」


 その言葉に反応したのは荒巻さんでも、松尾さんなく、牧埜だった。

「三上くん、また、何を考えているのですか?。ほんとうに三上くんの考える作戦は突拍子もないけど、とても良策なことは、実行委員会でお墨付きだから…」


 それを聞いた陽葵は興味深そうに俺を見ている。


 俺は笑顔を無理矢理に作ると右手の人差し指を少しだけ掲げて案を示した。


「教育学部で有名になっている学生の占い師さんを呼びましょう。私が霧島さんと付き合うことを数ヶ月前に予言して見事に的中させた人です。」

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