第49話 母親に似て

「そういえば、エルンスト様はどちらにいらっしゃるんですか?」

「自室にいるんじゃないか?」


 そういうことで、エルンスト様の自室に向かった。クラージュ様の部屋の近くに、それは存在した。


 さすが王族。王の孫にも、しっかりとした一人部屋が与えられているようだった。


 とりあえずエルンスト様のお部屋をノックしてみる。


 しかし……


「……返事はありませんね……」シーンとした静寂が帰ってきた。「まだ寝ていらっしゃる可能性はありますか?」

「それはないだろう。早寝早起きは得意だからな」


 それは良いことを聞いた。昼夜逆転をしているのなら、それから矯正しないといけなかった。もっと時間がかかるところだった。


「あいつ……いったいどこに行ったんだ……?」

「……おそらくは……書庫にいらっしゃるかと」

「……書庫? なぜだ……?」

「もちろん……勉強をするためですよ」私はクラージュ様の目をしっかり見て、「子供は……親の知らないところで成長しようともがいています。エルンスト様は……父親の期待に答えたいと思い、努力しているのです」


 息子が自発的に勉強をしていることなんて知らなかったのだろう。クラージュ様は複雑そうな表情を浮かべていた。


 それから書庫に向かう。もう何度も向かっている場所なので、迷うことはなかった。


「……やはり……」私は窓から書庫の中を覗いて、「ご覧になってください。気づかれないように」


 クラージュ様も窓から書庫の中を見る。


 書庫の中には、エルンスト様がいた。相変わらず苦しそうに机に向かって、自分なりの勉強をしていた。


「……あいつ……自分で勉強していたのか……」

「……ご覧になるのは、初めてですか?」

「……いや……」クラージュ様は顔を歪める。「……見たことはあった。だが……その効率の悪さばかりが目について……」


 だから叱っていたのか。そんな状況でも自習をするエルンスト様は、なかなか肝が座っている。


 本当は褒めてあげるべきだった。よく努力していると、認めてあげるべきだった。それから勉強のやり方を教えてあげるべきだった。だが……それができる精神状態ではなかったのだろう。


「……では……私はこれからエルンスト様にあいさつをしてきます。途中で窓の外に目線を向けるので、そのときは笑顔で微笑んであげてください」


 礼をして、私は書庫の入り口に向かおうとした。


「待ってくれ」クラージュ様が私を呼び止めて、「……その……」

「……なんでしょうか」


 怒られるのかと思っていると、


「……息子を、よろしく頼む」そういって、彼は頭を下げた。「あいつは……母親に似て優しい子だ。不器用なところもあるが……真っ直ぐな子なんだ」


 不器用だけど真っ直ぐ。

 似たもの親子だな。だからこそすれ違う。


「ご安心を」私はできる限り優しく微笑んで、「必ずや、クラージュ様のご期待に添う結果を残してみせます」


 本当はそんな自信はない。だけれど……ここで私が揺れていたら、クラージュ様も不安になってしまう。


 もう私はやるしかないのだ。結果を残さないといけない。

 

 やるしかないのなら全力だ。


 ……


 さて……では……


 学習開始といきますか。

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