異世界に転生したので学んでいた心理学を使います。相手を意のままに操りハーレムを作り、心を読み無双……なんてことはできません。
嬉野K
もちろん詭弁ですが
第1話 ありきたりな答え
「私って、生きてると思う?」
それはとても難しい質問だった。
生きている、死んでいる。それはきっと心臓が動いているとか止まっているとか、呼吸をしているとかしていないとか……そんな話ではない。
もっと哲学的な、答えの出ない話。きっと彼女はそれを望んでいる。
彼女はいつもどおりの笑顔で語る。そこに悲しさは感じなかった。
「誰にも愛されず、誰からも愛されず。何も成し遂げず、誰からも疎まれる。飽きっぽくて適当で、積み重ねることが苦手。人間関係も含めて、すぐに壊したくなっちゃう」
どこにでもいるような人間だろう。私だって似たようなものだ。別に悪いわけじゃない。
「そんな私は、生きていると思う?」
……なんて答えれば良いのだろう。彼女が望む返答はいったい……
とりあえず……
「心理学を学んだ人間としての意見をお伝えします」まずはそれからだ。「答えは……わからない、です。自分が生きていることを証明することなんて、この世の誰にも不可能です」
「ありきたりな答えね」
「……すいません……」
でも、そうとしか答えられない。
スワンプマンとかテセウスの船とか……自己を問うた思考実験はいくつもある。でもそれに答えなんて出ないのだ。生きているとは何なのか、自分とはなにか。答えは絶対に出ない。
だけれど……1つだけ言えることがある。
「次に……あなたの友人としての言葉をお伝えします」
「なにかしら」
「私は……あなたに生きていてほしいです。今のところ……割と楽しいので」
この人といると退屈しない。たしかに面倒事も舞い込んでくるけれど……それはそれで楽しくもある。
「そう……ありがとう」お礼を言われるようなことじゃないけれど。「じゃあもう1つ質問」
「なんなりと」
「あなたは今、生きているの?」
「……どうでしょう……先ほども言いましたが、自分が生きていることを証明することは不可能です」もしかしたら私は死んでいるのかもしれない。「ですが……まだ死にたいとは思いません。自分は生きてるのだと思いたいものです」
彼女は私の返答に満足してくれたようで、
「哲学的な議論もできるのね。哲学は専門外じゃないの?」
「心理学の源流は哲学にありますからね……そこまで詳しいわけではありませんが、ある程度の知識はあります」
哲学から派生したのが心理学だ。哲学と心理学には切り離せない関係性がある。遠いけれど近くて、近いけれど遠い。そんな関係なのだ。
「ありがとう。退屈しのぎになったわ」そうであるならこちらも嬉しい。「とりあえず……お互いにもう少し生きてみましょうか。あなたといると……まだまだ楽しいことが起こりそうだわ」
「……あまり期待されても困りますが……」
私はちょっと心理学を学んだだけの人間だ。せっかく異世界に来たのにチート能力も持っていない。
しかし……運はあるらしい。現状はかなり良い方向に向かっているし、このままなら元の世界に帰る方法も見つかるかもしれない。
……
異世界……異世界か。少し前の私にとってはありえない言葉だ。そんなものは創作の世界の中の話で、私の人生に降り掛かってくるものだとは思っていなかった。
そんな異世界生活の始まりは……今から約1週間前にさかのぼる。
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