第八話 傀儡遊戯

傀儡遊戯(壱)




 そこに至るまでには幾つかの条件があった。

 器財を入手するための、少しばかりの財力。

 使いこなすための、情報収集力。

 一緒に使用する相手がいる、社交性。

 そして、ちょっとした幸運。

 この幸運こそが最も重要なのだと、誰かが言った。


「んな幸運なんて要らねえ」


 うっかり幸運に恵まれた少年は、戸籍上の名を村上文彦といった。住民票にも村上文彦と書かれているし、生まれてから十七年間その名前で呼ばれてもいる。術師の業界では影法師と呼ばれているが、そう呼ぶのは敵対する者ばかりだ。


『GUGAGAGAGAGAGA! コレで貴様もおしまいだ、影法師!』

「でい」


 パワーショベルとカバが合体した(としか表現できない)異形が哄笑し、文彦は短く息を吐くと異形の足にあたる無限軌道を思い切り踏みつけた。合金で作られた分厚いブレードが健康サンダル履きの文彦によっていとも容易く踏み砕かれ、時速十数キロで迫っていた異形は片方の機動を奪われ独楽のように回転を始める。


「あーっ、合体戦士パワードジャガーノートが」

「呼びにくいし意味もわかんねえ」


 異形の向こう側、距離にして十数メートルの場所に小学生と思しき少年が立っていた。背格好は文彦と大差がなく、半ズボンを躊躇いもなく履いていることから中身もそのまま小学生と推測できる。少なくとも文彦は、この少年に関する面識はない。


 道を歩いていたら突然この少年に呼び止められ、直後、このパワードジャガーノート(自称)に襲撃されたのだ。それが約三十秒前。問答無用に襲われたので、どう見ても戦車の砲身でしかないグラップルアーム(自称)をへし折り、火炎放射器以外の何物でもないジャイアントノーズ(自称)を叩き潰した。真っ直ぐに動けないパワードジャガーノート(自称)は、悲鳴を上げた直後に転倒する。


「次はてめえだ」

「勝負はまだだよ、ぼくの次のターンはこいつだ!」

「……ターン?」


 いまいち了見を得ない文彦の前で、小学生は半ズボンのポケットから銀色のメダルを取り出した。携帯電話にしては玩具然とした小型端末にメダルを投入すると端末が光り、少年は奇妙なポーズで叫び出す。


「アストラル・インサート! 電脳聖騎士・サイバーパラディン」

『雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄ッ!』


 地面が輝いたかと思えば、ごてごてしい装飾を身につけた人型異形が出現する。得体の知れない機械が手足に絡みつき、自らの身長より遥かに長い両刃剣を掲げている電脳騎士(自称)。剣を振れば電光が閃き、地面に突き立てるとアスファルトが次々とめくれ上がる。なんとも派手なアクションに、小学生は「いけーっ! 影法師をブッ潰せー!」と腕を振り回しながら嬉しそうに喚く。


「サイバーパラディンっ! 絶刀・雷電螺旋断っ!」

『覇ァ唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖ッ!』


 大剣を掲げ、文彦に突進する電脳騎士(自称)。驚きを通り越して呆れていた文彦は、逃げるに十分な時間があったにもかかわらず、その場を動かなかった。

 馬鹿馬鹿しくも壮絶なる破壊技をもって突進する電脳騎士(自称)。


『我が剣の錆となって消えよ、影法師!』

「――なんだ日本語話せるじゃねえか」

『ッ!』


 剣が届く寸前、文彦は傍らで回転していたパワードジャガーノート(自称)を「ひょい」と掴み、眼前に迫る電脳騎士(自称)の前に放り出す。勢いがつきすぎて回避運動の取れなかった電脳騎士(自称)の刃は、おそらくは同胞であろうパワードジャガーノート(自称)の胴体を一気に貫いた。

 煙と電気火花を発し、爆発して消滅する二体の異形。


「そんな、ぼくの……ぼくの最強のアストラルモンスターが!」


 よほど衝撃的だったのだろう、小学生は両膝をつき慟哭した。青春の全てを二体の異形に捧げていたかのような喪失感が顔に顕れ、嗚咽さえ漏らして地面を何度も叩く。


「ごめんよ、ごめんよパワードジャガーノート! 許しておくれ、サイバーパラディンっ! うああああああああっ!」


 親友が亡くなったように、いやそれ以上の悲しみを口に出す小学生。


「……」

「キミ達を失うなんて、ぼくは! ぼくは何てことをしてしまったんだっ!」

「その前に他人を襲った事への謝罪と償いはどうしたクソガキ」


 文彦の冷たい一言に、小学生はぴたりと泣き止む。どうやら泣き真似だったらしい。


「あの」


 ははは、と引きつった笑顔で文彦を見る小学生。


「急にバトルを申し込んだのは謝るよ。でも、これってただのゲームじゃん? いちいち目くじら立ててたら長生きできないよ」

「目くじら立てねえと長生きできない性分でな」

「ぼ、ぼくは小学生だぞ! 小学生に暴力ふるったら新聞沙汰になって大変なことになるんだぞっ!」


 説得不能と見たのか小学生は尻餅をつきながら後ずさりする。


「警察に言うぞ!」

「生き残れたら言ってくれ」

「SNSで拡散するぞッ!」

「だから、生き残れたらな」

「お、おれは有名Vtuberの赤スパ常連なんだからなっ!」

「わかんねえよ、それ」


 たとえ理解できる脅迫だったとして、文彦にはこの小学生を許す気は微塵もなかった。この少年が明確な殺意を持って文彦を襲ったのは、紛れもない事実だからだ。


「しょしょしょしょ少年法って知ってるのかっ!」

「安心しろ」

「え?」

「異形が絡んだ時点で少年法なんざ意味を持たねえ」


 分厚い鉄板を踏み砕いた文彦の足が顔面に近付くと、小学生は意識を失って尿を漏らした。


(殺す気も失せた)


 溜息を吐き、文彦は小学生が持っていた端末を拾う。三角四角五角形の組み合わさった図形が、端末にもメダルにも描かれている。メダルは、文彦が異形を封じて得る「封魔の打刻」によく似ていた。


(似てるどころじゃねえ)


 そのものだと呟くと、文彦は小学生の襟首を掴んで姿を消した。




◇◇◇




 ざわざわざわ。


「おはよー」

「ちわっす」

「なんだよ、いつも一緒のメンバーか」

「あれ、楓君は?」

「二組の尾多良さんとピアノの練習だって」「うわー、えっちだな楓って」

「ふうん。まあ三年生になったんだからカノジョくらいいてもいいだろ」

「隣にすんでる畠山のにーちゃん、じゅうななだけど恋人いないよ」「にくだるまと付き合うオンナがいるかよ」

「ぎゃははは」

「なあなあ、それでさ」

「うん」

「学校来る途中で聞いたんだけど、六年生の男子がやられたみたいだぜ」「かえりうちかよ」「レベル低いのに焦ったんだろ」

「だけど噂は本当だったんだね」

「うんうん」

「動き出したときは、ビビッたよな」「おれはへーきだったぞ」

「なにおう」

「別にいーじゃんかよ、おれたち運命の子供ってやつなんだし」

「ぷっ」

「ぎゃははは、そんなのマジで信じてるのかよ」「うるせーな」「だって誰が決めた運命なんだよ」

「……わかんねえ、でもコレはチャンスだろ?」

「……」

「……そうだよな、これってチャンスだ」「マンガみたいだよな」「漫画の方がまだ出来がいいよ」

「おれたち、世界を変える力を手に入れたんだろ」

「経験値、足りないけどな」

「攻略本調べたけど、この地区で一番強いのはやっぱ影法師らしいぜ」

「魔王級の力を持つ魔人だっけ」「全国に十三体しかいないんだよな。レア度、三ツ星って記入されてる」

「倒せるのか」

「レベル上げて、連続技極めたら楽勝だろ」

「属性の相性も考えろよ、ヤツは力押しで勝てねえって攻略本にも書いてたぜ」

「ぼく、裏技知ってる」

「まじ?」「うん。昨日、カラスを倒して食わせたら強くなった」「なんだー」「それなら俺も試したよ、猫や犬食っても同じだぜ」

「ふうん」

「あ、なんか考えてるんだろ」「ぼくも今そう思った」「やっぱり?」

「誰がいい」「佐倉だろ」

「磯尻は」

「駄目だよ、筋張ってて固そうだ」

「じゃあ渡部にしよう」

「センコーかよ」「肉つきはいいぜ」「決まりだね」



 授業開始を告げる予鈴。

 そして

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