第11話「先輩だったんですね……」
死後世界には土曜日も日曜日も祝日もない。お
だから、今朝も職場には同僚たちがたくさんいる。
今日も現世では、今もどこかで人が死んでいる。
人が死んでいるなら、ボクたちが向かって魂を回収しなければならない。
「課長、先輩を知りませんか?」
「あいつなら朝が明けきらないうちから営業に出かけたままだ」
翌朝。ボクは『職場』にいた。
彼女の病室は朝から騒がしかった。
刑事が来たんだ。
彼女が昨日の深夜、あの男に
思っていたより
自業自得だ。ボクがあの夜。居眠りをせずに部屋に残り続けていなければ、取り返しのつかないことになっていただろうから。
そんな出来事のショックがまだいくらか心に残っている彼女の側に居続けてあげたかったけど、ボクには優先すべき用事があった。
もう遅いくらいだけど、彼女の魂を回収できないことについて相談しないといけない。
彼女の魂の受け容れ準備はもう、完了しているんだから。
「ポケベルで呼び出したらいいだろ」
「……先輩、ポケベルの電源を切ってるんですよ」
「そのうち電源を切ってることに気がつくだろうさ」
「そのポケベルは先輩のデスクの上に置いてありました」
「あちゃあ」
課長は笑った。頭のてっぺんを光らせ、『いつものことか』という顔をしていた。
「仕方ないな、あいつにも。まあ、あいつはああいう奴だ。お前も我慢して指導されてやってくれ。根はいい奴なんだ」
「……それはわかります」
「この職場でのいちばんの美人だしな」
「この職場、精神体が女性型を取ってる人ってあの先輩しかいませんしね」
「わはは。大変だな、お前も」
ぽんとボクの肩に手を置き、気のいい課長は席を離れていった。
「
ボクは先輩のデスクの椅子に腰を下ろした。早く先輩を捕まえて、話を――。
「あー……まったく……」
机の上のパソコンは電源が入りっぱなしだ。黒の背景色なのでモニタにも電源が入っていることにもすぐには気づかなかったが、緑の文字入力部分が点滅している。
接続されているデータベースにログインするパスワードの入力画面だ。
「節電しろってモニタに貼ってあるのに」
ボクは電源スイッチに指を伸ばし――『節電』と大きく書かれたシールの下に、一枚の
◇ ◇ ◇
「あー、疲れた」
先輩が職場に戻ってきたのは、夕方近くだった。
「先輩」
「帰ってたか、後輩君。うん?」
先輩の席から腰を浮かせたボクの顔を先輩がのぞき込む。
「なんか真面目な顔してるな」
「真面目です」
「真面目な話はベランダでするに限る」
ハンドバッグを机に置き、先輩はフロアを突っ切ってベランダに向かった。
ボクもそれに続いた。
「で? 彼女は了解したのか」
手すりにもたれかかるやいなや、先輩はタバコを口に挟んだ。
「ええ、してくれました」
「そりゃよかった。これであたしもお前の
「ちょっと引っかかりますが、まあ、置いておきます。悩んでいたんですよ……彼女にどうやって死んでもらうか……」
「そりゃ悩むな。自殺もできない自然死も難しいじゃ、二ヶ月の命を縮めるのは難しい」
「先輩、最初から、その手段を知っていたんですね?」
「当たり前だろ」
先輩が笑うと、火が着いていないタバコが上に向いた。
右手が相変わらずポケットに突っ込まれ、中で何かをいじくっている。ライターを出したい
「あたしは主任だぞ。それなりのベテランだ。詳しくないわけがない」
「……彼女の残りの寿命をぎゅっと
「誰が教えてくれた。あのハゲ課長からか」
「先輩からです」
「は?」
「ボクが死んだ時に、先輩から聞きました」
「はぁ――」
開いた先輩の口からタバコが落ちるのを、ボクは受け止めた。
「ボクは二日間、死期を早めてもらったんですね。先輩が提案して、ボクは受け容れた」
「お前……何を言ってるんだ……」
「調べたんです。データベースで」
思わず魔が差してやってしまったのだが、思わぬところで
まさか、ボクと先輩の間にこんな
「
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