死神少年と短編彼女の恋は、20万秒プラス永遠の2乗

更科悠乃

第01話「今すぐ、死んでくれない?」

「あなた、死神さんね?」

「なんでわかったの?」


 ボクは病室のすり抜けかけた窓で思わず、固まってしまった。

 上半分をかたむけたベッドの上、膝まで布団に入った少女が言う。


「だって、ここ、二十階よ?」


 後ろを振り返る。見晴らしがいい――本当にいい。遠くの綺麗な海水浴場がよく見える。


「そんな高い部屋に、ふわふわ浮いて窓の外から入ってくるんだもの。天使さんか死神さんしかあり得ないでしょ」

「そういう二択になるのか……」

「それに黒いスーツ姿だわ。背中に白い翼もないし、天使さんには見えないかな」

「天使って本当はいないんだけどね」

「きわめつけは」


 小首をかしげる仕草も可愛い少女がピッ、と指を差した。


「その胸のワッペン」

「これ?」

「ガイコツさんが黒いフードをかぶって、大きな鎌を持ってニコニコ笑ってるそれ。どう見たって死神のイラストだもん。ポップな感じだけど。そんなワッペンをつけているんだから、あなた、死神さんでしょ?」

「ホントは死神っていうのも外れているんだけどね……って、え、え、えええ」

「どうしたの?」


 ぞわ、と寒気が走った。体中をくすぐられているのに、ものすごくかゆい感じがした。


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って」

「うん」

「……キミ、ボクのこと、見えるの?」

「見えてるよ」


 嫌な予感がした。本当に嫌な予感がした。


「……どんな風に、見えてるの?」

「えっとね」


 白い頬に一瞬だけ手を当てて、少女は話し始めた。


「髪はちょっとぼさぼさめ。顔は高校一年生くらいに見えるかな? 私と同年代そう。あんまり身長は高くないみたい。やせ気味で、小さめのメガネをかけてて、スーツがあんまり似合ってない。学生服を着たらとっても似合うと思う」

「うわ……本当に見えてる……ヤバい、ヤバいよ……」

「何がそんなに危ないの?」

「この初営業前に先輩が言ったんだ……ボクたちは現世の人間からは見えないけれど、ごくごくごくごくまれに、見ることのできる相手がいるって……。その相手はとってもやっかいなことになるから、当たったらあきらめろって……」

「ふぅん」

「――というかさ、まあ、キミはボクのことを死神だと思ってるんだよね」

「うん」

「取りあえず、そうだと仮定して」

「うん」

「こわくないの?」

「うん」


 少女は言った。真顔で言った。


「だって、私、もうすぐ死ぬもの」

「…………」


 嫌な確信がした。最悪に嫌な確信だった。


「知ってる。まあ、だから来たんだけど……いや、もうすぐ死ぬからって、それはそれでこわいものじゃない?」

「こわくないよ」

「……あわわ……」


 変だ。変な女の子だ。

 超高層の病院、そんな二十階の窓の外からいきなり入ってきた相手を前にして、こんなに平然としているなんて。


『死神課』所属のボクの方がこわいくらいだ。先輩のアドバイスは正しかったかもしれない。


「それで、死神さん。聞きたいことがあるんだけど」

「死神じゃないんだけど……まあいいや、どうぞ」

「そんな死神さんが、私にいったい何の用なの?」

「それだ」


 ボクは無意識のうちにネクタイを締め直していた。訪問した目的を忘れるところだった。


「とっても言いにくいんだ。心を穏やかにして聞いてほしいんだ」

「うん」


 ボクは胸で跳ね回る心臓を押さえた。

 押さえながら、何回かの深呼吸を繰り返してから、言っていた。


「――今すぐ、死んでくれない?」

「いいけど?」

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