第3話 弟の為に 前半

 人気がない自然豊かな森。森全体が緑の木々に覆われて、心地良い風が吹いて気持ち良い。耳を澄ませば小鳥のさえずりや川のせせらぎが聞こえて来る。


今年の春は、初夏と思わせる位平均気温が高くなっているので動いていたら汗だくだ。


そんな自然豊かな場所で、俺はおてんば娘こと美月と共に修行に励んでいた。


矢を連続で放つも、手が若干動いてしまい上手く中心の的に刺さらない。


「なんでだーーー!!! 戦いの時は、相手の核を的確に命中していたのになんで練習用の的を外すんだよ。」


「ありゃぁ、これは中々だね~~~。お相手さんの核には、クリティカルヒットしていたのになんでだろうね~~~。」


美月が、笑いながら煽る様に言って来る。


手持ち扇風機で涼んでいて、気持ち良さそうだ。


「仕方ないだろ。元々、素人なんだから。一応、的には全部当たっているんだよ。」


『あーそっか』みたいな顔をする美月。


一旦、休憩に入ってミネラルウォーターを飲みながら草原に座り、美月の話を聞く。


「多分、戦いの時は何かしらの能力や力が出ているのかも。私も、剣術のイロハなんて全くの皆無だし全て自己流だよ。」


「自己流であんな凄い技出せるのか。凄いな。」


「それに相手は、常識外れのバケモンよ。イロハを叩き込んだ所でそれを余裕で上回るんだから、基礎を大事にして後は自己流でやった方が相手の予測出来ない攻撃や動きが出来るかもしれないしね。」


「他にも仲間がいるんだろう? どんな武器を持っているんだ?」


「んー日本刀、鎌、拳銃、グローブ、その他もろもろ多彩な武器を使う子もいるかな。」


「最後、一番欲しい情報がないんだけど・・・。」


『多彩な武器・・・ 忍者、科学者、魔法使い・・・ どれだろう・・・。』


誠司は、頭の中でどんな感じになるのだろうか想像を膨らませている。


「そういえば、まだ詳しいことは何も聞かされていないんだけど、そろそろ説明と目的を教えて欲しいな。」


「あーそうだったよね。ミョッチが帰ってきたら説明してもらおう。」


美月も俺と同じで、ミョッチと契約して心の底に眠る力を呼び覚ましたんだろうから、細かい説明含めてミョッチから聞いた方が早いんだろう。


「自分の武器を使ってて思ったけど、この弓って一度に複数の矢を放てそうだし使いこなせれば、かなり強力な技が出せそうだよな。」


「確かにそうね。それじゃあ、修行がてら手合わせしてみよっか。」


「よろしく。」





 2時間程立って、ミョッチが飲み物をクーラーボックスに入れてやって来た。


誠司も美月も汗だくで息切れが激しい。


「二人共、お疲れ様。ジュース買ってきたよ。」


「やっっったーーー。私、コーラね。」


「動いた後すぐにコーラって・・・ 余計に喉乾くぞ。」


言ってる間に、美月がキンキンに冷えたコーラを一気に飲み干す。


見た目はとてもスタイルが良くて可愛らしいのに、中身は意外に男っぽい一面がある。


『しょうがないな』って思いながら、スポーツドリンクを飲んでいるとミョッチが小さな指で突っついて来た。


「ねぇ誠司、念のために目の検査をしておこうと思うんだ。いくら僕の能力で回復したからと言って、視力まで完全に回復しているか心配だからね。」


ミョッチからの提案だった。


誠司の方に振り向くと、魂が今にでも抜けそうだった・・・


やっぱ、100%元に戻るのは難しそうだな。せめて、宇宙飛行士になる為に必要な視力までは戻っててくれないものか。


「わかった。明日にでも行って来る。」


一層、漫画みたいに千里眼みたいな能力を身につけられたりしないかな・・・


誠司の妄想が広がり、完全に魂が抜ける。

「あー、完全に魂抜けて真っ白だ・・・」


美月が、指で突っついてもびくともしない。


「あんた、絶対に別の目的で向かわせるつもりでしょ。」


「きっかけを作らないと声をかけにくいじゃないか。」


「それって、つまり・・・」


ミョッチが頬を上げてニヤリと笑った。





 次の日、ミョッチからの提案により指定の大学病院に向かった。


病院まで指定してくるとか、意外に用意周到だ。


最新の医療機器も揃っているみたいだし、設備もかなり充実しているんだろう。


予め、自分の診察室を把握して置かないと迷子になってしまいそう。


しかも、ここの病院の食堂は本格イタリアンが食べられるで有名な所だから、診察が終わったら食べてみよう。


受付を済ませたが、まだ時間がある。


診察前に、外にある自動販売機で缶コーヒーを買おうとしたら、若い男性と肩がぶつかってしまう。


「すみません。」


「こ、こちらこそごめんなさい。」


男性は、茶髪のマッシュヘアーで少しひ弱で静かそうだ。


謝ると男性は、小走りで去っていった。


自動販売機から缶コーヒーを取り出すと、足元にパスケースがあった。きっと、先程の青年の物だろうから後で受付に渡しておこう。





 院内3階 イタリアン食堂

ここは、リーズナブルな価格で本格イタリアンが楽しめる食堂である。


8年間イタリアで修行した料理長が帰国した後に、院長のご厚意でこの病院に食堂として開業した。


特に、平日ランチ限定で出される4種の贅沢チーズと分厚いベーコンが入った贅沢ピザ、自家製デミグラスソースのハンバーグがかなり人気である。


食堂目当てで来る人も多く、一時は1階の受付まで並んでしまった事があった。クレームが殺到したのもあって、院長は3階の広場の解放とそれに続く階段を外に設置したのだ。


スープの仕込みの準備をしていると、料理長があることに気付く。


換気扇の管機構の様子がおかしい。


もしかしたら、油の汚れが原因で空気の循環が悪くなっているのかもしれない。


「田中君、換気扇の様子を見てくれない? 汚れていたら掃除も頼む。」


「分かりました。」


料理長が男性スタッフに管機構の様子と掃除を頼んだ。


「そろそろ変え時かな。ランチタイムが終わったら院長に相談しようかな。」


男性スタッフが管機構を覗くと、スライム状になっている得体の知れない生き物を発見した。


「なんだこいつ。」


人差し指でチョンと触ると、得体の知れない生き物が男性スタッフの顔を負いかぶさる様に襲って来た。


「うわゎゎゎぁぁぁぁーーー。」


「ど、どうした?」


料理長が厨房に向かうと、男性スタッフの姿は無くなっていた。


状況が呑み込めなく戸惑っていると、背後に男性スタッフを襲った得体の知れない生き物が料理長を襲う。





 診察と検査が終わり結果が出た。


異常なし。寧ろ、こんなに視力が良いなんて羨ましいと医師に言われた。


確かに、父さんも母さんも視力がかなり良かったから遺伝なのかもしれない。


「ありがとうございました。」


「お大事に。」


診察してくれた医師にお礼を言って、診察室を出た。


「さて、噂のイタリアン食堂にでも行こうかな。」


視力も問題なかったし、美味しい物を食べて帰ろう。


イタリアン食堂に向かっていると、今朝会った茶髪のマッシュヘアの男性と再び出会った。


「あ、さっきの・・・。」


「ど、どうも。」


少しドキッと驚きながらも誠司に会釈をした。

様子を見るからに、花の花瓶を変える所だった。


人見知りなのか、ちょっと素っ気ない感じがする。


ふと、誠司が青年のショルダーバッグを見ると、懐かしいモンスターのキーホルダーを付けている事に気付く。


「それ、モンスターパワードのフレイムドラゴンですよね?」

「懐かしいなぁ~~~。」


青年の緊張が一気にとれたのか、笑顔で返して来た。


「そうなんですよ。このマスコットサイズのキーホルダーはね・・・」


話してみると、ほわほわっとした表情で話していて素直な青年だった。


ひ弱だけど、かなり話しやすい人だし歳が近いのもあって、気付いたらお互いタメ語で話していた。


彼の名前は、土屋壮也。

年齢 19歳

たれ目でグレージュのマッシュヘアが特徴的。

身長は少し小さ目の162cm。

人見知りで少し打たれ弱い所もあるが、弟思いの良いお兄ちゃんだ。


「せっかくだから、この後例のイタリアンレストランに行かない?」


「僕もずっと気になっていたんだよね。是非、ご一緒させて。」


誠司の誘いを凄く嬉しそうに微笑む。


休憩スペースの椅子から立ち上がる。一度、壮也の弟の病室に戻り軽く挨拶をしてレストランに向かう事になった。


「そういえば、さっきぶつかった時にパスケースを拾っておいたよ。」


「誠司が拾ってくれていたんだ。ありがとう。」


パスケースを誠司から受け取ると、ズボンのポケットに入れた。


そこに入れてると、また落とすんじゃないかと心配になる。


「無理に聞くつもりは無いんだけど、弟君は何で入院しているの?」


「僕の弟は、世にも珍しい脳の病気を抱えていてね。体は健康なのに手足が全く動かなくて、酷い時は頭痛や痙攣を発症してしまうんだ。何度も検査をしているんだけど、原因が分からないんだ。」


「医療技術が常に発展してる分、病気や病原体側も進化を続けているのかもな。」


歩きながら話していると、壮也の弟の病室に着いた。


ドアを開けると、個室で白い壁に落ち着いた雰囲気の部屋が広がっていた。


部屋には、世界中で有名なカードゲームのカードやグッズが並べられていたり、星空や星座の写真なども置いてある。


しかし、壮也の弟がいない。


「どこに行ったんだろう? トイレかな?」


壮也が再び部屋のドアを開ける。


次の瞬間、色んな色をしたスライムの様な粘々が廊下を川の様に勢い良く流れた。


「なんだよこれ。」


壮也が驚いて、顔面蒼白となる。


誠司が壮也の袖を掴んで、思いっきりベッドの方へ投げた。


ドアを閉めて、廊下に出ると辺り一帯がスライムの様な粘々が広がっていた。




 人の気配が全くない。

さっきまで、看護師や入院患者も歩いていた。お見舞いに来てる人も多かったのにどこに消えたんだ。


「誠司、外が・・・」


壮也が震えながら誠司を呼ぶ。


恐る恐る部屋に入ると、すぐに部屋のドアを閉める。


窓から外を見ると、薄暗く赤い光景を目の当たりにする。


さっきまで、日が指して雲一つない明るい青空だったのにどうしてこうなったんだ。


「失礼するわよ。」


ドアを勢い良く開く音がした。しかも、この聞き慣れた声の持ち主はあいつしかいない。


ドアの方向に顔を向けると、そこには美月とミョッチがいた。


美月は、少年を抱えていた。


ミョッチが急いでドアを閉めて鍵をかける。


「なんだ、誠司じゃん。無事で良かった。つか、鍵かけなさいよ。」


「無事で良かったじゃないだろ。なんで、美月達がここにいるんだよ。」


「迎えに来たのよ。こんな可愛いスタイル抜群なお姉さんが、迎えに来てあげたんだから感謝してよね。」


「まだ、20歳すら超えてないのにお姉さんって・・・ 世界のお姉さん方に謝って来なさ・・・」


誠司が余計な一言を言うと、美月が思いっきり蹴り上げ誠司の顔が壁にめり込む。


「拓也じゃないか。大丈夫?」


「その少年、あんたの弟だったんだ。良かった。」


美月が抱えて来た少年は、壮也の弟だった。


怪我もなく意識もはっきりしている。どうやら、気絶をしている様だ。


壮也が弟の拓也を抱き上げて、ベッドに寝かせる。


拓也が無事だと分かって、ほっとしたら誠司に問いかける。


「誠司、そこの可愛くてスタイル抜群な女性は君の彼女なのかな?」


「なに、言っているんだ。こんなガサツなおてんば娘なんて好みじゃない。良いのは、見かけだけだ。」


「そうか。カップルだったら爆発させる所だったよ。僕、彼女いたことないしキスもまだなんだから。」


美月が再び誠司の顔を蹴り上げて、天井の壁に誠司の顔が食い込む。


「凄い力だ」


壮也が呟くと、美月から思いっきり強い腹パンを喰らい壮也は跪いた。


「黙れ、くそ童貞。」


「そろそろ、いいかな?」


ミョッチが3人のやり取りの間に入る。


誠司が壁から顔を出すと、今の状況をミョッチに聞き出す。


「やっぱ、今の状況ってやばいのか?」


「非常にやばい状況になっているね。僕と美月が病院に入った時には既に、宇宙人の進行が始まっていたんだ。」


「そこで私がわざと警報を鳴らしながら、ずっと病院内を走り回っていたのよ。」


「美月のおかげで多くの人を外に出すことが出来たけど、上の階の人達がどうなったのかはまだ分からないんだ。少なくとも、あのスライムの様な粘々に少しでも触れたら、そのまま引きずられて行くのを見た。もしかしたら、もう食べられてしまっているかもしれない。」


ミョッチの顔がかなり深刻そうだ。


外を見ると、赤黒い結界がおぞましく強くなっていく。


「それじゃあ、外の赤黒い結界も・・・」


「恐らく、院内にいる宇宙人による物だろうね。僕の力を使って、一気に院内の人々を外に出そうとしても無意味だった。」


「私達が院内に入れたのは、ラッキーだったのかもね。」


ミョッチの結界を無効にするなんて、本当に宇宙人ってでたらめな奴らばかりかよ。


「その少年を抱えてる時に見たけど、スライムの様な粘々は食堂付近から出てるのを見た。」


「それじゃあ、食堂に向かえば宇宙人がいるかもしれない。早く向かおう。」


「そうね。」


「俺と美月で食堂に向かおう。ミョッチは、壮也と弟君の護衛をお願いしてもいい?」


「もちろんだよ。僕も、壮也と話して見たかったからね。」


誠司と美月がドアの前に立ち、タイミングを合わせながらドアを開けて速やかに廊下に出る。






 廊下を見て見ると、辺り一面至る所にスライムの様な粘々が貼ってある。


誠司と美月が武器を出して構える。


次の瞬間、スライムの様な粘々が飛び散りながら襲い掛かって来た。


誠司が慌てて避けたら、後ろで爆発が起こり周辺の電気が消え視界が薄暗くなる。


誠司は軽く吹き飛ばされ、近くのソファーまで飛んで行った。


「ったく、危ないなー。」


「誠司、そのソファーから離れて。」


「えっ?」


ソファーからドカーンっと、大爆発がした。


再び、誠司が吹き飛ばされる。


美月が叫んで教えてくれたが、気付いた時には遅かった。


しかし、美月が素早く斬撃をソファーに放ってくれたおかげで、爆発の威力が軽減されて軽傷で済んだ。


「ありがとう。助かった。」


「油断するんじゃないわよ。」


頭から血が出てしまっているが、問題ないだろう。


続けて、誠司も反撃を始める。


3本の矢を同時に放つ。


「タイプチェンジ」


誠司の掛け声と共に、矢の光方が変わった。

右の矢は、氷属性の矢。

真ん中は、水属性の矢

左は、雷属性の矢。

それぞれの属性の矢に変化し、矢は全て命中した。


氷属性の矢と雷属性の矢は、スライムの様な粘々の行動を止める事が出来た。


しかし、水属性の矢は水素爆発を起こした。


「やっぱ、水属性は間違いだったか・・・」


美月が斬撃を放ちながら、こちらに来た。


「誠司、いつの間にこんな事出来る様になったの?」


「昨日、あの後特訓をしていたんだ。なんとなく、炎や水をイメージしながら矢を放ったら出来る様になっちゃった。」


「なんとなくって・・・ 宇宙飛行士を目指している奴は、考えている事がぶっ飛んでいるのかしら。」


「才能って言ってくれよ。」


美月と話していると、隙を見たスライムの様な粘々が複数で襲いかかって来た。


しかし、先程放っていた雷属性の矢の力がまだ残っていた。誠司は、その力を利用して雷のバリアを張っていた。


「やめておけ。俺が敵と認識した物は、全てこのバリアが通さない。」


「食堂へ急ごう。このバリアももうすぐ切れる。」


「うん。」


二人は、急いで食堂へ向かった。

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