第2話 決意 前半

 ツリーマンに襲われてから3日程過ぎた。


俺は、倒れてから3日間も寝てしまった。起きた時は、自分の部屋で寝ていたけど誰が部屋まで送ってくれたのだろうか。


起きてから再度、右腕と右目を確認して見ると、本当に右腕が繋がっているし右目も傷跡一つ残さないで視力も戻っている。



大学には、マスコミやメディアなどが学内に押し寄せたり1日中電話などの対応に追われ、臨時休校となっていた。無理もない。優秀な教授が突然殺され、希望に満ちあふれていた優秀なゼミのメンバーが、俺を除いて全員殺されてしまったのだから。


スマホを見てみると、地元の友達や大学の友達からの通知で溢れている。心配して連絡をくれているが、疲れがかなり残っているし申し訳ないけど返信する元気が出ない。正直、未だにあのことを思い出すと脚が震えるし、まだ現実が受け入れられないでいる。


こんな状況なのに、体が栄養を欲していて食欲はかなりある。起きてから家にある食材を確認するが飲むゼリーしかない。とりあえず、グレープフルーツ味の飲むゼリーを飲みながら動画配信サイトのNEWSで状況確認をした。


あの不思議な生き物がやってくれたのか分からないけど、弦貴達の死因は殺人事件による事故死として扱われていた。犯人は、大柄な男性でかなりの殺人鬼ってことになっている。襲われた日の朝に流れたNEWSも同一犯と断定されている。


NEWSを見ていると母から電話がかかって来た。


「もしもし・・・」


「誠司、あんた大丈夫? 弦貴君本当に亡くなってしまったの?」


「うん。」


俺は、静かに頷いた。


母の悲しそうな声が聞こえて来る。こんなに悲しそうな声を聞いたのは、父が宇宙事故で亡くなったのを聞いた時以来だ。


「なんで・・・ なんで・・・ なんで子どもが親より早く死んじゃうのよ。親にとって、子どもが居なくなる事がどれだけ辛いか・・・」


弦貴の親は共働きだったから、俺の家で良く晩飯を食べたり泊まって朝一緒に学校に行ったりしていた。弦貴は、俺の母が作る唐揚げが大好きで毎回食卓に出る度に小皿いっぱいに唐揚げを乗せていた。母も弦貴を自分の子どもの様に接していたし、弦貴の親も俺を自分の子どもの様に接してくれた。


「明日、弦貴君達のお通夜でしょ? 弦貴君のご両親と一緒にそっち行くからね。あんたも辛いと思うけど、元気出してね。」


「うん。」


通話が切れると再び、涙が溢れ出してしまいその場で泣き崩れてしまった。目は赤く晴れ上がり、喉が潰れる程大声で泣いてしまった。





 生後7ヶ月位の赤ちゃんとその母親が、自宅近くにある公園で一緒に遊んでいる。


赤ちゃんが砂場で泥団子を作りながら、近くに座っているお母さんに渡した。


「ママ。」


「ありがとう。とても美味しそう。」


お母さんがニコッと微笑むと赤ちゃんも嬉しそうに笑った。


砂場に戻ろうとしたら、躓いて転んでしまった。赤ちゃんは、涙を流しながら泣いている。


「大丈夫?」


お母さんが急いで泣いている赤ちゃんの所に駆け寄る。


汚れた所を見てみると、肘に擦り傷があった。


目の前にある水道に行き、汚れを落とし傷を洗い流した。


「ちょっと、待っててね。」


お母さんが消毒液と絆創膏が入っている鞄を取りに、座っていたベンチへ走って戻った。


次の瞬間、赤ちゃんの声が徐々に奇妙な声に変わっていく。


「ママ・・・ マ・・・ マ・・・ ママ・・・ マァ~~~ マァ~~~」


「変な声出しながら泣いているなぁ~~。」


「しょうがないな」と思いながら後ろを振り向くと、赤ちゃんの姿が変わっていた。


お母さんは、何が起きたか分からないまま唖然としてしまっている。


次の瞬間、赤ちゃんは大きな口を開くと、母親の姿が亡くなった。





 おてんば娘と不思議な生き物が東京都内のビジネスホテルの部屋で話している。


不思議な生き物は、ふかふかなベッドで横になりながらペロペロキャンディーを舐めている。ペロペロキャンディーの袋が、ベッドの周りにいくつも散乱している。


おてんば娘は、シャワーから出て目の前にあったバスタオルで濡れた体と髪を拭いていた。いつも使っているシャンプーとコンディショナーでは無い為、少し髪の匂いに違和感がある。


「ふーん、やっぱあの子が射手座の星座人だったんだ。それにしても、あの分厚い触手みたいな物を一撃で射貫いて核諸共吹っ飛ばすなんて凄い威力だね。」


「そうなんだよ。威力は、激紀や達滉と負けてないと思うんだ。ただ、今は大切な友達や先生を失ってしまったばかりだから、本来の力は全然発揮されていないね。」


「当り前よ。毎日の様に一緒にいた大切な人が、いきなりいなくなるんだから無理もないよ。これで、力を発揮出来る方が怖いしあの惨状や意味わからない怪物を見ても、吐いたり気絶してないだけでも凄いよ。」


「そうだね。」


「きっと、これを乗り越えられたらあの子は必ず強くなれるだろうし、長年のこの戦いに終止符を打ってくれる架け橋になってくれるかもしれない。」


おてんば娘が下着姿でバスルームから現れ、冷蔵庫を開いてキンキンに冷えた缶コーラを取り出す。プシュっと炭酸がはじける音と共に缶コーラを開封し、思いっきり口の中に入れる。コーラの甘味と炭酸がシュワシュワっと口の中に広がり、ごくごく飲み込むと同時に喉を刺激する。


「かあぁぁぁぁぁーーー、美味い。やっぱ、お風呂上りはキンキンに冷えたコーラだよね。」


美味しそうに缶コーラを一気に飲み干す。幸せそうな顔でコーラを飲む姿は、戦っている時とは真逆な表情である。


ご機嫌な笑顔で微笑みながら再び、冷蔵庫からキンキンに冷えた缶コーラを取り出して近くにあった椅子に座る。


「本当に、コーラ大好きだよね。体質なのか好みの問題なのか分からないけど、どうしてもあのシュワシュワした感じが好きになれないんだよね。」


「あんた、コーラ飲めないとか人生の大半を損しているよ。コーラを考えた人にノーベル化学賞を挙げたいね~~~。」


「僕は、地球に来るまで食文化って物を知らなかったから、人生の大半美味しい物を食べていなかったからね。」


「それじゃあ、新しい食文化を学びに世界中で愛されている本場の人が作るハンバーガーを夜食に食べに行こうじゃないか。」


「もうそうやって、僕に美味しい物を食べさせようとするんだから。」


不思議な生き物が、涎を垂らして顔を赤くしながらニヤニヤしている。微笑ましい笑顔を浮かべながらおてんば娘についていく。


部屋を出る直前に、不思議な生き物が腕に付いてるボタンを押して、自分自身の体全体をコーティングする。能力の一つである認識阻害である。


部屋の鍵を閉めて、近くのエレベーターに向かう。


「そういえば、昨日の傷はどう?」


「おかげさまで綺麗さっぱり治ったよ。本当にその能力便利だよね。」


「それ程でもあるよ~~~」


不思議な生き物は、照れくさそうに頬が赤くなっている。


エレベーターに乗り、近くの繁華街にあるハンバーガーショップへ向かった。





 とある場所にある地下のナイトクラブ。


ここは、日頃の疲れやストレスを解消して忘れさせてくれる憩いの場である。フロア全体が時間帯によって様々な背景に代わるのも、魅力の一つとなっている。


世界中の花を集めたフラワー背景、幻想的に輝くオーロラ背景、そして特に人気なのが星座と星をイメージした星空背景である。


夜の地下は真っ暗であるが、ここはその真逆でかなり明るい。


様々な色をした煌びやかな蛍光灯がフロア全体を明るくして、爆音の音楽が鳴り響く。


若者達は、DJが流す音楽に合わせて様々なリズムに乗って踊りだす。


・片腕を上げてジャンプしながら楽しんでいる者

・アルコールを飲みながら踊りだす者

・違法薬物を体内に入れハイテンションになりながら踊る者

・男女が全裸になって、全身を舐め回す者

・日々の鬱憤を解放する様に頭を激しく振りヘドバンする者

・周りより目立つ為に激しい光を放つ手持ち花火を持ちながら踊り狂う者


楽しみ方は、人それぞれだ。


男性の中には踊りながら女性に近づき胸や尻を触る者、ナンパして体をくっつけあいながら一緒に踊る者もいる。


要望があれば、プロのバーテンダーがその人に合ったオリジナルのカクテルを作ってくれるサービスがある。特に、金のラメが入っているカクテルを持っている者には、VIPルームへ招待されるスペシャルサプライズが待っている。


ここはまるで、天国に来たのかと錯覚させる様な世界だ。


フロアの中央にいるDJが、両腕を伸ばしながらさりげなく人差し指で観客を指す。


壁の端っこで待機している美男美女が、DJが指した観客に近づき声を掛ける。


美女は、肌や胸を強調した露出が多い服装でゴリゴリマッチョな男性に声を掛けて色時掛けでVIPルームに連れて行く。


美男は、クラブには似合わないシンプルな服装でグラスにシャンパンを持ちながら、クラブ慣れしていない女子大生位の子に声を掛けて同じくVIPルームへ連れて行く。


間もなく、フロア一体の壁の背景がオーロラに変わった。


周りの観客は、人気の背景が見れた事に歓喜し更にフロア全体が盛り上がった。


「今日は、満足された様ですね。」


カクテルを作りながら、高身長のサッパリイケメンのバーテンダーが微笑みながらボソッと言った。


VIPルームに連れて来られた者が帰って来ることはない。常連の噂では、大富豪になった、自分が思い描いている理想の異世界へ旅立った、楽園に行ったなどがある。

しかし、一部の利用者の間では、宇宙人に食べられた、裏社会に消された、などの噂があるが殆どの人間は前者を信じている者が多い。


このナイトクラブのコンセプトは、楽園である。その名の通り、非現実的な空間を味わいたい若者のたまり場であり幸福と出会いを求める場であり、そして命と違法薬物が売買されている。


クラブ名は、OPESUTO





 通夜当日。天候は大荒れの雨。まるで、地球も参列者と一緒にゼミ仲間の別れを惜しんでいるかと思わせる様な冷たい雨が降り注ぐ。


会場には、多くの学生や関係者が集まっている。


高めのスーツとネクタイをしているのは、相澤さんが所属していた事務所の社長の様だ。隣で泣いている4人の女性は、相澤さんが所属するアイドルメンバーだろう。

秋葉原で5人組のアイドルユニットを結成したばかりで、相澤さんがセンターを務める事になっていた。

相澤さんは、裏表が無い子で誰にでも笑顔が明るくメンバーのまとめ役でもあった。だから、センターを誰にするかって話になった時もメンバー満場一致で、相澤さんになってかなり動揺していたらしい。


「誠司君、無事でよかった。」


声を掛けてくれたのは、佐藤君のアルバイト先である喫茶店の店長だ。


穏やかな御婆さんでよくゼミメンバーと一緒に喫茶店にお邪魔させてもらっていた。


数年前に、ご主人を亡くされてからずっと喫茶店を一人で切り盛りしていた所に、バイト先を探していた佐藤君と出会う。

佐藤君の口からは毎日の様にゼミメンバーの話題が出ていたらしい。

特に、俺が宇宙飛行士になる為に日々努力していることをよく話していて、将来は宇宙を題材にした喫茶店を作りたいと夢を語っていた。


通夜は、無宗教で執り行われた。遺体は、損傷が激しいのもあって先に火葬を済ませて通夜をすることになっている。


辺りを見渡すと、多くの人が参列してくれているのが分かる。特に、斎藤教授はかなり慕われていたのもあって色んな業界の関係者やゼミの卒業生などが多くいた。


通夜が行われている時、周りからは別れを惜しむ声が至る所で聞こえる。


通夜が終わり、母さんと一緒に遺族に挨拶周りをした。必ず、感情的になって俺だけが生き残った事を攻める人がいるだろうと密かに思っていたが、全くそんなことは無く寧ろ生きていたことを泣いて喜んでくれた。

遺族から「あの子達の分まで、しっかり生きて夢を叶えるんだよ。」と言ってくれて、泣きそうになってしまった。


葬儀会場から出て帰ろうとした時だった。


「ちょっといいかな?」

「星宮誠司君だよね?」


「そうですけど。」


話しかけて来たのは相澤さんが所属していた社長さんだった。


名前は田村渉。

アイドル事務所の社長だ。

40代前半でサングラスとオールバックが似合う茶髪の男性。


近くのカフェに入ると、アイスコーヒーを二つ頼んでくれた。


「愛ちゃんからよく話は聞いていたんだ。宇宙飛行士を目指している友達がいるって。」

「写真通り、真っ直ぐな目をした男だ。」


「アイドルが男の話をするって、事務所的に大丈夫なんですか・・・。」


「僕やメンバー内だけなんだから問題ない。それに、恋愛してる訳でもないし友達の話をするって事は、それだけ大学のゼミが楽しかったんだろう。」

「でも、誠司君の話をしている時のあの子の目は、恋している女の子の目だったのかもしれないな。元々、恋愛禁止にするつもりもなかったし年頃の女の子に『恋愛するな』なんて酷な話だろう。」

「僕にとってアイドルはね、疑似恋愛をさせる創作物でも無ければ夢を与える存在でも無い。あくまでも、ファンに夢を見せる仕事だと思うんだ。テーマパークのキャラクターや画面越しのヒーローだって、夢を見せて楽しませるのが仕事だろう。アイドルもその様な存在であっていいと思うんだ。」


「アイドル事務所の社長さんがそんなこと言うなんて驚きました。もっと利益やファンの為にとか言うもんだと・・・。」


「もちろん、不倫や同時進行で複数の人と関係を持っている子は、グループ全体のイメージダウンに繋がるから速攻で契約解除だけどね。」


注文したコーヒーが届いた。


コーヒーにミルクと砂糖を入れてかき混ぜると、相澤さんと初めてオーディションで出会った時の事を誠司に語る。


「愛ちゃんはね、誠司君の夢を応援したくてアイドルになったんだ。」


「どうゆうことですか?」


「オーディションの時にね・・・」


『宇宙飛行士になりたい友達の為に、宇宙アイドル目指します。』


「本当に驚いた。長年、この業界にいるけど誰かの為にアイドルになりたいなんて聞いたことなかったから。しかも、宇宙アイドルになりたいって面白い事を言う子だった。」


「そんな、思い切った事を相澤さんが言うなんて思いませんでした。正直、大人しそうな子だと思っていたので意外過ぎて・・・」


「僕も全く同じことを思っていた。人は見かけによらないな。」


田村さんがクスっと笑いながら、テーブルに置いてあったティッシュを取って目から出そうになっていた涙を拭いた。


残っていたコーヒーを飲み干し、田村が真剣な眼差しを誠司に向けた。


「誠司君。君は、絶対宇宙飛行士になって欲しい。それが、ゼミ全員の願いでもあるし残された遺族や僕の願いでもあるんだ。愛ちゃんの夢は、僕達が受け継いで必ず実現させると約束する。だから、誠司君も自分の夢を掴んでくれ。」


「はい!!!」


誠司は、田村と握手をした。


話で聞いていたとしても初対面であるのにも関わらず、ここまで人の夢を応援してくれる人なんて滅多にいないだろう。


そして、相澤さんの気持ちが何より嬉しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る