第27話

 気が付いたら眠っていたようで、窓から差し込む朝日で目が覚める。

そしてベッドから起き上がるとそのまま、椅子に腰かけ昨日会った出来事をゆっくりと思い出す。

お忍びで町に行った後に起きた、楽しい時間と……魔族に遭遇して怖い思いをした記憶。

最初はステラに会って沢山お話して、甘えようと思ってただけだったけど、まさかあんなに濃い一日になるなんて思わなかった。


「……アーロ、大丈夫かな」


 飢餓のリプカの魔法で眠らされたせいで、ドニが何をしても目を覚まさない程に深い眠りに落ちていたアーロをお父様が屋敷に連れ帰ったけど、ちゃんと起きたのだろうか。

魔族が使う魔法は、私達人間が使う物よりも強力な事が多いから……、お父様がちゃんと解呪出来たのか心配。

もしあのまま目を覚まさなかったら、ステラは凄い悲しむだろうし、そんな悲劇的な出来事は私も嫌だ。

なら、私に出来る事は何があるだろうと、考えては見るけれど……子供の身体で出来る事は特に何も無くて、無力な自分に嫌気が差しそうになる。


「……あら?」


 様々な事を考えながら、頭の中で自問自答を繰り返していると、ノックもせずに扉が開き、怖い顔をした使用人が入って来る。


「マリスお嬢様、これはいったいどういう事か説明して頂けますか?」

「……その前に、ノックをせずに人の部屋に入って来た事に関して謝罪をするべきでなくて?」

「昨日アデレード様に報告後、部屋に戻ったら服は脱ぎ捨てられているのを見て、何事かと思い屋敷内を探したら何処にもおらず……、かと思ったら夜遅くに平民が着るようなみすぼらしく、そして必要以上に足を露出するような服を着て戻って来る、いったいあなたは何をしていたのですか?」

「あなたは私専属の使用人よ?そんな態度をして後でどうなるか分からないのかしら?」

「……くっ、まずはノックをせず、無断で部屋に入った事をお詫びいたします」


 納得いかないと言わんばかりの顔をしているけど、私はこの人に優しくするつもりはない。

腰のベルトに差した短剣は、お母様の専属使用人の証。

未だにそれを持っているという事は、私の事を主人と認めていないという事だし、そんな失礼な事をするような人に、友好的な態度を取る程お人好しな人間じゃない。


「……謝罪を受け入れるわ、昨日はお父様とお忍びで町に行く予定を立てていたの、だから部屋で着替えて、そのまま屋敷を出たわ」

「私はその事を聞いていませんが?」

「言う必要があって?専属使用人になったというのに、お母様の専属を表す短剣を腰に差すようなあなたに話す事では無いと思うけど?」


 顔を赤く染めた使用人が、腰の短剣に触れながら近づいてくる。

そして鞘から抜いたかと思うと、勢いのままに首の隣に刃を添わせ……


「……何をするつもりかしら?」

「アデレード様の娘でなければ、今ここであなたを殺す事が出来たというのに、ピュガトワール家に生まれた事を感謝する事ですね」


 どうしてこんな危険な人がこの屋敷で使用人をしているのかと疑問に思うけど、お母様がお父様と婚姻を結んだ際、共にこの領地へと来た使用人の一人だった筈。

私が気に入らないからと、お父様にお願いして一方的に彼をこの屋敷から追い出すという事は、お母様の財産を一方的に取り上げる事になる。

それはお父様の立場を考えたら、領民からの印象を下げてしまい、彼等からこの領地を治める貴族は自分の妻を労わる事をせず、自分の欲を押し付ける最低な領主だと噂が広がってしまうだろう。

そうなる位なら、私なりの方法で上手くこの男を利用してやればいい。


「そう、なら私はピュガトワール家の次期領主としての立場とお母様の娘という立場を使って、あなたを利用させてもらうわ」

「……利用?いったい私に何をさせるつもりで?」

「実は町にお忍びに行った際に、とても重要な話を聞いてしまったの……その事に関してお母様とお話をしたいのだけれど、二人きりで合わせて貰えないかしら?」

「重要な話ですか、分かりました……そういう事でしたら、お召し物をお変えになられたら、アデレード様のお部屋に案内致します」

「あら?今すぐでも良いのではなくて?」


 使用人が不愉快そうな表情を浮かべると、私の前に姿見を持ってくると……


「……マリス様、ご自身の服装を一度鏡の前で良く見てください」

「良く見てと言われても、いつもと変わらな……あら?」


 そこには、平民の女性が着る服を身にまとった姿が映っていて……


「それでアデレード様にお会いになられるのは、お止めください」

「そ、そうね、お母様に叱られてしまうわね」

「……初めて意見が合いましたね」

「そう?」

「えぇ、では……メイド達を呼びますので、お召し物の交換が終わったら向かいましょう」


 使用人が部屋に備え付けられている使用人を呼ぶためのベルを手に取り鳴らす。

すると、数分もせずに扉がノックされて、ゆっくりと開くと女性の使用人が入って来て……


「君、マリスお嬢様がアデレート様とお会いになるので、それに相応しいお召し物に変えてさしあげなさい」

「専属使用人様、承知致しました……マリス様、そのえっと、個性的な服を一度お脱がし致しますね」

「えぇ、よろしくお願いするわ……、あ、今着ている服は大事に保管しておいてちょうだい、私の大事な物だからよろしくね?」


 女性の使用人の指示に従いながら、脱がせて貰うと用意して貰った綺麗な服を着させて貰う。


「専属使用人様、マリスお嬢様のお召し物の交換の方終わりました」

「ご苦労、要件は済んだので戻りなさい」

「分かりました、ではマリスお嬢様、失礼いたします」

「えぇ、えっと……あなたお名前は?」

「わ、私ですか!?、そ、そんな貴族様に名乗るなんて恐れ多い事私にはできません……どうかご容赦ください」


 お礼を言うのならちゃんと、相手を見て名前を言いたいだけなのに……そんな反応をされると、行けない事をしている気持ちになる。


「私が知りたいの、これは私の我が儘……だから教えてくれないかしら」

「は、はい、わた、私はダフネと申します」

「そう、ダフネというのね、ダフネさん着替えさせてくれてありがとう、もう戻っていいわよ」

「……お名前を呼んで頂けるなんて」


 ダフネと名乗った女性使用人は、顔を真っ赤にしながら深く頭を下げると部屋を出て行く。

そして専属使用人と二人きりになると……


「マリス様、貴族らしからぬ行動をとるのはおやめください」

「で?あなたの名前は何て言うのかしら?」

「……マリス様、もう一度言いますが貴族らしからぬ行動を──」

「あなたの主人としての命令よ、私の専属使用人の名前は何かしら?」

「……サイラスと申します」


 サイラス……、そう私をあの時殺したあなたの名前。

しっかりと覚えたし、これから先ずっと名前で呼んであげる。


「意外とかっこいい名前をしてるのね、じゃあ……サイラス、私をお母様の元へ案内してくれないかしら」

「……分かりましたマリスお嬢様、では着いて来てください」


 サイラスと共に部屋を出ると、お母様の元へ向かって歩き出した。

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