第11話

 目の前に並んでいる美味しそうなケーキと良い香りのする紅茶、口に入れて満たされた幸せな甘さを落ち着かせてくれる絶妙なバランス。

これはステラからの気遣いでお父様と話した後の私の状況を見て出してくれたものだ。

当時はそれを食べながら楽しくお話して、お屋敷の中で魔族との繋がりが無いか調べるようにとお願いしたけれど……


「あの……マリスお嬢様どう致しました?」

「……あ、え」

「マリスお嬢様?」


 ステラが心配そうな顔をして私の顔を覗き込む。

彼女からしたら何事も無い日々だけど、私からしたらそうじゃない……私のせいで亡くなった人が生きて目の前にいる。

それだけで嬉しいし、安心感から涙が流れてしまう……。


「お、お嬢様!?」

「な、なんで、も……ないの」

「そんな訳が!もしかしてケーキと紅茶の組み合わせが嫌でしたか!?申し訳ございません、直ぐに別のを用意しますので!」

「だから、ちが……」

「……えっと、マリスお嬢様、もしかしてですが、ご主人様に何か言われたりしたのですか?」


 この気持ちを何て伝えればいいのか分からない。

けどステラの顔を見る度に、あの時見た彼女の悲惨な姿が重なって見える。

これを話せたらと思うけど……そんな事をしたら困惑させるだけだろうし、なら今の私に出来る事としたら……


「あの……実は、笑わないで聞いてくれる?」

「……はい」

「ステラと一緒にケーキと紅茶を楽しみたかったの、けど一人分しかなかったから寂しくなっちゃって……」


 急いでケーキと紅茶を片そうとしていたステラの動きが止まる。

そして今度は壊れた玩具か何かのように小刻みにティーカップに掛けた指が震え出した。

もしかして、私は何か変な事をしてしまったのかもしれない。


「マリスお嬢様が私と?それに……今何てお呼びしました?」

「はい、私はステラと一緒にケーキと紅茶を楽しみたいと言いましたわ」

「そんな、名前をお呼び頂けるだけでも恐れ多いのにご一緒するだなんて」

「……ダメ?」


 小さい子供に上目遣いでお願いされて断る事が出来るだろうか。。

昔の私はまだ思考が幼かったからそんな計算出来はしなかったけど、今の私はちゃんと出来る。

同じような言葉を繰り返すようだけど、幼い女の子がこうして甘えて来て抗える大人がいるだろうか……、いや私なら出来ない。

だってかわいいもの、とはいえ色々と実年齢で換算したら30代以上の成人女性がこんな事をしているのはどうなのだろうかという意味では思う事があるけど、またあのような指示を出してステラが死んでしまうよりはましだと思う。


「分かりました、本来は使用人がお屋敷の方達と同じ物を口にする訳にはいかないのですが……そこまで仰るのなら用意いたします」

「もしお父様やお母様に何か言われたら、マリスに言われたって言えばいいわ」

「……えぇ、そう致しますが、ふふ」


 ステラが急に口を押さえて笑い出す。

そんな笑われるような事をしてしまったのだろうか……、何だか恥ずかしく感じるけど、これはこれで悪くないのかもしれない。


「ん?何かおかしい事でも言ったかしら?」

「急に大人びてしまったかと思ったら、急に歳相応になるなんてギャップがあり過ぎて……ふふ」

「……何を言いたいのかしら」

「とても可愛らしいなって思っただけです、ふふ……こういう経験が出来るなら若い頃に頑張ってもう一人作って娘が産まれてくれてたらなぁって思ってしまいます」


 そういえばステラの子供は皆男の子だったっけ……、けど彼女の年齢から考えたら孫がいてもおかしくないと言われてもしょうがない位には歳を重ねているけど、まだ充分元気に働けているから、頑張れば大丈夫な気がする。

それとも私が子供を産んで育てるという経験が無いから分からないだけで、もしかして高齢になるとそういうのって難しくなったりするのかしら……、でもこの国は他国よりも食糧事情は良いから栄養が足りないとかはないと思うんだけど、それとは違う何かがあるのかな。


「それなら今からでも遅くは無いんじゃないかしら?」

「頑張れば確かに子宝には恵まれるかもしれませんが、残念ながら体力的な意味で難しいと思いますよ?それに……私に子が出来てこのお屋敷を離れてしまったら誰がこんなに可愛らしいマリスお嬢様のお世話をするのですか」

「それなら私を娘だと思って可愛がって頂けません事?、実の娘にはなれませんけど……」

「マリス様を実の娘のように可愛がれと……本当に良いのですか?」

「えぇ……勿論よ、それとも二人きりの時はステラお母様って呼んだ方が宜しいかしら?」


 私がそういうと慌てたような仕草をして、ステラが数歩後ろに下がる。

けど話しながら椅子から降りていた私は逃がさないように小走りで彼女に近づいて抱き着き……


「ね?……ステラお母様?」

「いっ!いけませんマリス様!そのような事をなさっては!」

「じゃあ、私の事を娘のように可愛がってくれる?」

「……分かりました、二人きりの時で良ければそうさせて頂きます」

「やった!ステラ大好き!……じゃあお願いなんだけど、直ぐにステラの分のケーキと紅茶を持ってきて?私ここでいい子で待ってるから!」


 そう言ってステラから離れると再び小走りでテーブルへと向かい、子供が座るには高すぎる椅子に何とかよじ登る。

そんな私を見たステラが微笑みながら小さく息を吐くと私に向かってお辞儀をして部屋を静かに出て行き、一人残された私は椅子の上で両足を動かして遊びながら時間が経ち冷めてしまった紅茶をゆっくりと味わうように口にした。

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