第5話

 お父様の言葉を聞いた瞬間に、体全体から嫌な汗が噴き出るのを感じる。


「その反応私の言った事が分からない訳ではないみたいだね」

「あ……え」

「すまない、娘にそんな顔をさせる気は無かった」


 この人は私の秘密を知っている。

いったいいつ気づいたのか、お父様とお母様の前では以前の私をイメージして接していたのに……


「そんな驚いた顔をしないでおくれ、お父さんは君の味方だから」

「……え?」

「私も昔同じような経験をした事があってね、その時に母から……マリスからしたらお婆様から確認されて同じ反応をした事があるんだよ」


 お父様も人生をやり直した事がある。

その言葉の意味が分からなくて頭が回らない。


「私が持っているこの本があるだろう?これはご先祖様が呪術を用意て、過去に存在していた業を背負い人の身でありながら魔族の王となった者を殺害した際に、その皮を剥いで作った物でね」

「……これと私のやり直しに繋がりがあるのですか?」

「勿論、この魔導書の持ち主に選ばれた者は類まれなる叡智と戦闘能力を得る代わりに、強い意思を持たなければ何れ力に飲まれ魔王へとその身を変じてしまう」


 類まれなる叡智と戦闘能力……もしかして私が学園にて首席で卒業する事になったのも、貴族として義務付けられている戦闘訓練においても常に一番強かったのも誰かに与えられた物だったって事?


「でも私……選ばれたと言われてもどうしてそうなったのか分かりませんわ」

「本に選ばれた者は強欲の業を背負ってしまうんだ、やり直す前の人生で思い当たる節があるんじゃないかな?周囲を自分の意のままに動かそうとしたりとかね」

「えぇ……前の私は我が儘放題で周りに迷惑を掛けたりしましたわ、それに婚約した──」

「婚約?……マリス、やり直し前に何が起きたのか気になるけど、説明してはいけないよ?未来を人に伝えると言う事は大きな責任を伴うんだ、例えば明日事故で死ぬ人がいたとしよう、その人に伝えて運命を変えたらどうなると思う?」

「それは……素晴らしい事ではなくて?死なないで済んだという事は悲しむ人が減るという事ですわ」

「ならその人物が表では良い顔をしていながら、裏では犯罪を犯している重罪人だったらどうする?マリスが救い君は満足しただろうけど、それ以上に悲しみ苦しむ人が増えるんだ、それに関して責任が取れるのかい?」


 責任が取れる訳が無い。

その事情がある事を知らずに助けてしまったという事は、間違いなくどうしてそうなってしまったのか理解できてない筈だから……


「無理ですわ」

「そうだろう?、だからやり直す前の事はマリスが信用できると感じた相手にのみ伝えなさい」

「えぇ……そう致します、ですがお父様どうしてやり直しが発生するのですか?」

「それはこの魔導書に施された呪術のせいだね、一族が滅びるような出来事があった場合、本に選ばれた物は死後その運命を逃れる事が出来る時間軸に戻されるんだよ」

「では先程、本を見ていたのは……?」


 この家に伝わる魔導書がそんな危険な物だと知らなかった。

ただ……それが本当だったとしたら、私がこの幼い姿になったのはこの時ではないと逃れる事が出来ない運命だという事なのかもしれない。


「実はこの本には次の候補者の名前が記載されていてね、【ダート・アデリー・ピュガトワール】と【マリス・シルヴィ・ピュガトワール】……そう、私の娘でマリスと君の姉に当たる人の名前があったんだよね」

「あったって事は……その、どういう事ですの?」

「死亡したり、選ばれたり場合どちらかの名前が消えるんだ」

「……という事はお姉様はお亡くなりになられたという事ではなくて?」


 もしかしたらこの時期にたまたまお姉様が無くなってたのかもしれない。

でも……生きていた場合13歳も年が離れている面識も無い方に、これといった感情を持つ事が出来る訳も無く……。


「その可能性を親としては考えたくは無いけど……ありえなくはない、とはいえ現にマリスはこの時間軸に戻って来ているのだから選ばれたのも確かだろう、他にも気づくに至った理由があるけれど……ただこの事はお母様には言ってはいけないよ?」

「それは勿論分かっておりますわ?今もお姉様の無事を信じて毎日自室で祈りを捧げている位ですもの……、もしお母様にお姉様の事と私が本に選ばれた事を話したらどうなるか分かりませんわ」

「……この秘密に関しては領主と、本に選ばれた時期領主以外は他の言葉に変換されて伝わらないからね」

「そもそも言う気はありませんわ?……ただお父様?他の言葉に変換されるって、それなら今までのやり取りって意味がありまして?」

「勿論あるさ、最初にこちらの手の内を晒して味方だと思わせなければ……こうやってやり直しについて話す事が出来なかっただろう?」


 確かにそうかもしれないけど、優しい笑顔を浮かべながら不吉な魔導書を片手に持って娘の頭を撫でるのは……何か怪しい儀式をしてるように見えるからやめて欲しい。


「私は親として娘に対して常に味方でありたいと思ってはいるが、マリスは戻された時間軸の中で誰が味方なのか分からなくて不安だったはず……こういう時に手を差し伸べるのが父親というものなのだよ」

「お父様……ありがとうございます」

「なぁに気にする必要は無いよ……あぁ、でもそうだね、もしマリスが何度も繰り返す事になるやり直しの中で私に相談したいと思ったら、次からお父さんの方を見て指で周回した回数を教えて欲しい、そうしたら出来る範囲で力になるよ」

「お父様……、じゃあ一つ相談ではなくお願いなのですけれど、マリスのお願いを聞いて頂けます?」

「お願い?構わないけどどうしたんだい?」


 この幼い頃に戻ってやり直す事になったって事は、今の私でなら滅びの運命を変えられる筈。

でもそうなると全ての原因はこの国の王子と出会った事から始まったのなら?、もしそうだったとしたら私が学園に行かなければあのような悲劇が起こらなかった。


「お父様達は私を将来学園に行かせようとすると思うのですが、出来れば行かずにこの地に留まり婿を貰い平穏に暮らしたいですわ」

「地方貴族となると学園に行かないという事もあるが、残念な事にピュガトワール家は大事なお役目を王家から承っている以上、婿を探す場合学園にて候補を探し格式にあった人物を選ぶ必要がある、マリス……君は貴族の責務を放棄する事になるかもしれないがそれでもいいのかい?」

「別に婿位自由で選んでもいいではありませんの、だから私は適当な貴族の三男等領地を継ぐ事が出来ない相手を探して婿に入れて一族の滅亡を回避致しますわ」

「そうか、なら好きにしたまえ……ただマリスこれは次の君に伝える言葉だから覚えておきなさい、運命という物は逃げたらあちらから凄い勢いで追って来るものだとね」


 お父様はそういうと私に退室を促し何事もなく一日が終わった。

そしてその次の日も、また次の日も、更に時が立ち学園に行く事になる筈だった年齢になっても穏やかに平穏に時が進む。

お父様が言うような事何て無かったじゃないと思い婿を探す歳になった時の事、この小さな国は他国からの侵略に合い応戦する間も無く滅び。

領地を治めていた貴族達の首は国民への見せしめの為、私を含め女子供誰一人として例外なく吊るされ終わりを告げるのだった。

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