第2話

 日が届かない程に暗い地下の牢獄に捕らえられてからどれくらいの月日がたっただろうか。

出される食事は一日に一度、必要最低限の水と古くなり硬くなったパンだけ……何度かの太陽と月が沈む間にどんどん体が細くなって行き、今では声を出すだけでも掠れてしまって、誰かを呼ぼうとしても喉からヒューヒューとした音しか出ない。


(でも……助けてと言ったら現状が変わる訳でもないし)


 もし今声が出せて大声で助け、ここから出してたと叫んだら何かが変わるのだろうか。

誰かが私の事を不憫に思って助けに来てくれるのか?、いやそんな夢物語のような事が起きる事は無いだろう。

……この国を滅ぼした魔王を国民が助けようとしたらそれこそ下心しかない気がする。

こんなにやせ細り、肉付きの悪くなった体でも一部の者達からは需要があるだろうし……いや?でもそれでもいいのかもしれない。

だってこれ以上生きても何も希望が見いだせない……、それなら誰かに友好的に使われた方が……


(……なんだか体が指先から冷たくなってきた)


 悲観的な事を考えていると胸のあたりから冷たい水が流れて行くような感覚がして、徐々に指先が動かなくなる。

そして足の先が氷のように冷え切って、頭の中がぼんやりとしてきたかと思うと……


(何か……気持ち良くなってきたかも)


 体の力が抜けていく感覚が気持ち良い。

あったかいお風呂にゆっくりと肩まで浸かって目を閉じているかのような……。


(多分これが死ぬって事なのかも……?)


 徐々に意識が遠のいて行く。

まるでどこかへ自分が消えてしまうような、深い深い闇の底に──


(来世が本当にあるなら、今世とは違って幸せな……、でも、神様がいるなら……やり直したいな)


 そしていつか夢見た王子様との幸せな生活を……送ってみた……い──


「……あれ?体が軽い?」


 衰弱したせいで思うように動かなくて、鉛のように重かった身体が急に軽く感じて目を開ける。

すると……驚く程に眩しい日の光が差し込んで来た。


「……え?、あ、え?」


 驚きの余り咄嗟に目を閉じてしまった。

……もしかしてあの感覚はただ気を失っていたのかもしれない。

そして意識の無い私を見つけてくれた誰かが一時的に治療の為に牢から出したとかそんな感じだろう。

でも久しぶりに感じる寝心地の良いベッドに、少しだけ動かしづらい手足からでも分かる程に質の良いシーツの感覚に安らぎを覚える。

あぁ、治療が終わったらまた戻されると分かっていても……今はこの気持ちに身をだねていたい──


「──さま──リスおじ──さま」

「ん、んん?」


 どうやら眠っていたみたいで、誰かが私を起こそうとする声がする。

治療の時間が来たのだろうか……束の間の幸せが終わると思うと残念で、また地下に戻されると思うと辛くて思わず涙が零れそうになって……


「マ、マリスお嬢様!?」

「……?」


 私の名前を呼んでお嬢様と呼ぶ人物は皆……もう死んでしまっていない筈がないのにいったい誰だろう。

お父様とお母様は私が捕らえられた後、領民達の手によりむごい殺され方をしたと聞いた。

その時に仕えたいた方達も同じような目にあったと聞いた時は、絶望しかなかったけど……もしかしたら生き残りがいたのかもしれない。

そう思いながら目を開けて体を起こすと……。


「お嬢様?何を言っているの……?今の私は魔王マリスよ?」

「は、え?おじょう……さま?」

「え、あなた……」


 おかしい、私の前には懐かしい顔がある。

幼い頃に私の身の回りの世話をしてくれたメイドがどうしてここに、死んだと聞いていたのにどうして?もしかしてあれは、私を絶望させる為の嘘だった……の?。

牢に捕らえられた私を殺さずに生かしていたのも、今までの行いを後悔させてから民衆の前で処刑する為だと……地下牢の見張りをしていた兵士が楽しそうに話してくれたのを覚えている。

という事は……目の前にいるこの人も、当時のメイドにそっくりな女性を見つけて来て世話をさせて安心しきった所で絶望させようという魂胆なのかもしれない。


「もう、昨日は勇者になる夢を見てたと思ったら次は魔王ですか?、マリスお嬢様は本当物語に影響受けやすいのですから……、昨日は一体何をお読みになられたので?」

「だ、騙されないわよ……、私はこの世界を災厄に落とした魔王マリス・シルヴィ・ピュルガトワール、この名を知らない訳ではないでしょう!?」

「もう、役になりきってるみたいですね……、マリスお嬢様?そういうのは悪い癖ですから一度鏡を見て、夢から覚めてくださいまし」

「え、ちょっとあなたっ!不敬よ!?急に抱き……あ、げ……え?」


 成人した女性を両腕の力だけで抱き上げるだ何てどういうこと……?、それに鏡に映ってる姿はどう見ても幼い少女で、驚きながら周囲を良く見渡すと幼少期の頃に過ごした領地のお屋敷の私の部屋だ。

もしかしてだけど、私が死ぬ時に神様に願った事が叶ったのかもしれない……。

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