過去に遡って……

第1話

 いつからだろうこんな事になってしまったのは……。

どうしてだろうこんなに取り返しのつかなくなってしまったのは、私はただお慕いするあなたの為を思って行動していたのに、気づいたら国そのものを危険に晒した逆賊として捕らえられてしまった。

そして今は……処刑の日までの短い生を薄暗い牢屋の中で生きている。


「……それもこれも私のせいじゃなくて交渉を持ち掛けて来た人達のせいですわ」


 私がこの国の王子様と婚約関係となって暫くの事だった。

今になって思うと怪しい黒いローブを着て、顔を布マスクで隠していた遠くの国から私の父が治める領地に商売の為に来たという集団が、珍しい物があるからと屋敷へと尋ねて来たかと思うと私に向かって……


「私はこの商団の代表をしております──と申します、実はお嬢様に折り入って内密な話がありまして……」


 今はもう名前すら思い出せないけど、その話を聞いていると……


「はい、これから我々に対して支援をして頂けるのでしたらこの国は更に栄えるでしょう、容易には手に入れる事が出来ない他国の品まで、この通り我々であれば簡単に手に入れる事が出来ます」

「でも……私一人の判断で勝手に決める訳には……」

「何を仰られるのですかっ!決めるなら今しかありませんよ?我々は明日にでもここを離れ次の場所へと旅立たねばなりません」

「でも……」

「お悩みになられるのは分かります、ですが今しか無いのです……さぁ是非この契約書に契約を!」


 他国の素材、それも貴重なモンスターの素材や動物の毛皮、そして禁じられた魔族と呼ばれる種族の身体の一部を使った工芸品、更には優秀な鍛冶師が作ったのだと一目で分かる程に良く鍛え抜かれた武器の数々……。


『何を躊躇う必要がありますか?、あなたが一言ハイと頷き、魔術契約を行えば我らとの間に交流が出来、他国にいつ攻め落とされてもおかしくないこの国に強大な戦力が手に入るのですぞ?、勿論この国の王は戦いを望まず話し合いで平和を作ろうとしているのは他国の民である私達の耳にも入っております……ですがっ!、理想を成すには何よりも力が必要なのです!聡明なあなた様ならそれが分かる筈ですよね?』

『……何故それを私に仰るの?』

「それは勿論、あなた様がこの国の王族と婚約関係にあられると同時に、度々軍事力の強化を進言しておられるという噂をこの地の領民より聞いたからですな、分かっておるのでしょう?このままだと何れ国が滅びるという事が……、ただ今のあなた様の立場ではいくら声高らかに叫んでも所詮はただの小さな領地を治める貴族の娘で、たまたま運良く幼い時期に王子の目に留まり、婚約関係となった以外には何の力もない状態だ、そんな……そんなあなたでは何も変える事が出来ないっ!そう力が無いからだっ!だからそう、今ここで我々と契約する事でその力を得る事が出来るのです!」

「……分かりました、そこまで仰るのならあなたを信じて契約させて頂きます」

「ありがとうございます、あなたはとても良い選択をいたしました、これからこの国は軍事国として大きな発展を遂げる事でしょう」


 この国は今はもう自然は枯れはて、名産であった作物はもはや実らず……国の周囲を覆っていた自然の要塞とでもいえる程に堅牢で、そして外から見ると静かな美しさを感じた山々と大森林は……私が契約を交わしてしまったばかりに、たった数年で全て切り倒されてしまい枯れ山となってしまった。


「でも変わりに確かにこの世界で一番の強国となったわ、あの魔族の商団と契約して私達よりも遥かに強い魔族の方々と交流を持つ事になって、その方々を連れて王城に行ったら何故か、体が勝手に動いて愛していた王子や王族をこの手で殺し、国そのものを武力で乗っ取り、逆らう者達は皆殺しそして私が新たな王になったと思ったら今は……」


 気づいた時にはこの世界から魔族を率いて一刻を滅ぼした魔王と呼ばれるようになり……、世界中が私を共通の敵と認識して一致団結。

そして定期的に勇者と呼ばれる魔王討伐の任を請け負った、指折りな実力者を暗殺者として送り付けて来る。

死にたくないから必死に抵抗する度に悪名が更に広がり……、最後には


「ふふ……魔王様、我々はこの地で採れる貴重な素材を全て取り終えましたのでこれにて失礼致します」

「……え?」

「え?も何も、充分にこの国は栄えたでしょう?、まぁ……今まで良き取引が出来た事心より感謝しておりますが、これ以上ここにいても我ら魔族には何の得が無いのですよ、いいですか?魔王様、我らは世界の混沌を好みますが、現在のこの世はあなたという共通の敵を得たことで落ち着いてしまい平和になりつつある、それは実にいただけない、それなら新たな混沌を作ればいい、そう思いませんか?」

「え?それってどういう事ですの……?」

「……この国の国民は今や度重なる戦争により、大変飢えております、そこで私達が善意の元彼らに食料を分け与え、更には武器を与えました……そして彼らにこう囁き掛けたのです」


 今では私のみが入れる王城の一室で黒いローブの男はマスク越しでも分かる程に、にやぁっとした嫌らしい笑みを浮かべると……


「ここに我らが各国の王族より承った書状がある、内容に関してはこう書かれているっ!『魔王は捕らえ我々の元へとその首を差し出せば、各国の王達が荒れ果てたこの国に食料等の支援をすると共に過去に奪われた君たちの穏やかな生活を取り戻せるよう協力をしてくださるそうだ!、我らはそれを知らせる為にこの地に来た!さぁ!立ち上がれ国民よ、今こそ君たちを苦しめている悪しき魔王を滅ぼし、本来あるべき光ある人生を歩むべきだ!」

「……なんてことを、そんな事を言ったわ私も被害者よ!」

「何を仰るのですか……、あなたは自分の意思で我々と契約を交わしたではないですか、ふふ良いですか?魔王様戦争は経済です、それが停滞したらいけないのですよ……あなたには分からないでしょうが、あなたが死ぬ事で各国は共通の敵を失い昔のようにこの国で採れる貴重な金属を目当てに戦争になるでしょう、しかも今度は魔王が消え治める物がいなくなったこの地の所有権を求めて、各国が争うのです、既に採れる物など何もないというのに必死で面白いと思いませんか?」

「……」

「黙ってもこれが現実なのですよ……、さぁ良くお聞きなさい魔王マリス様!外から聞こえる反乱の声を!革命ののろしを!用済みのあなたはこれから始まる新たな混沌の礎になるのです!」


 その声と共に目の前の魔族の姿が消える。

すると……扉が乱暴に開かれ、外から武装した集団が押し入って来たかと思うと……私はそのまま抵抗する事すらできずに捕らえられた。

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