第3話

 勇者ヒロについて色々と調べた結果やはり勇者らしく正義感溢れるお人好しだということが分かったので、俺はまず勇者一行に取り入ることにした。


「君、大丈夫だったか?」


 わざと勇者一行の目につきそうな所で魔物から逃げ回っていると、勇者は思惑通りに俺を助けて心配そうな顔を向けてくる。

 前情報にあった通り、お優しそうな男だ。


「は、はい、大丈夫です。

 助けて下さってありがとうございました」


 気の弱い少年を演じながら感謝を口にした俺を見て、勇者は何故か困惑したような顔をしている。

 ……まさか、怪しまれてるのか? 


「えっと、親御さんは?」


 ……え? 


「いません。一人で旅をしているので……」


 よくあることだろうに、何をこんなに困惑しているのか。


「えっ! 君今いくつだ!?」

「じゅ、十六歳ですけど」

「十六で一人旅!?」


 あぁ、そう言えば勇者の一行が魔王封印の旅に出た時はもう全員成人済みだったんだったか。

 二年前旅立った時それぞれ勇者が二十四歳、聖者が二十五歳、賢者が二十三歳だったとか情報屋が言ってたな。


「すごいな……! でもこの辺の森は危ないし、せめてどこかの街まで送っていくよ」


 え。と声を出しそうになったのをすんでのところで抑える。

 ここまで都合良く進んでしまっていいのか? もしかして罠なのだろうか。


「ヒロ様、身元不明の者をそんなアッサリ拾うのは如何なものでしょうか。もしかしたら勇者を狙う人間の手先かも──」


 真面目そうな眼鏡の男(情報屋によると聖者らしい)が小さな声で勇者にそう言いかけたが、明るい雰囲気の女性(同じく情報屋によると賢者らしい)が彼の言葉を遮った。


「まぁまぁいいじゃないルメス! 私は賛成よ? 

 ここってなんかよく分からないけど確かミノタウロスも出るような森だった気がしないでもないし、危ないもの」


 賢者なのにそんなふわっとした情報でいいのかと心配になったが、こちらにとっては好都合なので何も言うまいとただ話を聞いていた。

 そもそもこの話は三人の間で行われている内緒話であり、俺が暗殺者としての訓練を積んでいなければこの距離で聞き取ることは不可能な声量でされているので、うっかり反応してしまえば俺が一般人ではないことはすぐにバレてしまうだろう。


「カズラ様……。

 ……はぁ、仕方がありませんね。取りあえずは連れていきましょう」


 あぁ良かった。どうやら俺を連れていく方向で話がまとまったらしい。


「あの……?」


 我ながら白々しいなと思いながら声をかけると、「お待たせしてしまい申し訳ありません。行きましょうか」と聖者が微笑んだ。

 ……一瞬その微笑みが胡散臭いと感じたのは、恐らく俺の気のせいではないのだろう。


 ■


 どこを目指しているのかと訊かれた俺は、現在地から森の中心に対して真反対にある街の名を告げた。

 街に入ってしまえばそこで別行動となってしまうだろう。しかし別行動では都合が悪いのだ。

 出来るだけ長く行動を共にし、確実に仕留められる時を狙わなければ。

 幸いこの森は広い。ゆっくり進めば三日は稼げるだろう。


「そう言えば、君の名前はなんて言うんだ?」


 歩き始めて少し経った頃、勇者が俺に名前を訊ねてきた。


「すみません、そう言えばまだ名乗ってませんでしたね。

 自己紹介が遅くなりましたが俺はノルと言います」


 言うまでもなく偽名だ。

 寧ろここで裏社会に暗殺者として知れ渡っている本名(と言っても組織でつけられた名前だが)を名乗る人間はいないだろう。


「ノル、か。俺はヒロだ」


「私はカズラ! それでこっちがルメス!」


「カズラ様、勝手に紹介しないで下さい。

 ……しかし、ノル様はよくお一人でこの森を抜けようと思いましたね。確かにある程度力がついていればここの魔物相手に手こずることはありませんが、一般人、それもまだ十六歳でしょう」


 歩きながら聖者が俺にそう言うが、伊達に暗殺組織で一番を名乗っていたわけではないのでここの魔物程度なら余裕で倒せる。

 まぁ、当然それを言うわけにはいかないのだが。


「俺、クラス適正の関係で隠密に特化してるんです。なのでここの魔物から見つからないように行けば、と思ったんですけど……」

「けど?」


 こてんと賢者が首を傾げながら説明を促す。


「……その、お恥ずかしい話なんですけど、魔物を気にするあまり足元に注意を向けられず、木の根っこに引っ掛かって転んでしまって……」


 わざと辿々しい敬語で少し赤面しながら気まずそうにそう言うと、三人とも一瞬ポカンとして、それから勇者が笑った。


「あっはっは! まぁ魔物に慣れてなければしょうがないよな!」

「懐かしいな~、私も初めて魔物を見た時はそんな感じだった気がする! 魔物しか目に入らなくて崖から落っこちそうになったし!」

「それはどうなんでしょう……」


 そういう質問をされたときの言い訳が無駄にならなくてよかったな。なんてぼんやりと考えていると、賢者が少し目をキラキラさせながらこちらに質問をしてきた。


「それはそうと隠密系の技って珍しいわよね! 貴方のクラス適正は何なの?」


 この質問は予想していたものなので実際「あぁ来たか」程度にしか思っていないのだが……とりあえず動揺しておくか。


「あ、それ、は……」

「ノル、言わなくていい」

「すみません、カズラ様が失礼を……!」

「……いえ、大丈夫です。よく訊かれますし、同行者のことを知っておきたいと思うのは当然ですから。

 ……でも、その、俺……昔クラス適正のせいでいじめられたことがトラウマで、あんまり人にクラス適正を話したくなくて。

 すみません、守ってもらうほうなのに非常識なのはわかってるんですけど……」

「言わなくていいさ、デリケートなことだしな。

 カズラも、そういうことは軽率に訊くもんじゃないぞ?」

「ご、ごめんね、ノルくん……」

「気にしないで下さい」


 上手くクラス適正については誤魔化せたか。

 でも、勇者がそういうことについて気を回すのは意外だったな。てっきりお綺麗な世界のことしか知らないような人間だと思ってたのに。


 ……少し箱入りだと思い込み過ぎていたな。もう二年も旅をしてるんだから、それくらいは知っていても当然か。


 任務に思い込みは厳禁だというのに情けないと気を引き締めながら、俺は勇者達と森を進み続けた。

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