第2話

 俺が物心ついた頃には、もう暗殺者アサシンとしての訓練は始まっていた。

 後から聞いた話だと、実の親は俺を売ったらしい。……でもそれは多分、俺のせいだろう。


 世界には『クラス適正』というものがある。


 この世界に生まれたのならばどんな人間にも必ず存在する、言ってしまえば人生のレールのようなもの。運命と言いかえても良いかもしれない。

 珍しいものはいくつかあるが、その中でも有名なのは『聖者』『賢者』そして『勇者』だ。


『魔王』という永久不滅な存在を倒すために世界に一人だけ現れるのがこの三つであり、必ず同時期に現れるらしい。


 しかし先に永久不滅と言った通り、『魔王』を完全に消滅させることは出来ない。

 だから『勇者』だけが持つ特殊な能力ちからを使って長期間封印するのだ。

 そして封印が解ける前後に再び世界に勇者たちが現れる。この繰り返し。それが世界の構造だ。


 そんな世界で、俺のクラス適正は『暗殺者アサシン』だった。そこそこ珍しい適正だが、いや、そこそこ珍しい適正だからこそ、俺の両親は嫌がっただろう。

 『暗殺者』は、疎まれる適正だ。

 当然と言えば当然かもしれない。人間は誰しも近くに危険なものがあれば嫌がるものだ。

 恨みを買えば殺されるかもしれない──その適正を持つ人間の性質がどうであれ、何かあれば大抵の人間の命を人間なんて、誰がそばに置きたがるだろうか。


 ……唯一の救いは、そこそこ珍しいだけに一部の人間には高値で売れることだろう。

 例えば自分だけの暗部が欲しい貴族や暗殺を生業なりわいとする集団とか、戦力を貸し借りする人間──俗な言い方をすれば『兵隊屋』とかが多い。


 勿論人身売買それは法に触れることではあるけれど、実際どんな善人が治めている地域であろうと後ろ暗い部分がないなんてことはあり得ないのだ。

 善いめんだけの人間なんて、世界に数えられる程度すらいないんだから。


 『唯一の救いが、『暗殺者』がそこそこ珍しくて一部の人間には高値で売れること』と言ったことについて、幸せな人間は『それの何が救いなのか』と思うかもしれない。

 例えば、『勇者』はまさにそういう人間だと言っていいだろう。

 人間を救う人間として、人間の善い側面を沢山見てきた『勇者』のような人間は、多分『売られる』とか『買われる』とか『ろくな扱いをされない』っていうのが最底辺の待遇だと思っているはずだ。


 でも実際それは違う。

 最底辺の待遇っていうのは『殺されること』だ。

 死んだ方がマシと言いたくなるような扱いをされたって、泥水を啜って生きていくことになったって、なのだ。


 寧ろ、俺は親に感謝すらしている。

 『将来人様に迷惑をかける前に殺してしまおう』なんて偽善や、いっそ笑えるような自己の正当化に巻き込まれず今息をしているのは、紛れもなく俺を裏社会の暗殺組織に売った両親のお陰だからだ。

 物心ついた頃には既に暗殺者としての教育が始まっており比較対象も無かったので自分が辛いと思ったことは無かったが、任務で潜入した場所での話を聞く限りはあまり楽な方ではなかったらしい。

 しかし、やはり俺は売られたことを憎む気にはなれなかった。

 まぁクラス適正を理由にしたいじめも存在する程だ。きっと売られていなかったとしても、大して代わり映えしない人生を送っていたことだろう。


 そうして暗殺者として育て上げられた俺は組織に命じられるがまま人の命を奪い続けた。一人目、二人目、三人目と、段々難しくなっていく任務をこなす度俺の実力は伸びていき、いつの間にか俺は組織一の暗殺者となっていた。


 そういえば組織一になった時は、珍しくトップに呼び出されたっけ。


「お前の生への執念は異常だよ。

 まぁ悪いことではないし、それ故に組織一になれたんだろうがな」


 あの時トップの言った“異常さ”が俺にはよく分からなくて曖昧にお礼を言ったことを、今でもよく覚えている。だって生きていたいと思うことなんて当然じゃないか。

 生きていれば、生きてさえいれば、いつかは幸せになれるって──────……あれ? 俺はそれを、誰に教えられたんだっけ。


 ……まぁ、誰でもいいか。



 そんなこんなで色々な任務をこなしていたある日、トップ直々に特別な任務を任された。


 ──それが、勇者の暗殺だ。


 暗殺や黒魔術、闇魔法といった負のエネルギーを利用するタイプのクラスは、勇者とすこぶる相性が悪い。成功する確率は限りなく低いだろう。

 ならば成功したら無事で済むかと問われるとそんなこともなく、何としてでも犯人を見つけ出そうとする各国お抱えの魔術師により特定され極刑に処されるのがオチだとしか思えない。

 しかしそんな依頼をされて尚且つ断れないとなれば、この依頼をしてきた依頼主は恐らく随分と地位や金払いのいい常連だ。


 だから、トップの口からその任務を告げられた時、捨て駒にされるのだとすぐに理解できた。

 随分と力をつけて組織にとって脅威となった俺を排除するにはぴったりの任務だ。失敗すれば『組織一』である俺が死んだことを言い訳に依頼を断れるし、成功すれば金も入り邪魔物も消せる。追求されたところで『あいつの独断だった』と説明すれば良いだけの話だ。


 ……生きたかったから強くなったのに、強くなったせいで消されるなんて皮肉なものだな。


 任務に発つ前に、俺はトップにただ一言だけ告げた。


「今まで、ありがとうございました」


 捨て駒にされたのは残念だが、十六という年齢まで生きていられたのは間違いなく俺を買ったのだろうトップのお陰だ。それに捨て駒として俺を選んだのも組織の長として最上の判断だろう。


 トップは 何か言いたげに口を開いたが、そのまま口を閉じてしまった。

 ……最後まで、よく分からない人だったな。


 その後情報屋から勇者の居所いどころを聞いた俺は、すぐにその場所へと向かった。

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