ジンザの話

 スーパーはやっぱりなくなっていた。商店街もね。悲しいことではあるけど、あの子の家がなくなっていたから予想はしてたし、銀座カリーパンを食べたばかりだから平気だった。


 地図を作り直さないと。

 やるべきことがボクを支えてくれた。

 勉強だってつづけなくちゃいけないし、神様を恨みたくなるようなできごとがあったからこそ、世界のありかたを調べなくちゃいけない。


 変震と時嵐はボクに恐怖を与えたかもしれないけれど、恩恵も与えてくれた。

 手はじめにボクの家の前の家を調べてみると、やっぱり知ってる家ではなかったけど、まったく別の家になっていたからこそ中身が復活したようなものだった。


 当時のボクにとって最大の懸念と最大の希望は、この変化によって世界に悪い人や化け物が現れることだった。


 戦う準備はしておいたよ。常にね。弾を二発抜いた拳銃とバールだ。バールはお店や家を探索するときに便利だから、かならずリュックに差すことにしてた。


 でも、なんといったらいいのか、戦いにつかうことはなかった。

 この世界に敵はいない。いないのかもしれない。

 すくなくとも、動物どころか虫すらいない。


 うっすら気づいてはいたんだ。

 まず街中や民家に骨がない。もし人が生きていたら、そしてここで暮らしていたのなら、そして最悪ここで死んだのなら骨がなくちゃおかしい。


 ボクは死体どころか骨すら見たことがない。

 それに虫だ。

 腐った食べ物はいくらでも見つかった。電気が死んでいるから、冷蔵庫が死ぬ。結果として食べ物はすぐに腐り、普通なら蟻か、蝿か、なんでもいいから虫が集(たか)るはずだ。


 植物だって人の手が入らなければどんどん増えていくはず。

 でも庭木が伸びたり雑草が生えたり花が咲いたり、そんなことはあっても、蝶が訪れることはないんだ。蜂もいない。蝿さえも。


 ボクはボクの家だけ水も電気もきているのが気になって、家の裏手を掘ってみたことがあったんだ。そんなに深くじゃない。園芸用のピンクのスコップで――三十センチくらいかな。肘が埋まるくらいの深さまで掘って気づいたよ。


 ミミズがいない。

 普通はミミズが出てくる。そうでなくてもなにか――ゴミ粒みたいな虫が出ててくるはず。


 でも、いないんだ。なんにもいない。

 この世界で生きているのはボクと植物だけなんだと思った。庭を掘って水道管やガス管を探すのも諦めたよ。もし変なものが見つかったらどうしようって思ったからね。


 たとえば、急に暗い穴が開いて無につながってるとか、掘っても掘ってもなにもでてこなくて何日もつかっちゃうとか――逆に管が途中で切れているのを見つけて、止まったりしても困るからね。受け入れるしかなかった。


 ボクは生まれ変わった街の地図をつくりながら家の探索をすすめた。不思議だったよ。そのころには食品のパッケージに書かれている消費期限についても理解できていたから、なんでボクの家のカレンダーにちかいんだろうと思った。


 情報源になりそうなのは新聞や雑誌さ。

 ――ああ、キミが疑問に思うだろうことはわかるよ。なんで家からパソコンなりタブレットなり、もしくは携帯電話なり、なにか情報を蓄えていそうなものを手にいれてみないのか。


 ボクにはできなかったよ。

 死体があったら逆にできたかもしれない。骨でもなんでも死んだ形跡があったら、ボクは調べられたと思う。彼らのためにもね。


 でも、なにもないんだ。人がいたっていう形跡しかない。

 触れる勇気はなかったよ。きっとそこには彼らの日常が詰まっていて、それに触れたらボクはおかしくなってしまうから。


 ――少し明るい話をしようか。


 ボクはスーパーを見つけられなかったけど、代わりにコンビニエンスストアを見つけることができた。この世界には――日本には本当にいたるところにあるんだろうね。


 もちろん、ぜんぶはもっていかなかったよ。ほかにボクみたいにこの世界に来る人がいるかもしれないからね。ボクはとても冷静だった。


 ボクが真っ先に探したのはどこだと思う?

 まぁ聞いてみただけだよ。答えはどうせすぐにわかる。パンが並んでいる棚だよ。ボクには銀座カリーパンが必要だった。そのときのボクには綺麗に保存してある袋しかなかったから。ところが、


「ああもう!」


 ボクはいけない言葉をいった。なかったよ。品切れさ。残っていたのは、プラスチックのボトルに入った飲み物とか、まだ腐ってないサンドイッチとかだ。


 でも、それが見つかったのは、ボクの世界の理解にとって重要だった。それまでは生鮮食品や冷凍食品のほぼすべてが完全に腐り果てていたのに、そのコンビニには生の野菜を挟んだサンドイッチが腐らずに残っていたんだ。


 ということは? 

 ボクは時嵐と変震が起きるたびに、可能な限り速やかに店を探さなくちゃいけない。


 生鮮食品はとても貴重だ。虫がいないから野菜を育てるのも難しいしね。いつ時嵐や変震が起きるのかもわからないから、土地を開梱して植物を植えるわけにもいかない。


 保存食で得られない栄養素はサプリメントで補ってたんだけど、その点、ボクが放り出された日本っていう国は特殊だった。コンビニとおなじくらいの割合で薬局があって、サプリメントがすごく簡単に手に入るんだ。


「うわ」


 急になに? 置き去りになってた雑誌を見つけただけだよ。読めない文字だらけなのにうめいちゃったよ。だって、ボクの暮らしてた世界とたいして変わらないから。


 ボクは語学の勉強のために、わかりやすそうな雑誌を選んで引き抜いていった。車だったりバイクだったり、園芸、スポーツ、料理、ゴシップ、パソコン関連? 男性誌に女性誌、ファッション、ちょっとセクシーな雑誌も取ったよ。後学のためにね。それから、


「ジンザ!!」


 ボクは叫んだ。ジンザってなにって思うよね。銀座さ。ボクの暮らしていた世界でもそうだったけど、コンビニだったり売店だったり、観光客向けの雑誌や地図が売ってるんだよ。ボクが見つけたのはそれ。

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