布団をかぶって震えた夜の話

 しばらくボーっとソファーに座ってた。映画とか、録画してある番組とか、まぁ見ようと思えば見れたんだろうけど、そんな気分じゃないよ。

 

 たぶんそれまでで一番ボーっとしてたと思う。

 あれがきっと、受け入れるための時間だったんだろうね。なにが起きてるのか。

 本当に静かだった。いままでで一番静かだった。

 

 それで思ったんだよね。外の家とかあらされてるというか、誰かが入ったような形跡っていうのかな。なんか、たぶん怖くなったんだと思う。


 ボクは家中のカーテンを閉めて回った。光が外にもれないようにね。

 それから家中を探した。なにか武器になりそうなものはないかって思って。パパはスポーツが苦手だったのかな。なんにもないんだ。ママもそうなんだろうね。でもあちこち夢中になって探してたら、パパとママのベッドルームにあったんだ。


 クローゼットのなか。

 小さな木の箱があって、拳銃が入ってた。

 ボクはゲームやってててよかったって思ったよ。なにをどうすればつかえるようになるか知ってたからね。リボルバーだよ。箱に弾が十二発あった。


 手が震えた。

 想像してたよりずっと重かったし、なんていったらいいのかな、ゲームみたいに簡単に撃てるものじゃないのがすぐにわかったんだ。ゲームだったら指先を動かすだけでしょ? 人差し指をちょっと押し込んだら終わり。コントローラーが震えるかもしれないけどね。


 ボクは拳銃のシリンダーを開いて、弾を込めようとして、やめた。

 入れちゃいけない。

 ボクはいま怖がってるから、弾を入れて持ち歩いてたら、絶対に撃っちゃう。そんなことが起きるのか起きないのかでいったら、起きない確率のほうが高いと思う。


 でも、そういう状況になったら、ボクはビビって引き金を引く。

 そう思ったら怖くなって、弾を込めることもできなかった。

 ボクは銃を箱に戻して部屋に持って戻った。本当に怖いときに、危ないと思ったときに、そのときに弾を入れて持っていけばいい。その準備だけしておこうと思ったんだ。


 部屋に戻ったボクは箱を抱えてベッドに入った。

 なんの音もしなかったよ。

 いま思えば音楽でもかけて落ち着けばよかったんだろうけど、あのころのボクにそんな余裕なんてなかった。無音の世界さ。


 静かなことがこんなに怖いなんて思ってもみなかった。

 ちょっとバカな想像かもしれないけど、生まれつき耳が聞こえない人たちは、いったいどうやってこの怖さに耐えてるんだろうって思った。生まれつきじゃないんならもっとだ。知ってたものがなくなる怖さは半端じゃない。


 ボクは布団を頭から被った。箱を抱えてね。

 ずっと手が震えてるんだ。

 本当、すごいかっこ悪いやつだと思う。


 ボクはそのとき、パパとママが帰ってこなかったらどうしようって、そればっかり考えてたんだ。心配よりずっと先に、パパとママがいなかったら生きていけないんじゃないかって。


 そんなことばっかり考えてた。

 怖くて怖くて目を瞑って呼吸だけに集中して、また眠っちゃおうと思ってた。昼間みたいにね。そう。もう察しはつくだろうけど、眠れなかった。まだ明るいうちからほんの少しでも眠ってしまったのがいけないんだ。


 それでも、ボクは眠る努力を諦めるべきじゃなかった。

 ボクは暗闇の世界に這い出てしまった。


 ――ベッドの周りに。


 いまのボクなら笑えるし、キミにも笑う権利はあるよ。

 でも、ほんの少しだけ想像してほしいな。朝起きたら外は瓦礫の山になってて、パパもママもいなくなってて、ちかくの家は荒らされたような形跡がある。


 夜がきて、あたりが真っ暗になって、眠れなくなって暖かい布団から出るんだ。

 最初はスマートフォンのライトで部屋の電気を探すよね。すぐに見つかるよ。自分の部屋なんだから。パチンと押すと部屋が明るくなる。


 暗さに慣れてた目がボヤっとして、でも、すぐに見えるようになる。


「はぁ、なにしよ?」


 なんてため息まじりに呟く。それから外の様子を見ようと窓辺に行って、カーテンに指をかけてちょっとだけ開くんだ。家の中でかくれんぼをしたときみたいにね。


 それで、気づく。


「ここしか電気ついていない……」


 すごい光景だったよ。なにもかもが真っ暗なのに、夜空と街並みの境目がはっきり見えた。空には星が瞬いていたけど、街には一つも明かりがなかったからね。


 ボクはしばらくボーっと眺めていたけど、急にゾワっと鳥肌が立った。慌てて部屋の電気を消したよ。すぐに部屋は真っ暗闇に戻った。それから息を潜めて窓辺に寄って、またそっとカーテンを指で割り開いた。


 なんでかわかる?

 まぁもうわかるよね。

 あたりが暗すぎたからさ。それにボクは一人だったから。ボクには誰もついていてくれなかったから。もし外に誰かがいたとしたら、ボクの部屋をすぐに見つけたと思う。


 だって世界は暗すぎて、ボクの部屋は明るすぎたから。

 ボクは布団に飛び込んだ。

 布団を頭から被って、スマートフォンのライトを頼りに拳銃に弾を込めた。手は震えていたけど迷いはなくなっていた。

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