リーディングラジオ:銀座カリーパンの話

λμ

放り出されたときの話

 それじゃあ、ちょっと昔の話をしよう。

 まだ、ボクがこの世界に放り出さればかりのときの話。いまとはちがってぜんぜん慣れていなくて、なにをするか決めていなくて、ひとりぼっちだったときの話。


 あれは、本当にとつぜんだったんだ。

 いまでもしっかり覚えてるよ。


 パパやママに心配かけたくなくって、ずっと行かないでいた学校に行って、その次の日だったんだ。


 昨日まではなんにもなくて――ていっても、やっぱり学校になんか行かなきゃよかったって本気で思ったりしてたけど、ママには楽しかったよってつたえて安心させたりしてさ。


 これは本当に残念なんだけど、パパはボクが寝る前には帰ってきてなくて。

 だから、本当に、寝て起きたらそうだったって感じだったんだ。


 ベッドの、ヘッドボードっていえばわかるのかな? ほら、あの、枕のうえのほうについてる柵っていうか、寝心地が悪いときにうんって伸びると頭をぶつけて痛いところ。


 ボクはあそこに目覚まし時計を置いていて、いちおう、いつも七時にセットしたんだよ。ああ、うん。もう察しはついていると思うんだけど、ボクは学校になんか行っていなくて、いや行ってるんだけど、毎日ってわけじゃなくって。


 でも、パパにもママにも朝の挨拶くらいはしたいと思ってたんだ。

 だって、そうでもしないと一日中、顔をあわせないから。


 パパもママも、別に怒ってはいなかったよ? 心配されてたけどね。でも、入学の手続きは済ませてあったし、ボクはなんだかよくわからなかっけど、学校からも来れるときに来てくれればいいですからね、なんていわれててさ。


 すごいよね。優しい。


 ――ごめん。ちょっと待って。なんか目が熱い。


 ええっと、ごめん。もう大丈夫。なんだったっけ? そうだ。昔の話。

 ボクが、世界に放り出された日の話。


 それで――とにかく、ボクは久しぶりに学校に行って、ちょっと具合を悪くしててさ。いま思うと頑張って起きてればよかったと思うんだけど、パパが帰ってくる前に、夜の挨拶をする前に部屋に戻って、寝ちゃったんだよね。


 あした話せばいいやって。

 笑っちゃうよ。

 あのころのボクはあたりまえに明日がくると思ってたんだ。


 本当、いま思い出しても、バカで、笑っちゃう。

 目覚ましは七時ちょうどに鳴った。すごいやつだよ。いわれたとおりいつもおなじ時間に仕事をはじめるんだから。


 リンリンリンリンリンリンリン! 


 すごいうるさいんだ。じゃないとボクが起きないからなんだけど。前にママがいってた。朝食をつくってるときボクの部屋の目覚まし時計が鳴っているのを聞くと、ちょっと幸せな気分になるんだって。


 パパもだよ? もっとずっと早くに起きてて、近所を走って回って、帰ってきて、シャワーを浴びて、キッチンのママにキスをしに行くんだって。だいたいそのくらいのときボクの部屋の目覚ましが鳴るんだ。


『おっと、お目覚めの時間みたいだ。』


 そんなふうにいって笑って、ボクが起きてくるのを待ってたんだって。ボクは見たことないけど、そうしてたらしい。


 ボクはベッドの中でもがいて、頭が割れそうなくらいうるさい目覚ましに手を伸ばした。一回、二回、三回――はっきりと思い出せるよ。いつもそうだからね。


 いつもおなじ場所に置いているのに、いつも何回か空振りしてから時計を叩くんだ。


 リィン! なんて不満そうに鳴ってさ。

 そこからがボクの朝の儀式。


 ボクは――いまでもそうなんだけど、朝にちょっと弱いんだよね。夜中まで起きてるってわけじゃないんだけど、目覚ましを止めてからしばらくは天井と話し合うんだ。


「もう朝なの?」


 声に出してね。天井はなにもいわないよ。真っ白な天井――のはずななんだけど、ボクの部屋のカーテンは遮光性が高くてね。真っ黒だよ。いや、黒くはなくって白いんだけど、カーテンの端っこから入った光と混ざって灰色に、みたいな、そういうことはないんだ。


 ともかくボクは天井と話し合うんだ。


「もう朝なの? また朝? 起きなきゃダメ?」


 天井はなにもいわない。でも聴こえてくるよ。

 起きようよ。

 パパとママに挨拶しよう?

 もう二度と会えないかもよ?


「怖いこといわないでよ」


 そうやってボクは起きるんだ。しつこく絡んでくる掛け布団をバサっと突き放してさ。


 寒い寒い世界に出よう。

 パパとママに挨拶をしよう。

 だって、ボクが学校に行きたくないっていっても許してくれてるんだから。


 せめてそれくらいはしようと思ってベッドを降りて、カーテンを開いた。バッ! って勢いよくね。その瞬間だけは、いつもボクは魔法つかいだったんだ。


「光あれ!」


 ってね。実際には声に出したりしないよ? たまにしか、だけど。

 サァって朝日が部屋に飛び込んできて、やっぱいらないってなるんだ。眩しくて。うわ、また朝だよ、って。いっつもそうだったんだ。あのころはね。


 眠いんだか痒いんだかわからない目を擦ってさ、ひとまず首を回して、部屋を見るんだ。


 ボクの部屋にはいろいろあって、いろいろなかった。

 ベッドに、机に、鏡のついたテーブル。鏡がついているのはボクが欲しいっていったんじゃないよ? ママが勝手に入れたんだ。壁にはポスターを貼ってた。


 ポスターを貼らなくちゃいけないくらい好きなミュージシャンはいなかったし、モデルだったり映画だったりでもない。


 ボクの部屋には、ゲームのポスターが貼ってあった。あの日――じゃないか、あのころやってたゲームじゃないんだよ。もうずっとボクが小さいころにやってたゲームのポスター。かわいいキャラクターだったらパパやママも安心したんだろうけど、そういうんじゃなかった。


 荒れ模様の真っ赤な雲に、ひびの入ったタイトル。

 たったそれだけ。

 銃でバンバン撃ち合ったり、化け物と戦ったり、そういうんじゃないんだ。

 壊れてしまった世界で何日生き残れるかを競うゲーム。


 いま思うと、やっててよかった。

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