2.
この国を壊滅の一歩手前まで追い込んだ大震災の直前までは、現場のある東心斎橋は大阪の二大歓楽街の一つである『ミナミ』の中核をなすエリアだった。
しかし、震度六弱の激しい揺れは、阪神淡路大震災以前の耐震基準で建てられた古いビルを容赦なく痛めつけ、そのほとんどが倒壊、半壊するか、それを免れても立ち入り禁止の判定を喰らい取り壊しを待つだけとなった。
だが、権利者も震災で死亡するか行方不明、倒産などで不在になり処分されないまま時間が経過、その上『南海トラフ大震災復興推進法』により『第四種復興推進地域』に指定されたことで行政による処分も為されぬまま難民らが流れ込み不法占拠。住み着くか商売を始めスラム化が進み完全に復興から取り残された。
今では様々な犯罪の温床となり果てている。
反して復興が進み真新しいビルが立ち並ぶ御堂筋を南下し現場に近い交差点を右折すると街の様相は『ヨンシュ』と侮蔑を込めて呼ばれる相応しい有様に変貌する。
十年前からずっと設置されている立ち入り禁止を示すフェンスや単管足場に取り囲まれた今にも崩れそうな文字通り廃墟その物のビル群。
しかし中では自家発電や盗電で得た電力による明かりがともり、いくつもの人影が蠢くのが車窓からでも見える。
無許可営業のバーやクラブ、カジノ、風俗店、違法薬物の販売所、無登録の難民専門の簡易宿泊所、難民系ギャング組織のアジト等々、非合法なビジネスがそこで営まれているのだ。
府警の自動車警ら隊や機動捜査隊、そして彼女ら機特隊も一応巡回のコースに入れているが中まで踏み込むことはまずない。
一々“その程度の犯罪”の取り締まりに裂くリソースはどの治安機関も持ち合わせていない。
今回の様な『特別指定重要事件』が起きない限りは。
現場は一発で分かった。
すでに府警の警ら用の大型ドローン『ポリドロン』が十機、赤色灯を明滅させつつ到着し規制線を展開し、その内側には自動車警ら隊や機動捜査隊の車両が同じく赤色灯を灯し止められており、自衛軍からのおさがりである89式小銃やショットガンを構えた私服、制服の警官がテナントビルの入り口を固めている。
二体のポリドロンが道を開けそこにアウトランダーを滑り込ませる。
「やっぱり機特隊では私たちが一番乗りっぽいですね」
そう言いつつリュドミラは自分の得物を背後のガンラックから取り出す。
七.六ニミリ口径の自動小銃、HOWA7.62。自衛軍の正式小銃二十式のボアアップバージョン。
「他のもおっくけ来るやろうけど、待ってられへん感じやね」
そう応じた実紅も同じようにガンラックから愛銃を取る。ベネリ社製の十二ゲージのセミ・オートショットガンだ。
二人同時にドアをあけ降車しつつ初弾をチェンバーに送り込みセイフティーを掛ける。
機特隊のアウトランダーを認めた府警機動捜査隊の隊員が近づいてくる二人に声を掛けた。
「ご苦労さん、府警機捜の村上や」
実紅のアイウェア型デスプレイに相手のプロフィールが投影される。警部補、階級は一個上。
「機特隊の竜児とジラントスカヤです。状況は?」
村上警部補は手にした八九式小銃を持ち直しつつ。
「現段階で心肺停止が七名、重体が十名、重軽傷が二十名。店内にも取り残された客が二十名ほど居る。問題の“魔物”のお姿、拝見するか?脱出した客から取り込ませてもろうた」
警部補の端末から送られた画像が二人のアイウェア型ディスプレイに投影される。そこには薄暗い照明の中逃げまどう客の向こうにそれが暴れ回る姿が映し出されていた。
手振れのひどい動画なのだが異様に肥大し頭髪が抜けた頭部やあり得なない程筋肉が盛り上がった長い腕が確認できる。
もはや人間の態を留めていない。
「人造大理石のカウンターをパンチで叩き壊すバカ力やそうや、おまけにチャカ(拳銃)も通用せん」
「客が持ってたんでんですか?流石ミナミ」
と、実紅の肩から顔をだしリュドミラ。
「いや、店の用心棒や、中国系難民の。マカロフやのうてトカレフ。マガジン全部撃ち尽くしたそうやがビクともせん、お返しにド頭カチ割られて昇天や」
貫徹力が高いとされるトカレフの七.六ニ×二十五ミリ弾を八発喰らって平然としている。
猛者ぞろいの機動捜査隊員や自動車警ら隊員が二の足を踏むのも無理からぬことか。
アイウェア型ディスプレイに表示された『機特一〇ニ、十分後に現着予定』の文字を一瞥し実紅は。
「生存者の救出を優先させなあきませんから私の部下の到着を待てん感じです、モタモタしとったら極楽袋(遺体収納袋)を追加注文せなアカンようになるでしょ。私ら二人で対処します。府警の皆さんは援護をお願いします」
と、地下へと続く階段を目指し歩き出す。
村上に苦笑いを送りつつリュドミラもHOWA7.62のセーフティーを解除しそれに続く。
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