まるメッセージまる

しぐれのりゅうじ

第1話 葛藤と始まり。

 角田玲斗は十七年の人生の中で三番目くらいの試練に直面していた。それは恐ろしくてとてつもない緊張を伴っている。失敗すれば、恥ずかしい思いをして一週間は後悔することになるのは容易に想像できていた。それに、必ずやらなければならないわけではないことが彼をさらに悩ませていた。


「どうしよ」


 彼に与えられてた課題、それは昼休みである今の時間にクラスで賑やかに会話している女子グループの中にいる、秋野円に話しかけることだった。


(めちゃくちゃ話しかけづらい!)


 自分から話しかけることがほぼない玲斗にとっては、そのハードルの高さは彼の頭を超えていた。


「でも……やらなきゃ」


 玲斗は逃げる選択肢を捨て去った。いつもやられっぱなしの自分を変えたいと想っていた。


「……」


 覚悟を決めるため今までされてきたことを回想する。そう、円にからかわれっぱなしの日々を。




 円とのちょっと不思議な日常はサッカー部の練習終わりの倉庫裏から始まった。


「……よし」


 その日玲斗は、いつものように後輩の一年生やマネージャーと共に片付けをしていた。カラーコーンやビブス、そして最後にボールカゴを部室にしまい全て完了。彼は他の二年生や三年生達とは遅れて、室内で制服に着替えて外に出た。


「……あれ?」


 解散するための集合場所である昇降口に行こうとすると、マネージャーの一人である円が部室の裏側に向かうのを見てしまい、気になり後ろをついて行った。すると彼女は、部室の裏のさらに少し奥にある古びた倉庫の前で立ち止まる。この辺りは人がほとんど通らないため雑草が生い茂っていた。


「静かにっ」

「う、うん」


 玲斗に気付いた円は口元に人差し指を当ててから、こっちに来るように手招きをした。


「この裏で告白しているみたい」

「こっ……」


 まさかそんな場面がすぐ近くで起きているとは思わず、驚きに目を見開いて言葉を詰まらせた。


「角田くんは聞いたことない? この倉庫の裏で告白するとカップルが成立しやすいって話」

「そ、そうなんだ……知らなかった」

「結構有名だよ? ってちょっと待って」


 円が会話をストップ。向こう側から男女の声が聞こえてくる。


「俺と……付き合ってください!」

「ご、ごめんなさい!」

「ああっ、そんな」


 上手くいかなかったらしく、女子生徒が裏から走り去っていく。その少しした後に男子生徒が俯きながらフラフラと歩いていってしまう。二人共玲斗たちには気づくことがなかった。


「ありゃりゃー。カップル成立ならずだねー」


 円が倉庫裏に行ってしまい、玲斗はそのまま何も言わず立ち去る勇気もなく同じく向かった。


「でもさ、告白のパワースポットで告白って何かロマンチックでいいよねー」

「う、うん」

「……」


 どう返答したら正解かわからなく、何の情報もない言葉を投げ返してしまう。自身の会話のキャッチボールの下手さに辟易しながら、気まずさ逃げるように辺りを見回した。

 そうしているとふと、雑草に隠れていたサッカーボールを見つける。近づいて手に取ると、ボールはボロボロで古びていた。


『私の声が聞こえますか?』

「えっ」


 突然脳内に大人びた女性の声が響いた。それに驚いた玲斗はボールを足元に落としてしまうが声は続いていく。


『聞こえるのですね。私を見つけてくださりありがとうございます』

「は、はい」

「私の名前はコトタマと言います。言葉と想いを運ぶ精霊で、丸いものに潜んで生きています」


 色々非現実的な単語が頻出してきて理解が追いつかない。混乱していると円が訝しげに尋ねてくる。


「どうしたの? 誰かと喋ってる?」

「ああ、いや。その、なんというか」

『あなたが普段強く想っていることを思い出しながら彼女にボールを渡してください。それでわかるはずです』


 玲斗はどうしようもなく、言われるがまま彼女にボールをパスした。


「……これって」


 ボールを足でトラップすると一瞬視線が遠くを見た。すぐにアーモンド形の瞳をぱちくりさせ、玲斗を捉える。


「なるほどねー。君ってやっぱりそうだったんだ」

「えっと?」

「これ受け取って」


 円から質の高いボールが玲斗の右足に吸い込まれる。しかし、上手く止められずボールが少し前に飛んでしまった。取りに行こうとすると、脳内に円の明るい声が聞こえてきて。


『やっほー、聞こえてる? コトタマに聞いて送ってみたんだ。それで今から伝えたいことがあるんだけど……これから君で遊ばせてもらうね』

「あ、遊ぶ? それに今のって」

『今のは私、コトタマの力です。私が取り憑いた丸いものを相手に渡すことで、心のなかで想った声を届けることが出来るのです。他にも発した言葉に想いを乗せてダイレクトにぶつける事もできますよ』


 告白が成功しやすい理由が、ただの噂ではなかったのだと玲斗は思った。


「ねね、もう一回やってくれない?」

「う、うん」


 玲斗は遊ぶというのはどういうことか尋ねるメッセージをボールに込めて返した。


「ふふっ、それはこれからのお楽しみだよっ」


 ボールではなく普通に口で返答して小悪魔的に微笑んだ彼女に、玲斗は少しどきっとするのと同時に嫌な予感が脳裏をよぎった。

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