We wish want a HERO
蓮太郎
第1話 あの日の面影
正義の反対は異なる正義と言うが、それでも悪は栄えるという話。
試練を乗り越えても報われない事なんてザラである。
それでも、君はヒーローになりたいと思うのか?
「ふわぁ、今日も暇だなぁ」
ソファにだらんと寝そべりながら、一度目覚めたはいいもののやる事がないから、いや彼女?があくびをする。
「やるそとなーい、でもお金はあーる」
ごろんと寝返りを打ち、そのままソファから落ちた。
しかし気にせず床にゴロゴロと転がり続ける。
こいつの名はサーハル、職業は何でも屋。
依頼料は高額ではあるが殆どの依頼は成し遂げると言われている超有能な人物と自称している。
実際に依頼の達成率はかなり高く、金に糸目をつけないならこいつに依頼したほうが早いと言われるほどだ。
しかし、敵対組織に近い存在がある。
それは『ギルド協同組合』、端的に言ってしまうと人海戦術が主力の何でも屋である。
そちらの方は質の上振れ下振れが非常に大きいものの安くて身近な問題を解決できると言う点では優れていると言えるだろう。
「あー、そろそろ営業しに行くかなぁ?それともカフェのとこに行って新しい甘いものが出来てないから聞くかなぁ?」
サーハルは大の甘党である。
時と場合によっては依頼料をお菓子で済ませてしまうくらいに大好きなのだ。
そんな行きつけの店が思い浮かび、暇な事務所にいるくらいなら出かけようとこいつは起き上がった。
「よぉし、聞き込みだ!カフェ行って甘いものでも食べよう!」
ぴょんと無駄に高い身体能力を駆使して飛び上がり、そのまま窓から外へと飛び出した。
扉を開けるのが面倒なため、あえて窓から出ると言う奇行は街の住人からするといつものことなので慣れてしまっていた。
とん、と軽い音で着地したこいつは機嫌良く歩き出す。
いつもの街並み、いつもの人たち、前は色々あって荒れてたが今ではしっかりとした都市となり充実した生活を送る人々が生きている。
「よっ、なんか甘いのある?」
「うわ出た」
「それが客にする態度かよー?」
「迷惑な客は帰って欲しいです」
「迷惑って何さ!一番お金を落としてるじゃないか!」
「だからって他のお客に絡みに行くのはやめてください」
『カフェ』の店主であるメアリはサーハルの事が苦手である。
動乱の時代を生き抜き自力で店を立ち上げて皆の憩いの場を作り上げた女傑である。
愛嬌のある見た目とは裏腹に豪快で山盛りの食事を出すことで名がある程度知れ渡っている。
その中にたまに来る小食で甘味しか求めないサーハルは個人的にも好まれていない。
そして、客を得るために他の客に話しかける迷惑行為を繰り返すこいつを気に入るはずもなかった。
しかし、最初期からいるこいつをどうしても逃すことが出来ない。
「ふーん、とりあえず丸ケーキちょうだい。クリーム盛り盛りで」
「はいはい、いつものいつもの」
既に用意してあった丸ケーキ、我々の感覚で言うと前もって切ったロールケーキを縦に置き、その上にさらにクリームを乗せた胸やけまっしぐらなものである。
この丸ケーキの登場に目を輝かせたサーハルは山盛りのクリームを救い、ついでに土台となっているケーキも切り分けて口の中に放り込む。
かなりの頻度で食べているはずであるのに常に幸せそうな顔をして食べるサーハルの顔を見たらついつい許してしまうのは悪いところであるだろう。
「そうだ、一ついいこと聞いたんだけど」
「詳しく」
口の端にクリームをつけたサーハルは店主に入ってくる話に聞き入る。
「ギルドに将来有望な人が入ったみたいですよ?男と言うのは分かってるんですけど、どうやら顔を隠しているみたいで正体が分からないみたいです」
「ふーん、大まかな容姿は分かる?」
「よく分らない被り物をしていた、としか」
ふーん、とフォークを咥えたまま椅子から反り返って考える。
飯の種はいくらでも湧いてくるが、謎を知りたいのが人の性。
その人物の情報をあらかじめ知っておけば後々有利になる事態があれば情報を売りさばいて恩や顔を売る事だって出来る。
やることが決まればすぐに行動。ただし、ケーキはしっかりと食べてから。
私服のひと時を過ごした後、しっかりと代金は置いていき、噂の彼の元へと歩いていく。
ひっそり息を殺し、しかし足取りは軽く道を進んでいく。
件の新人が頭角を現し始めた時期から考えるとギルドの出入りはそこそこあるはずと考えたこいつはギルドを張ることにした。
流石に近くで観察するわけにもいかないので、賑わう道の隅に隠れるように、棒の付いた飴を舐めながら見張ってみた。
「どんな奴なんだろうな~。変な奴がいいな~」
お手製の飴をじっくりと嘗め回すこいつは、やはり変なことしか考えていない。
ネタにできればできるほど、暗い所があればあるほど金になり、面白い話題になる。
そんな下心満載でこいつは張っていた。数時間程度は苦にもならず、そのまま飴を舐め続けて立っている。
相当な暇人である事は間違いない。実際、流石に長い時間居すぎて白い目で見られていたりするのだから。
と、ようやく噂の彼が現れた。
そして、サーハルの無駄に跳ねる心臓も止まりそうになる。
その姿を知っていた。
顔を覆ったヘルメット、首から指先や足差しまでぴっちりと肌を隠しているスーツ、その上に羽織っている煤けたコート。
そのシルエット、その模様、その細部までサーハルは知っていた。
知っている姿を眼にしたこいつはバッと物陰に隠れた。
幸か不幸か相手には気づかれていないようで、そのままギルド協同組合の建物の中に消えていった。
「…………マジかよ、いや、絶対違うでしょアレ」
流したくもない汗が垂れ、壁にもたれかかるように崩れ落ちそうになる。
忘れもしないその姿、今は覚えている人数も限られた今、もう二度と会えないと思っていた。
だが違和感はある。彼がこいつの知る『彼』であるなら即座に察知していたはずなのだ。
「…………しっかり調べる必要があるね」
ゆっくりと折れた膝を立て直し、半分ふざけていた心持を立て直す。
紆余曲折あり相棒となった男、その面影がある人間をストーキングすることを心に決めたサーハルは…………
「その前に甘いの食べよう、ドカ食いだ」
混乱が抜けきっていなかったため甘味を求めた。
こいつの名はサーハル、長い時を生き、未だに相棒の面影を求める甘味ジャンキーである。
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