三時の時間

@karin-to

第1話ティータイム

 コンクリートの窪みにたまっている水たまりが陽光を受けてキラキラと反射している、ジメジメとした空気とは裏腹に、俺の心の中と天気は晴れている

 水のたまり場を踏みつける、しかしそんなことがまったく気にならないほどに、俺の気分は高揚していた

 週に一度しかないという特別感が、この時間を格別なものにしているのだろう、と俺の中のどこか冷静な部分が分析をしていた

 この抑えようもなく高まった気分を発散させたくて、足を速く動かす、コートの重さがもどかしくて、こんなに寒い時期なのにも関わらずこの邪魔なものを脱ぎ捨ててしまいたいという衝動に駆られるがこのコートは貰い物であったので、さすがに自重する

 自分の中の欲望と闘いながら、誰も知らないような抜け穴を通り、複雑な路地を歩き、細い路地裏を抜けると

気が付けば、小さな可愛らしい、カフェのような店の前に立っていた

 店主の趣味が表れているのだろう、店先には小さな花壇が作られており、その中には白い花が所狭しと咲き乱れていた

 前に店主に聞いた時に、この花は月下美人という名前らしいと教えてもらった、その後こっそりスマホで調べたら、どうやら月下美人の花言葉に「はかない美」という言葉があるらしい、まさにあの人にピッタリだな、と思ったことを覚えている

 俺はもう慣れ親しんだ白塗りされているおしゃれな扉を開くと、カランコロン、と小気味のいい音を鳴らした

 店の中を見回すと、カウンターの中の席の中に座り、肩ほどに切りそろえられた純白の髪の毛を揺らしながら、文庫本サイズの本を静かに読んでいる美しい女性がいた

 その姿はまるで絵画のような、まるで完成された美術品みたいで、安易に声をかけることをためらってしまう

 しかし、肝心のその女性は

「おや、もうこんな時間か」

と言って本に栞を挟み、ゆっくりと顔を上げ

「ようこそ、歓迎するよ」

 と妖しげな笑みを浮かべた




俺は勧められるように二人掛けの席に座った

何度も見かけているはずなのに、この人と対面するとどうもドキドキしてしまう

「キミはいつものでいいかな?」

「それで、大丈夫です」

緊張しているのを隠すために努めて冷静な声を出そうとするが、少し声が上ずってしまう

 顔が熱くなるのを自覚しながらちらと彼女の方を向くと、ふふっと笑っているのが目に入る

 なんだか子ども扱いされているような気がして、思わず顔をそむけてしまう

 そんな態度も気にせずに、彼女は可愛らしい笑みを浮かべながら

「さて、今日のキミはどういった物語をもってきたくれたのかな?」

 

それから、この一週間にあったことを話した

 部活の事、友達と口げんかしたことなど些細なことまですべて洗いざらい話した

 その中には、話すほどでもないつまらないものも入っていたが

「ふふっ、キミの物語はいつも面白いね」

 どんな些細なことでも、この人が話題を広げてくれるからついつい、いらないことまで話してしまう

 学校の時間よりも、なによりも、この時間が俺にとって至福の時間だった

 物語的に例えるならば彼女との時間が本文で、その他のことが閑話になってしまうほどにこの時間が楽しみだった

「おや、もうこんな時間か、キミと話してると時間の流れが早くて困ってしまうね」

 時計を見ると、長針が5を指していた

 いつもそうだ、5時になるとこの時間が終わってしまう

「……そんな顔をしないでおくれ」

 彼女は俺の顔に手を伸ばすと

「またのご利用を、お待ちしているよ」

 そうして俺の視界がゆがみ……

 気が付くと、通学路に立っていた

 さっきまでの楽しさはウソのように吹き飛んでしまい、寂寥感が俺の心を支配していた

 5時になると、あの空間は蜃気楼のように消え去ってしまう

 俺はあくびをひとつする、いつも、あの時間が過ぎ去ってしまうと眠気が襲ってくるのだ、きっとアドレナリンが出ているせいだろうと自分の中で結論をつける

 俺は、寂寥感を振り払いつつ、帰路をたどったのだった











月下美人の花言葉の一つ「怪しい快楽」

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