第8話 忘れたいっ……

 最近仕事が退屈だ。

 咲希の浮気が発覚する前は仕事が生き甲斐だったのに、

 今は全くやる気が湧いてこない。


 退屈だな……。

 早く家に帰りたい。


 上司に頼まれた仕事を淡々とこなす。

 気づいたら18時30分だった。


 もうこんな時間か。

 早く帰ろう。


 上司に「お疲れ様です」と告げて、会社を後にする。

 電車に乗り、最寄り駅で降りた。

 ボーッとしながら自宅に向かう。

 

 自宅に到着した俺は、家の扉を開けて中に入る。

 玄関で革靴を脱いでいると、後ろから咲希の声が聞こえてきた。


「おかえり……」

「あぁ……ただいま」

「……」

「……」


 俺も咲希も黙り込む。

 家全体が静寂に包まれた。


 昨日、俺は強引に咲希とセックスした。

 怒りのままに身体を動かし、最後は咲希の中に俺の欲望を注いだ。

 昨日俺がしたことはレイプだ。

 そう、俺は彼女を傷つけたのだ……。


 昨日の俺はどうかしてた……。

 ストレスで思考力が低下し、あんな行動に出てしまったんだろう。

 クソっ、何やってんだ、俺はっ……。


 罪悪感に耐えきれなくなった俺は、気づいたら咲希に話しかけていた。


「咲希……昨日はすまなかった」


 俺がそう言うと、咲希は眉間に皺を寄せる。

 怒っているように見えた。


「なに? 許してほしいの?」

「あぁ……できれば許してほしいっ」

「……アンタ何言ってんの? あんなことされて許すわけないでしょっ。アンタがアタシにしたのはレイプだよ? 分かってる?」

「……」


 ああ、そうだ。

 昨日俺はレイプしたんだ。

 分かってる、そんなことお前に言われなくても分かってるよ。


「アタシ、家出ていくから……」

「は……? なんで出ていくんだよ?」

「なんで? そんなのアンタが怖いからに決まってるでしょっ!」

「……」


 俺が怖い?

 何言ってんだよ、お前……。

 

 困惑している俺を無視して、咲希は話を続ける。


「アンタに襲われた時、本当に怖かった……。アタシが何回「やめて」って言ってもアンタはやめてくれなかった……」


 行為中、咲希は涙を流しながら『やめてっ! お願いだからやめてっ!』と懇願してきた。

 俺は彼女の言葉を聞き流しながら、欲望のままに身体を貪った。

 そして、最後は彼女の中で果てた。


「アンタ、アタシのこと性処理道具だと思ってるでしょ?」

「は? そんなこと一度も思ったことないよ……俺はまだお前のこと――」


 俺の言葉を遮るように咲希は口を開いた。


「一度も思ったことない? じゃあなんで昨日アタシのことレイプしたの? アタシのことオナホのように扱ったの?」


 咲希の言葉に返事を窮する。


 確かに、昨日の俺は咲希のことをオナホのように扱った。

 高性能のオナホで自慰行為する感覚で、咲希の身体を楽しんでしまった。

 咲希の言う通り、昨日の俺は彼女を『人』ではなく、『物』として扱っていたんだ。

 最低だな、俺は……。


 黙り込んでいる俺を見て、咲希は「ちっ」と舌打ちする。


「アンタ、本当に最低っ……」

「……」

「もう無理っ……アンタみたいな外道と一緒に生活なんかできないっ。出ていくっ……」

「……」


 家を出ていくだと……。


 家を出て、どこに行く気だよ?

 まさか、あの男の家に住み込むのか?

 俺を捨てて、他の男を選ぶのか……?


 クソっ、クソっ、クソっ。


 気づいたら、前から気になっていたことを口にしていた。


「なぁ咲希……最後に一つだけ聞かせてくれ」

「なに?」

「お前はもう俺のこと嫌いなのか?」

「嫌いに決まってるでしょ。この状況でそんなこともわからないの?」

「……」


 俺の質問に咲希は即答した。

 本当に俺のことが嫌いなんだろう。


 咲希はいつから俺のこと嫌いになったんだ?

 そもそも、なんで彼女は浮気した?

 

 ダメだ、考えてもわからない……。


 大学生の頃、咲希と結婚すれば幸せになれると思っていたけど、俺の考えは大間違いだった。

 咲希との結婚生活を一言で表すと、地獄だ。

 コイツと一緒にいても辛いだけ。


 なのに、まだ俺は咲希のことが好きだった。

 大好きだから彼女に『嫌い』と言われて、心が揺れている。

 今にも泣きそうだった。


 クソっ、なんで俺はまだ咲希のことが好きなんだ?

 コイツは俺のこと裏切ったのに……。


 早く忘れたいっ。

 コイツのこと忘れて楽になりたいっ。

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