ビニールプールのある風景
馬村 ありん
第1話 はじまり
となりが最悪の部屋だと知っていたなら、その物件の見学なんてしなかったし、その穴をのぞくこともなかったし、ひいてはT彦だって生きていただろう。
俺がその部屋を訪れたのは、K市からM市に転勤が決まって、引っ越し先を探していたからだった。インターネットの広告で見て、家賃の安さと駅へのアクセスの近さから見てみようという気になったのだ。
不動産屋との待ち合わせ当日、鏡を前にヘアーセットをしていると、T彦は玄関ベルも鳴らさずに中へとはいってきた。
「なんだよ、U村。出かけるところ? コンビニ? だったらビール買ってこようぜ。久しぶりに飲もう」
T彦は言った。
「俺たちもう学生じゃねえんだし、昼から酒飲みなんてやってられるかよ。ていうか、俺は今から引っ越し先の見学なんだって。そうグループLINEしたよな?」
「ああ、そういや転勤が決まったとか書いてたな。社畜はこういうときつらいよな~、あちこち異動させられて」
「漫画家には転勤がないからうらやましいよ」俺はため息をついてみせた。「そういうわけで、今から俺は出かける。お前はM美ちゃんところに帰れ」
「帰れだって? なァに言ってんだよ。俺もついていくぜ。物件めぐりとか
「はあ? 来るな。帰れ帰れ」
「実はさ、今帰りづらいんだよ。M美のこと怒らせちゃってさあ。聞いてくれよ、目の前でつい別の女の子ナンパしちゃって――」
……このとき、意地でもT彦を居候先のM美ちゃんの家に帰らせるべきだったんだ。甘い顔をして『しょうがないか』なんていうべきじゃなかったんだ。
この時、帰らせておけば、M美ちゃんは精神をやられて病院で過ごすことにはならなかった。馬鹿だけど、ルックスがよくて背が高くてセックスのうまい恋人――T彦と今でも一緒にいられたんだ。
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