エスト 世界最悪に嫌われた嫁を、世界最高の人気者にしてみた。

Aburis

第1話

「エストっ……えすとぉっ……!」


 雨のような涙、ぐしゃぐしゃの顔で、僕に泣きつくリル。


 耳がちぎれるほど、彼女は罵詈雑言を受けたのだ。


 心臓が締められて吐き気を覚えるほど、彼女の心境を感じながら。


 しかし、できるだけ自信満々に、彼女の涙をハンカチで拭いてあげながら、僕は言った。


「大丈夫……大丈夫だリル」


 この娘のひどく歪んだ表情を見て、僕は。


「僕が、絶対に……君を人気者にして見せる」


 教会と人間のくだらない差別を、変えるんだ。


「君に酷いことを言う世界を、僕と一緒に変えよう」


 そして、彼女を、リルを絶対に幸せにするんだと。


 僕は彼女を抱きしめながら、誓った。




 意外と、歯並び綺麗なんだな。


 魔獣が僕の顔を噛み砕かんと飛びかかっている時に、暗い夜の森の中、地面に尻餅をつけながらそんなことを思った。


 たぶん、僕は死ぬんだろうな────


 自分の死に、どこか他人事のように感じながら、しかし体は動けずにいた。


 だが綺麗な歯並びによる噛みつきは、より綺麗な白によって、止められた。


 あっさりと、僕には一方的に殺される事しかできない魔獣を、一振りで殺されていた。


「ごめんね……」


 誰に向けられた謝罪なんだろう。


 黒いフード付きのローブを着て、全身をすっぽり隠した女の子が、僕の目の前に立ち、純白の水晶の剣を振りながら、謝っていた。


 彼女の顔は魔獣に向いているから、僕からは顔すらも見えない。


 もしかして、魔獣に謝っているのだろうか。


「痛くしないから。優しく、送ってあげるからね」


 彼女は、周りにまだ何十匹もいる魔獣に向きなおり。


 背中から、右に黒翼、左に白翼を広げながら言った。


「天使……いや悪魔……?」


 有翼人種などこの世にいないと思っていた。

 存在するのは、エルフやドワーフ、サラマンダーなど体に異常な発達が見られる種族はあれど、彼らは翼などないからだ。

 天使や悪魔など、伝説の中だけにしか登場しないというのがこの世界の常識だ。

 白い翼を持つものが天使、黒き翼が悪魔。天使は利他的で体は強く、悪魔は自己中心的でずる賢い。

 それが伝説の中の特徴だ。


 だが彼女は……


 気付けば、魔獣と彼女との戦闘が始まっていた。


 いや、あれを戦闘と呼ぶのは正確な表現ではない。


 彼女による、美しい葬送だ。


 まるで舞を踊るかのような鮮やかさで、白い剣で魔獣の首を縦に撫でる一閃。


 斬った音すら聞こえてこない。スッと撫でるように、それを魔獣何十匹に対しても同じようにしている。


 見れば、斬られた魔獣の顔も、どこか穏やかな表情をしながら死んでいる。


「彼女は一体……」


 魔獣は、世界的な敵対生物。それが、この世界に生きるもの全てが感じていることだろう。

 植物以外の、肉食といえるもの全てを食らう。勿論、人種も食い荒らす。

 どこから現れたのかは不明だが、最近になって突如現れた謎の生物だ。

 悪魔的な獣。そこから魔獣、と名前がつけられた。

 数も世界中に存在するほど多く、種類も大きさも豊富だ。

 故に、魔獣に対して優しさをもって接する必要などないはずで、恨みすらあっても良いはず。


 なのに彼女は、痛くないように、魔獣達をできるだけ優しく葬っているように見える。


「それにしても綺麗だ」


 彼女の舞のような葬送もそうだが、彼女の剣も。


 それは、白い宇宙の剣だ。

 少し太めで長い剣は、透明な純白の水晶で出来ているのだろうか。純白透明な水晶の剣の外側に、ベールのような、おそらく魔法による白い輝きを付与されている。透明で見える剣の内部は、星がいくつも輝いている。

 水晶の剣なぞ絶対に切れなさそうだが、おそらく彼女による魔法の付与と剣術が、鮮やかな切れ味にさせている。


「謎まみれの少女だな……」


 魔獣に対して優しいのも、彼女の見た目も、その剣も、強さも。


 何もかも、謎だ。


 命の恩人であることもあり、彼女に対しての興味が沢山湧いてきた。


「終わった……」


 数十匹はいた魔獣が、数分もしないうちに片付けられていた。


「大丈夫……?痛いところ、ない?」


 彼女は僕に近付き、声をかけた。


「ああ、ありがとう。足が噛まれてるぐらいだよ」


「みせてくれる?」


 彼女に言われるがまま、噛まれた傷を見せた。


 すると、彼女は僕の傷に手のひらをかざし、光を放ったかと思うと、一瞬で傷口が消えた。


 治療魔法なんて、使える人はほとんどいないはずだが……いや、今はそんなことはいい。


「これで痛くないはず……もう大丈夫だよね、それじゃ……」


 なぜか足早に、どこか寂しげに彼女は行こうとする。


「待って!命の恩人に、恩も返せずに行かせるわけにはいかない!僕の名前はエスト、しがない商人のエストだ。君は?何かして欲しいことはないか?」


 どこかへ行かれる前に、素早く要件を言う。恩知らずで終わるなんて商人失格だからだ。


 だが、彼女は、僕に振り向いたと思うと、一言。


「君は……私が怖くないの?」

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